第36話 もりもりさん登場(ただし、あられもない姿)
》【もりもり】春菜さん、そのままで! マッド・エイプをはめ殺しします!
盾の向こう側はこちらからは見えない。
凛とした女性の魔法詠唱が響く。生み出された何かが、マッド・エイプへと襲いかかったようだ。
マッド・エイプはなすすべもなく被弾し、悲鳴を上げる。
向こう側で何が起きているのか、直接は見えない。
それでも、事の推移は容易に想像がついた。
「土の聖槍!」
「ギイイイ! ギギイイイィ!」
「土の砲弾!」
「土の刃」
「ギイイィ! ギギギイ、ギイイィ!!」
激しい攻撃の音と、マッド・エイプの断末魔。一方的な蹂躙が繰り広げられているのだ。
おそらく、この先の地下216階にもりもりさんがいる。
そして、マッド・エイプは地下217階部分にいた。
モンスターの階層間移動は不可能だ。
つまり、マッド・エイプが地下216階にいるもりもりさんを攻撃することはできない。
一方で、もりもりさんは安全圏から、確実にマッド・エイプへ攻撃を叩き込める。
ダンジョンデバイスを盾の反対側のマッド・エイプに向けると、HPは51%、50%、49%と凄まじい勢いで減少していく。
要するに、これがはめ殺し。
モンスターが階層を越えられないことを利用した戦法だった。
本来なら勝ち目のない敵であっても、この方法なら安全かつ確実に仕留められる。
マッド・エイプのHPはもう残り僅かだ。3%、2%と削れていく。
やがて、盾を押し返していた抵抗がふっと消えた。
ダンジョンデバイスで確認すると、マッド・エイプのHPは0%になっている。
「絶壁の大盾を解除」
スキルを解くと、大盾は元のサイズへと戻った。
そこに転がっているのは、マッド・エイプの死体。
階段の上に立つのは、神王の兜と長剣を手にした美しい女性。彼女がマッド・エイプを仕留め、私の装備を取り返してくれたのだ。
腰まで伸びる長い金髪に、彫りの深い端正な顔立ち。モデルのような肢体は優雅な曲線を描き、引き締まったくびれから伸びる脚のラインも美しい。
やはり目を引くのは胸元だ。浮き出た鎖骨と深い谷間に、つい視線が吸い寄せられてしまう。透き通るような白い腹部には控えめなおへそがあり、腰回りにかろうじて鎧の残骸が残っているだけで……。
ちょっと待って……。
すらりと伸びた素足はとても綺麗だけれど……。
ちょっと待って。ちょっと待って……。
……。
肌の露出が多すぎない!?
彼女の装備は、見る影もないほどボロボロだった。
「もりもりさん、それって……」
幸いなことに、デバイスのレンズは汚れていて視聴者には何も見えていない。
「春菜さん! 会いたかったです!! 生きていてくれて本当に、ありが……」
まるで離ればなれだった妹と再会したかのように、喜びを爆発させてこちらへ駆けてくる……のだが……。
私は慌ててUターン。
階段を駆け降り、ダンジョンデバイスを泥の中へと突っ込んだ。
どぷん、と鈍い音を立てて、デバイスは完全に泥まみれになる。
「何をしているんですか!? 春菜さん!」
階段を下りてきたもりもりさんが叫ぶ。
だが、これはすべて彼女の名誉を守るための行動だ。
デバイスのレンズは、今や完全に泥で覆われている。
「いやいや、もりもりさん。あなたの鎧、それってもうビキニアーマーですよ!?」
「えええ!?」
私の指摘を受けて、もりもりさんはようやく自分の身体に視線を落とした。慌てて両腕で胸を隠しながら、その場にしゃがみこんで悲鳴を上げる。
「きゃああああ!」
おそらくはお兄ちゃんの装備に匹敵する、超高級な一品だったのだろう。
鎧の上半身は胸元の一部を除いて粉砕されている。腕は完全に剥き出しで、お腹も脇腹も丸見えの状態だ。
下半身も腰に僅かなパーツが残るのみで、もはや原型を留めていない。
鎧がほとんど残っていないので、内側に着ているアンダーウェアが露わになってしまっていた。
もはや、鎧としての機能は一切果たしていないと言っていい。
「ここに来ることに、夢中になりすぎていて、私……。私……」
もりもりさんの話では、凄まじい激戦を潜り抜けてここまで辿り着いたらしい。
それほど過酷な状況の中、私を助けに来てくれたのだ。
感謝してもしきれない。
けれど、この現状を放置するわけにはいかない。
こんな姿でライブ配信を続けるなど、到底不可能だった。
「フレイムドラゴン戦のドロップ品は、全部リビングデッド戦で使い切ってしまったから……」
今、手元に予備の防具などは一つもなかった。
私の神王の鎧を貸そうとしたが、もりもりさんは頑なに受け取ってくれない。
やむを得ず、もりもりさんには鎧の残骸を外してもらい、私の中学校の制服を着てもらうことにした。
無理やり袖を通せはしたものの、彼女が着るとスカートは極端なミニ丈になってしまう。上着もサイズが足りず、おへそが少し覗く有様だが、今はこれで我慢してもらうしかない。
もりもりさんは恐らく外国の方なのだろう。私よりずっとスタイルが良いせいで、無理やり女子中学生のコスプレをさせられているような姿になってしまった。
一方の私は、神王の鎧の下が完全に下着姿だ。外見は鎧のままで変わらないのに、なぜだか無性に恥ずかしい。
着替えを終えると、私はデバイスの画面を指で拭った。
そこには視聴者のコメントが溢れていた。
》ハルナっちーーー 見えないんだけどー
》さっきから何してるのー?
》デバイスのレンズ 泥で汚れているよー
》このコメントも見えていない?
》おーい そっちの様子を見せてよー
》どうなったの? マッド・エイプはどうした? 倒せたの?
今後の配信はもりもりさんに手伝ってもらうことにした。ダンジョンデバイスはもりもりさんに持ってもらい、360度カメラは前面だけに限定する。
そうして、レンズに付着した泥を丁寧に拭き取った。
》おー、ハルナっちー やっと見えたよー
》剣と兜を取り返したんだね
》でもなんか、ハルナっちの様子がおかしい?
》なぜ、顔が赤い?
鎧の下に制服がないだけなのだが、この気恥ずかしさはどうしようもない。
適当に事情を説明すると、視聴者の興味は自然ともりもりさんへと向いた。
》すごいな、どうやって地下217階に?
》かなりの実力者?
》それとも、ハルナっちのようにドジっ子属性?
》ねえ、もりもりさんってどんな人?
》もりもりさんも映してよー
》私も、もりもりさんが見たいです
》俺も見たい
》ハルナっちの制服を着てるんでしょ?
》それはぜひ拝まなければ
だが、もりもりさんは頑としてカメラの前に出ようとしなかった。
「私、もう24歳なんです。学生服姿なんて、絶対にお見せできません……」
そう言ってレンズの死角に隠れてしまう。自撮り棒は彼女が持ってくれている。
》もりもりさんってレベルいくつなの?
「内緒です」
もりもりさんは茶目っ気たっぷりに、人差し指を口元に当てて微笑む。
通常、配信中はステータスが開示されるが、これは私のデバイスだ。もりもりさんのレベルが自動的に表示されることはない。
食い下がる視聴者たちに、もりもりさんは一つのヒントを投げかけた。
「下一桁は8です」
もりもりさんの透き通るような美声に、コメント欄が盛り上がる。
》58? 68?
》1位のミランダ・モリスがレベル87だから、それ以下だよね?
》ここまで来れるんだから、78じゃねえ?
》うわあ、ワールドランカークラスだ
》誰だ?
》ランカーで下一桁が8を調べれば
もりもりさんは照れ隠しのように、話題を切り替えて視聴者に語りかける。
「あの……。私は鎧を失ってしまったので、春菜さんのサポートに専念します。これからは撮影係を担当しますね」
その提案を、視聴者たちは温かく受け入れた。
》もりもりさん、よろしくー
》正直、ハルナっち一人で心配だったんだ
》よかった、仲間ができて
》仲間というか、無謀な行動を制するお姉ちゃん役?
》ハルナっちをしっかりサポートしてねー
「よろしくお願いします。二人で絶対に、このダンジョンから脱出します」
画面には映っていないが、もりもりさんは丁寧にお辞儀をしていた。
もりもりさんの声は、聞いているだけで心が安らぐ。鈴が転がるような響きの中に、どこか幼さの残る甘いトーンが混じっている。いつまでも聞いていたくなる、素敵な声だった。
リビングデッド戦で耳にしたあの女性の声は、やはりもりもりさんの声だったのだ。




