第43話 帰還アイテム
もりもりさんが見せてくれたドロップアイテム。エンシェント・ヴァンパイアから獲得したものだ。
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『UR帰還石』
効果:対象1名を地上まで帰還させる。
備考:注意事項あり。詳細を参照のこと。
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「非常脱出用の帰還石です。URアイテムで、現存数は10個にも満たないと言われています。それが、今、出ました」
》うおおおおお
》URアイテムだあああ!!
》出た? 出たのか!?
》帰っておいでええええ
》これ、一気にダンジョンから出られるやつだよね?
》完全脱出アイテム
》一気に、地上へ浮上
》びゅーんと、飛ぶらしい
》いまだ使った人間はいないけれどな
》なぜ?
》誰も使ったことないの?
》レアアイテムだし……
》めったに出ないし……
》よし、お祝いしよう
》パーティーだあああ
》初めて帰還石を使う人間だあ
》でも……
》1個?
》そうか、1個しかないのか
》レアアイテムだしな
》1人しか帰れないよ
コメントの通り、帰還石が1個しかないのであれば、戻れるのは1人だけだ。ここには私ともりもりさん、2人がいる。
「そうですよ! 1個じゃだめです!」
私は悲壮感の漂う声でもりもりさんに訴えたが、彼女は余裕そうに息を吐いた。
「ふ……」
片手で髪をかきあげる。もりもりさんの透き通るように煌めく金色の長髪がなびく。
そして、少し優越感のある表情を浮かべながら、もりもりさんは自分のダンジョンデバイスを操作し、こちらに向けた。
「じゃん!」
デバイスには、もりもりさんが所持しているアイテムの一覧が表示されていた。そこにあるアイテム。
――UR帰還石。
2個目の帰還石が、そこにあった。
「!?」
私は思わず目を見開いてしまう。
「ちゃんと保険はかけていますよ。帰還石を1個だけですが、持ってきていました。本当は2個目を獲得してから来るべきだと、協会の人からは言われていたんですけどね。でも、来ちゃいました。ドロップを待っていたら、何年かかるかわかりませんから」
片目をパチリと閉じ、可愛らしくウインクする。
もりもりさんは、あらかじめ1個の帰還石を持っていたのだ。
》うおおおお
》さすが、もりもりさん!
》2個目があるとは!
》よし、これで2人とも戻ってこられるね
》やったあああ
》これですべて解決?
》でも……
》何かを忘れているような……
》あれ?
》でも、あの……、それ……。ペナルティ、あるよね
「ペナルティ?」
コメント欄を読んだ私が聞き返す。
「いいんですよ。春菜さんは、何も気にしなくて」
もりもりさんは、何も説明してくれない。
ダンジョンデバイスを操作し、2個の帰還石を実体化させた。青白く光る、こぶし大の宝石。ダイヤのように表面がカットされ、中央には小さな光が見える。カット面に反射して、きらきらと輝いていた。
青くて綺麗だが、どこか不気味さも漂わせている。
》ペナルティってなに?
》帰還石を使用したすべての帰還者は、ダンジョン探索を放棄したものとみなされる
》つまり、最後の手段。本当の意味での最終策
》レベルは0に固定され、二度と経験値を獲得できない
》無能者になる
》そして二度とダンジョンには入れない。近寄ることすら許されない
》それだけじゃない
》ハンターと無能者の婚姻が不可能となる
》ハルナっちも、もりもりさんも、ハンターと結婚しなければいいんだけれどね
》結婚できないというのは、ダンジョンの呪いらしいんだよね。ダンジョンと関われなくなるっていう理由みたい
》結婚しようとしたらどうなるの?
》前例がないから推測。プリミティブデバイスによると、無能者側が2ヶ月位で体が黒く変色し、溶けてしまうらしい
》死ぬの?
》そうじゃないかと言われている
この帰還石を使えば、ハンターは引退しなければならない。それに、ハンターとの結婚もできなくなる。もりもりさんは、それだけの覚悟でここに来てくれたのだ。
「じゃあ、帰りましょうか。春菜さん」
もりもりさんは、まるで散歩から戻るかのように口にした。
「でも……」
「お兄さんが待っていますよ。すぐに帰って、顔を見せてあげましょう」
私は戸惑う。なぜだか、これは使ってはいけない気がしてしまう。
もりもりさんは、なぜここまでしてくれたのだろう? どうして命をかけてまで、私を助けに来てくれたのだろう。
もりもりさんの実力は?
もりもりさんと、兄との関係は? 私のことを知っていたのか?
「もりもりさんは、兄とはどんな関係なのですか?」
不意にこぼれた私の言葉。もりもりさんは、これにも答えてくれない。
「春菜さんの気にすることではありません。帰ったら、もう他人同士なのですから」
もりもりさんは優しく微笑む。けれど、その奥に、悲しそうで寂しそうな表情を隠しているのがわかる。
「これを使ったら、ハンターは引退なのですよね? もりもりさんも高ランカーなのでは?」
「そうですね」
「じゃあ、使うわけには……」
私の言葉を、もりもりさんは遮った。
「いいじゃないですか。ハンターを引退しても」
私は黙り込んでしまう。
「夢でも見ていたと思えばいいんです。これを使ったからといって、死ぬわけじゃない。命あってこその人生ですから。生きていてこそ、です」
生きていてこそ。
確かに、その通りかもしれない。
無事に帰り、生きてお兄ちゃんに装備を返す。結婚が決まったお兄ちゃんが、私の帰りを待っている。私が帰らない限り、お兄ちゃんは結婚を延期するだろう。
すべては元のまま。
もりもりさんがハンターを引退しなければならないことは、土下座して謝らなければならない。どれだけ謝っても足りないだろう。
でも、それだけではない気がする。
私の直感。
覚醒レベル2。
内なる心が叫ぶのだ。
使ってはならない……と。
今すぐ帰れる。
今、この次の瞬間には、地上に辿り着ける。
それなのに。
どうして私は、手を伸ばしているのだ?
どうして帰還石の発動を、止めようとしているのだ?




