第165話 ユカリスさんに電話をします
放課後、ユカリスさんに電話をかけたが、あっさりと断られた。
「嫌じゃ、ユカちんは筑紫春菜のライバルなのじゃ。どうして筑紫春菜が強くなるための手伝いをしなければならないのじゃ」
「えー、いいじゃないですか。私の代わりに兜を買ってくれるだけなんですよ」
「そういうのは、いつもパーティを組んでいる仲間にするものなのじゃ。信頼できる仲間に頼むのじゃ。筑紫春菜は仲間を見つけなければならないのじゃ」
電話越しのユカリスさんは、厳しい口調ではない。どちらかというと親しみを持って会話をしてくれている。
なんだかんだ言って、ユカリスさんは私のことを考えてくれているのかもしれない。単独でダンジョンに行く私にはいっしょに戦える仲間がいなかった。
「筑紫春菜よ。強くなってほしくないというのは、単なる口実なのじゃ。それは兜を買いたくない理由付けに過ぎないのじゃ」
「ああ、やっぱりそうですよね。ユカリスさんは私のことを考えてくれて……」
「違うのじゃ。冬夜隊長からメールが一斉送信されたのじゃ。上位ランカーや筑紫春菜に協力しそうなハンターに送ったらしいのじゃ。メールの内容はこうじゃ」
ユカリスさんがメールの内容を読み上げる。
――ハンター各位へ。
》私事で申し訳ないが、もしも妹の春菜から代わりにアイテムを買ってほしいなどの依頼があったら断ってほしい。
》春菜の使えるダンジョンポイントは月5万に制限している。
》だが、スーパーチャットによる送金だけは制限をかけていない。
》スパチャは手数料が高い。制限しなかったのは、愚かな選択をするほど妹は馬鹿ではないと信じているからだ。
》それでも、スパチャでアイテムを買ってほしいという依頼がくるかもしれない。
》万が一、妹からこのような依頼があった場合、筑紫冬夜まで一報を入れてほしい。また、馬鹿な妹にはデコピンでもお見舞いしてやってくれ。
》妹は単独で地下212階へ降りてしまったことで、たくさんのハンターに迷惑をかけてしまった。
》これ以上の迷惑をかけることはないと信じたいが……
メールはまだ続く。
兄はスパチャを送れることをちゃんとわかっていて、私がそれを利用することも読んでいた。こうしてあらかじめ手を打っていたのだ。
「筑紫春菜。スパチャをしたであろう。お主は知っておるのか? ダンジョン配信のコメントの横にスパチャの金額が表示されることを」
「もちろん、知っているけれど……」
「不自然に高額なスパチャをしたらすぐにバレる。おそらく兄にはバレておるぞ」
「…………」
「要するにじゃな。スパチャはこっそり隠れて送金することはできないのじゃ。証拠が残る。証拠隠滅ができないのじゃ。だから冬夜隊長はスパチャの制限をかけなかった。いや、むしろ、あえてかけなかったのじゃ。悪事を企む者を泳がせるためにな。わざと抜け穴を作り、監視できる状況に置いておいたのじゃ。冬夜隊長はそれほどの策士なのじゃ」
「ぐぬぬ……」
「お主は冬夜隊長の手のひらで転がされておるのだよ」
「お兄ちゃんがそんなにすごい人だとは思えないんだけれど」
「筑紫春菜はワールドランク2位を侮り過ぎじゃ。しかし、ユカちんは筑紫春菜は兄を超える存在だと信じている」
「ほんとですか?」
「ああ、本当じゃ」
「お兄ちゃんよりも強くなれる?」
「強くなりたいのか?」
「うーん、まあ。どうなんだろ? 強くなりたいのかな? お兄ちゃんを超えたいのかな?」
「超えたいのであれば、方法はあるぞ」
「方法?」
「ああ」
「なんでしょうか?」
「ワールドランク1位のミランダ・モリス。その者に教えを請うのじゃ。なぜ、ユカちんが筑紫春菜を評価するかわかるか? なぜ、兄を超えると信じていると思う?」
「どうしてですか?」
「お主の動きにミランダ・モリスが重なるからなのじゃ。ミランダ・モリスは天才なのじゃ。だが、筑紫春菜なら超えられるかもしれん。ミランダ・モリスに教わればいいと思うのじゃ」
「でも、私なんかに教えてくれるでしょうか?」
「筑紫春菜だからこそ、教えるのじゃ。なぜなら筑紫春菜は冬夜隊長の妹なのじゃ」
「妹だから? 妹だと教えてくれるのですか?」
「ただの妹じゃあない。愛する男の妹じゃ」
「むう……」
そこが納得いかないんだよな。ミランダ・モリスだかなんだか知らないけれど、どんな女性なのかもわからないし、そもそも私はお兄ちゃんの相手として認めてはいない。
「納得いかないような感じじゃな」
「だって、お兄ちゃんの相手としてまだ認めていないっていうか……。納得できていないというか……。顔も見たことがないし、どんな人なのかもわかっていないんですよ」
「お主はミランダ・モリスと会っていないのか?」
「会っていませんし、まったく知りません」
「なら、直接会って、その目で確かめてみるべきじゃ。将来は義姉となる女性なんじゃからな。会わないままで頭の中で考えているだけじゃと、悪い方にしか考えないものじゃ。ユカちんの情報によると、ミランダ・モリスはひと目で人を惹きつける魅力があり、流れるような美しい剣さばきは思わず見惚れてしまうそうじゃ。女性としても、ハンターとしても、カリスマ性が飛び抜けていると聞いておる」
「どうなんですかね? 確かに、直接会ってみないとわからないかもしれませんけれど」
ミランダさんはダンジョン配信をしていないので、戦う姿を見たことがない。
お兄ちゃんの戦闘は配信を通して昔から見ていて、私にとってはそれが当たり前の基準になっているところがあった。他の誰の戦い方を見ても、すごいと思ったことが一度もなかった。
いや、一人だけいる。すごいと思った人が一人だけいた。
例外がすぐ近くにいたのだ。
命をかけて私を助けに来てくれた。
地下217階まで装備をボロボロにしながら単独でやってきた女性――もりもりさん。
お兄ちゃんの配信をずっと見てきた私だからわかることがある。
もりもりさんは別格なのだ。
なんというか、お兄ちゃんの上位版といった印象で、まるでお兄ちゃんの師匠なんじゃないかっていうくらいの実力を持っていた。
もりもりさんがお兄ちゃんを鍛えていたら辻褄が合うんじゃないかというくらいにしっくりくる。
……そうか…………。
例えばもりもりさんがお兄ちゃんの師匠で、二人が師弟関係だったとする。
もりもりさんは多分アメリカ人だと思う。アメリカの挨拶としてはキスなんて普通のことかもしれないし、私がダンジョンから脱出できることになった時に、瓦礫の隅でこっそりキスをしていたのもただの挨拶だったのだ。
そうだよね。
これですべての辻褄が合う。
…………
のか?
しかし、ミランダ・モリスさんの存在はどこにいった? 兄と婚約し、結婚するほどの関係なのだ。どこでどう知り合って、今に至るのか。ミランダ・モリスとは、どんな女性なのか。
「ミランダさんとは一度お会いしないといけないかもしれませんね」
「そうじゃ。筑紫春菜はミランダ・モリスと会ったほうがいいと思うのじゃ。今はアメリカにいるそうじゃ。大統領に招聘されて、ロサンゼルス・ダンジョンに入る許可をもらったと聞いておる。筑紫春菜も行ってみたらどうじゃ?」
……アメリカ…………。
「筑紫春菜は知っておるか? ダンジョンハンターはダンジョンへの交通費が無料なのじゃ。飛行機のチケットも無料になると思うのじゃ」
ひ、飛行機……
あれは苦手なんだよな……
「…………。やっぱ、やめようかな……」




