第164話 ほっとする湊ちゃん
春日井君のことを好きかもしれない湊ちゃんのことを考えると、ダブルデートなどと誤解を受ける行動をとるわけにはいかない。
私としては兜が手に入ればそれでいいし、春日井君へのお礼は別に考えることにする。
「とりあえず春日井君へ13万5千DPを送金するね」
「ああ、いいぞ」
私はダンジョンタブレットを操作し、金額を入力してから送金ボタンを押した。
『エラー:上限金額を超えています』
タブレットからは送金できなかったことを告げる音声が流れた。
「あれ? 送金ができなかった。どうしてだろう」
私が首を傾げると、はずむような明るい声が正面から発せられた。
「お兄さんの制限が有効なんだよ。送金もきっと月5万DPまでなんだね」
湊ちゃんはまるで水を得た魚のように、あるいはわが世の春を謳歌するように、朗らかな声を響かせる。
なぜか、とても嬉しそうな湊ちゃんだった。
「おっかしいなあ。スパチャはできたのに」
私は頭をぽりぽりと掻いた。
「スパチャは普通、小銭程度だから制限しなかったんじゃないのかなあ? 運営に手数料も取られるわけだし。10万とかの高額をスパチャする人はなかなかいないよ」
「ああ……。手数料のことは忘れていた」
私は額に手を当てて嘆く。
「30%だよ、30%。かなり高い手数料だと思う。10万円をスパチャしたら、3万円が運営に抜かれる。だから高額スパチャをする人は少ないんだよね」
湊ちゃんの言葉には、春日井君が同調して頷く。
「まあ、小銭を投げ合うような仕組みだからな。投げ銭とか言われるし」
それでも諦めきれていない私がいた。
「しかし、兜はほしいんだよ。今の『木のヘルム』はお椀を頭に被せたような姿なんだ。私のダンジョン配信を見た? アーカイブで確認したけど、お寺の小僧みたいな頭になっていたよ。さすがにあれじゃ、花の女子中学生とは言えない」
言ってから、私は少し考え込む。
「仮にスパチャで渡すとしたら、13万5千はいくらになるんだろう?」
それには湊ちゃんが即答する。
「192,857だね。小数点以下は切り捨てだから、手数料が57,857。高いよね。もったいない気もする」
「湊すご。計算早すぎ」
「歩く計算機と呼んでください」
湊ちゃんは顔に愉悦を浮かべ、腰に手を当てて胸を張っている。とても自慢げだ。
仮に私が計算機を使っても、どうやって計算したらいいかわからない。やはり湊ちゃんは優秀なのだ。
「じゃあ、とりあえず相手には20万スパチャすればいいかな。キリのいい数字で。おつりはお礼として取っておいて、ということで」
「春菜、多分そういうところだよ。金銭感覚がおかしくなっている。今いくらくらい持っているの?」
「3200万DPくらいかな」
さっきまで余裕のある顔をしていた湊ちゃんは、急に嘆かわしげな表情を見せた。
「うわあああ。春菜の感覚がおかしいわけだ。中学生が持つ金額じゃない。これじゃお兄さんが制限をするのも当然だよ」
「なんだか、ダンジョンポイントってさ、ゲームのスコアみたいな感覚だよね。お金って感じがしない。実際にダンジョンで使うアイテムしか買っていないし」
私はゲームのスコアのように思っていたが、春日井君はそんなことはないようだ。
「それは筑紫が日本円に換金したことがないからじゃないか? ダンジョンポイントから日本円にするのは等価交換で手数料はかからない。逆は手数料が高いけどな。生活費をダンジョンで稼いでいる人もいるって聞くよ」
湊ちゃんは呆れたような声を出す。
「ちょっとした家くらいなら買えちゃうよ……。春菜……」
「でもさ、家を買ったらなくなっちゃうよ。それに日本円に換えてしまったら、それこそ金銭感覚がバグるような気もする」
「確かにそうかもね。春菜はしばらくは現金化しないほうがいいのかも」
「ということで、20万DPをスパチャしますか。春日井君、チャンネル名は? ダンジョン配信の」
「あ、俺、配信やってねえぞ」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、この機会に始めるとか」
「うーん、そこまでして筑紫とダブルデートしたいわけじゃないしなあ。冬夜さんから戦い方を教わるのは別の機会で」
「わかった。他に探すよ。ありがと」
「いや、なにもしてないけどな。じゃあ、また」
そう言って春日井君は自分の席へと戻っていった。
結局、なにも進展はしていない。
唯一の収穫は、湊ちゃんのホッとしたような表情が見られたことだ。
「さて、湊」
「ん?」
私はいたずらっぽい顔を作る。
「ダンジョン配信を始める気はない? 私のために」
「ないよ! そもそも、私、ハンターですらないし!」
「そか。残念」
まあ、他に誰かを探すしかない。
スパチャという制限の穴が見つかっただけでも良しとしよう。
ダンジョン配信者で信頼ができる人を見つければいいのだ。
ユカリスさんにでも頼んでみればいいのかもしれない。




