第32話 学びましょう
とにかく、このマッド・スライムとの膠着状態をなんとかしなければならない。
リビングデッドの時は、ここから一斉に表示が紫に変わったのだ。
絶対に油断はできない。
いきなりスライムが飛びかかってきても対処できるように意識を研ぎ澄ます。背中には盾がある。いざとなったら、それで防ぐしかない。
神王の小手を外し、素肌をさらす。
私の足首を掴んでいる泥の手を、指先でそっと触ってみた。
「大丈夫です。肌が溶ける様子はありません」
》勇気あるな、ハルナっち
》指が溶けてたらどうしてたん?
》リビングデッド戦でポーションを獲得したとみた
》泥にダイブできるかどうかの確認?
「飛び込みません!」
別の意味で、何としても泥に埋もれてしまうわけにはいかなくなった。
「というか、マッド・スライムは私を窒息させることが目的なのでしょうか?」
》どうなんだろうね?
》攻撃してこないね
》リビングデッドの時も攻撃はしてこなかったけどね
》なんか、わかんないんだけどさ。もしかしてハルナっちすぐには攻撃されないんじゃない?
「どういうことでしょう?」
》やっぱりその装備だと思うよ。ハルナっちが今している抵抗ってさ、とんでもないパワーなんだよ。だから、モンスターとしても様子を見る必要がある。
》ハルナっちがスライムを観察しているように、ハルナっちも観察されているのかも
》確かに、リビングデッドからはそういう印象が伝わってきた
》このマッド・スライムも、神王装備のハルナっちをすぐに倒せると思っていないんじゃないかな?
「なるほど」
片足を上げたまま考えるが、さすがにそろそろ限界が来ていた。
田んぼのカカシじゃないのだ。いつまでもこのポーズでいるわけにもいかない。
「つまり、私の力を認めていると。私を警戒しているのですね」
》装備な
》装備がすごいから
》市場価格84億円だから
「さて、じゃあ、そろそろ私の強さを示しましょうか」
》どうしたハルナっち
》神王装備の威力を見せてくれるの?
「そうではなく。私が意味もなく足を上げ続けたと思っているのですか?」
》おお
》もしかして本当に軍師だったか?
ダンジョンデバイスを操作し、マッピングアプリに表示されているドット数を算出する。1000以上に細かく分裂しているようだ。
「足を動かした時、マッピングアプリに表示されるモンスターの挙動を見ていました。こいつらは非常に細かく分裂していますが、一部が動くと全てが連動しています。つまり、沼全体で一匹のマッド・スライムなのでしょう」
》なんだかハルナっちが急に賢くなったみたいだ
「私はもともと賢いんです。中学校でしっかりと学んでいるのですよ。それで、こいつらは分裂することによって、本当にレベルが2とか4になっているんです。ということはですね……」
》ということは……?
「こういうことです!!」
私は神王の長剣を握り、天井に向けて一気に放った。
長剣は空を切り、頭上に潜んでいたモンスターに突き刺さる。
「私のレベルなんて分かるはずがない。マッド・スライムは知能が低いですから。それに、誰かがどこかで私のデバイスを覗き見ないと、ドットの色なんて判別できないはず。つまり、どこかで私のデバイスを見て、このスライムを操っていた者がいた――」
――ギウオオオオオオゥゥゥゥ
天井から地鳴りのような唸り声が聞こえてくる。
「一つだけ、動かない点があったんです。私はそれを見逃さなかった!」
ダンジョンデバイスを真上にいるモンスターに向ける。
――――――――――――――――
マッド・エイプ(仮称)
猿系
未発見個体・詳細解析前
推定LV 152〜155
推定能力・不明
ドロップアイテム・不明
討伐履歴・なし
――――――――――――――――
マッド・エイプは天井に逆さまになって張り付いていた。
かなりの巨躯を誇る、猿のようなモンスターだ。
その背中には、私の剣が深々と突き刺さっている。
天井の岩を掴みながら、移動を開始する。それほど速い速度ではないが、泥に足を取られている今の私には追いつけない。
私から遠ざかるように、天井を伝っていく。
要するに、逃げ出したのだ。私の神王の長剣を背中に刺したまま。
「ちょ、待って。逃げないで……」
泥に足を取られて、追いかけることができない。
まずい。これは、致命的にまずい。
マッド・エイプが視界から遠ざかっていく。背中に垂直に刺さった長剣と共に、そのまま天井の岩を伝って消えていく。
「しまった、他の武器なんて持っていないのに……」
》……やらかした……
》……神王の長剣……ロスト……
》なぜ、同じ失敗を繰り返す?
視聴者のコメントが私の胸に突き刺さる。
》【ぽんた】12億円の装備を一発で失う初心者
》【アクゾー】これが素人の怖いところ
》【ぽんた】コスプレ装備じゃないんだから、武器は大事になぁ
「うーーー……」




