第3話 ドラゴンのやばさはシャレにならないです
数字は勢いよく増え続けていった。
視聴者があっという間に100人を超え、私の中で期待が膨らんだ。
「うわっ、急に人が増えました……! え、これ、バズってます? バズっちゃってますか!?」
》まだかな?
》一時的
》どうせ、すぐいなくなる。今だけ
》フェイクがばれたら、みんな去る
視聴者の反応は冷ややかだった。
どこかで噂が広まり、一時的に人が流れ込んできただけらしい。物珍しさで集まった人たちは、つまらないと感じればすぐさま去ってしまうだろう。
ベテランの配信者なら、ここで颯爽と活躍して視聴者を繋ぎ止める。けれど、私にはそんな芸当はできない。
それでも、せっかく増えた視聴者。ここは、なんとしても注目してもらう必要があった。
私は気を取り直し、配信を再開する。
「みなさん、いらっしゃーい。こんにちはー。おはようの人もいるのかなー。あらためて自己紹介。筑紫春菜14歳。千の宮中学の2年1組です。現在、ダンジョンから脱出するためにライブ配信をしています」
画面の向こうへ手を振りながら、必死にアピールをした。
》やべえ 個人情報だだもれチューバー
》こんにちはー
》おは
》ライブ配信は発言に気をつけたほうがいいですよ
「そうですね。でも、私の場合はすでに学校とかバレちゃってるんで」
》やべ 勘違いきた?
》有名人気取り?
》筑紫冬夜と苗字が同じ
》彼、ワールドクラスプレイヤーだっけ?
》有名人と知り合いだから、自分もって思ってるんでない?
》はやくはじめて
》腕とかもげるとこ見たい
》ポーション持ってる?
コメントの流れが速すぎる。とてもすべてに目を通す余裕なんてない。
「あの、コメントが速くて読み切れなくて……。みなさん、あまり挨拶はされないのでしょうか? 今日が初配信なので、勝手がわからずすみません。とりあえず、実況を続けますね」
「後ろ、後ろ!」というコメントが目に飛び込んできた。デバイスの画面に映るのは、視聴者が見ている映像そのものだ。黄金の鎧を纏った私の姿。そして、背後に迫る巨大な眼球――。
私がいる場所は洞窟の通路のような場所だ。その先がすり鉢状の広大な空間に繋がっており、そこにフレイムドラゴン・ロードが鎮座している。
……はずだった。
フレイムドラゴン・ロードは長い首を持ち上げ、私がいるこの洞窟を覗き込んでいたのだ。
「え……」
私はデバイスを構えたまま、ゆっくりと振り返る。
自分の身長ほどもある巨大な眼球と、正面から目が合った。
瞳の色は漆黒。瞳孔はトカゲのように鋭く細い。
そこには明らかな殺意があり、私を真っ向から睨んでいる。
洞窟の入口は狭い。こちらから見えているのはドラゴンの眼だけだ。
フレイムドラゴン・ロードがすぐに襲ってこれるはずは……ない、と思う。
たぶん……。
そして、これは先制攻撃のチャンスではないだろうか!?
「み、みなさん……。フレイムドラゴン・ロードの眼がすぐそこに見えています。私のいる洞窟を覗き込んでいるんです。これって攻撃のチャンスですよね? 私はまだレベル1です。これほど接近できる機会は、二度とないかもしれません」
私は武者震いを抑えながら、神王の長剣を構えた。
右手に長剣、左手には自撮り棒を持っている。その先端には、手のひらサイズのダンジョンデバイスが固定されていた。
「じゃ、じゃあ……。いっちゃいますね!」
》まじか……
》逃げたほうがいいんじゃ?
》フェイクだとわかっていても、嫌な予感しかないのはなぜ?
》どうせ、ダメージなんて与えられない
》レベル1が何をできるのか? それより早く喰われてみて
視聴者はまだ、この映像を精巧なフェイクだと疑っている。
大丈夫。私にはお兄ちゃんの装備がある。
レベル1でも発動できるスキルだってあるのだ。
私は神王の長剣を頭上に掲げ、腹の底から叫んだ。
「神王スキル発動!」
フレイムドラゴン・ロードには明らかに油断があった。やつの瞼はまるで眠気を帯びたようにたるんでいた。私の宣言により、ドラゴンには驚いたような反応があり、巨大な眼がカッと見開かれる。その瞼が勢いよく跳ね上がり、無防備な眼球が完全に露出した。
私はそこへ向かって突き進む。
「発動! 空間収縮!」
私の体が黄金の光の粒で包まれる。次の瞬間、光の帯と化した私は一瞬でドラゴンの眼球へと肉薄し、その勢いのまま長剣を突き立てた。剣先は眼球の中へ、ずぶずぶと沈み込んでゆく。
神王の長剣が、根本まで深くドラゴンの眼に突き刺さった。
――グオオオオオオオオオオオ、オオオゥゥ!!!!!!
耳を裂くような咆哮が、広大な空間に響き渡った。轟音が空気を震わせ、衝撃で天井から岩が崩れ落ちる。
私の手から、剣がすり抜けてしまった。ドラゴンが洞窟から顔を背けた際、右目に刺さったまま持っていかれたのだ。
ドラゴンは断末魔のような悲鳴をあげて暴れ狂っていた。何度も激しく巨体を壁に打ちつけている。激しい地震が起きたかのように、私の足元も大きく揺れた。
必死にダンジョンデバイスをドラゴンに向ける。
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ドラゴンの残りHP:99.5%
ヘイト増加値:推定+73
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全力の攻撃でも、わずか0.5%のダメージしか与えられていなかった。
私は洞窟の出口から顔を出し、下の空間を見下ろす。
フレイムドラゴン・ロードは身悶えしながら、この世のものとは思えない形相で私を睨み上げていた。その右目には、神王の長剣が深々と突き刺さったままだ。
「あー! 剣が! 剣が持っていかれちゃいましたー!」
剣は、私の手が届かない場所へ行ってしまった。
結局、微々たるダメージと引き換えに、ドラゴンのヘイトを高め、唯一の武器を失ってしまった。
どうしよう。代わりの武器なんて、何一つ持っていない。
》……やらかした……
》……神王の長剣……ロスト……
視聴者のコメントが、私の胸に突き刺さる。
》【ぽんた】12億円の装備を一瞬で失う初心者
》【アクゾー】これが素人の怖いところ
うー……。
何も言い返せない……。
》どうせコスプレ装備だろ?
》手、離しちゃだめでしょ
》配達頼めるよ?
》地下212階への配達って(笑)
今は便利な時代だ。電子マネーで他のハンターに送金すれば、アイテムを届けてもらうこともできる。ただし、配達料+アイテム代が必要で、下層へ行けば行くほどその料金は跳ね上がる。
ここは地下212階。配達料は天文学的な数字になるし、そもそもこの深層に辿り着けるハンターなどいない。配達など、頼めるはずもなかった。
神王の長剣を失ったことにより、私のステータスは大幅に弱体化した。セットボーナスが+100から+50へと半減してしまったのだ。
武器を失い、ステータスも下がり、弱くなってしまった。……もっとも、レベル1の時点で最初から弱かったのだけれど。
半泣きになりながら、私は視聴者へと問いかける。
「さて、みなさん……。私はどうしたらよいのでしょうか……。武器がなくなってしまいました……」
》とりあえず死んどく?
》リスポーンすりゃいいんじゃ?
》装備品はロストするけどな
》神王装備が、全部消滅ってこと?
》そもそも、リスポーン(指定場所での復活)の条件としてHPの5%は残さなきゃいけない。つまり即死だと、本当に死ぬ
》ようするに、地下100階以下でリスポーンは単独だと難しい
》フレイムドラゴン・ロードとやらが本物なら、もう帰ってこれない
「そうだ! シューターを探して、さらに下へ降りるとか!」
》状況をさらに悪化させる
》いい案かも。ドラゴンが階層主なら、倒せばシューターが出現する(笑)
》そもそも、倒せば上層に上がれるのだから
》倒せば上階に行ける扉が出現するよ。倒せればね
》上も下も行けないよ。倒さない限り
》つまり、倒すしか道はないってこと
》剣はないけどな
視聴者のコメントを読む限り、私は詰んでしまっているように思えた。
いや、そもそもフレイムドラゴン・ロードに出会う以前に詰んでいた、という意見が大半だった。こんな深層に迷い込むこと自体、無謀を通り越している。
いったい、私はどうすればいいのだろう?
私の絶望とは裏腹に、視聴者数だけが伸びていく。
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チャンネル登録者:51
視聴者:282
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今にもバズりそうな気配の中、私の心は奈落の底へと一直線に落ちていった。
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