第161話 バナナを食べながら
カレーを食べられないミリアはバナナを食べている。半分まで剥いたバナナを両手に握り、二本を交互に口へと運んでいた。
「どうしてみんなは平然とカレーを食べていられるのですか? このクラスは厳しいトレーニングを積んでいるのですか?」
「トレーニング?」
私は首をかしげる。
「はい。鬼教官がみんなに『口を開けろ!』と叫び、お姉様たちが大きく口を開けるのです。教官はファイアーボールを立て続けに放ち、お姉様方はそれを口で受け止めます。燃え盛る炎が口の中に広がるでしょう。そうやって鍛錬し、お姉様方はこのカレーという悪夢を乗り越えているのです、たぶん」
「違うよ。普通においしいよ、カレーは」
「お姉様は、シュークリームとプリンとショートケーキを前にしても同じことが言えるのでしょうか? カレーを選ぶと? そんなことは考えられないことなのです」
「いやいや、まずカレーを食べてから、その後にデザートでしょう」
「何を言っているのですか、お姉様。味だけではありません。この見た目です。これでは、まるで排泄物。茶色から連想されるのは、ウン……」
私は慌ててミリアの口をふさいだ。ミリアは私の手の下でモゴモゴともがいている。『コー』と叫んでいるのは気のせいだと思いたい。
「ミリア、給食中にそれは禁句」
正面に座っている湊ちゃんは、けたけたと笑っていた。
「ミリアちゃん、面白いねー」
春日井君のことは頭から消えたようで、いつもの様子に戻っていた。
ところがミリアは私の手から逃れ、せっかく話題から外れていた春日井君のことを口にする。
「いろいろとミリアの知らないことが多いのです。ミリアはこのクラスに入った時、ここにいる男はすべてお姉様がはべらせているものだと思い込んでいたのです。この中でどの男を伴侶に選ぶのかと考えたら、一番近くにいる人物だと思ったのです」
「あはは、まるで淫魔みたいな考えだねー。ん? あれ? 確か春菜がダンジョンから地上に送ったモンスターがミリアという名前だったような? あれ?」
湊ちゃんは人差し指を顎に当て、思案するように天井を見上げている。ダンジョン配信の映像を思い出しているのだろう。
配信でのミリアは全身ピンクのワンピースだ。上から下までフリルがふんだんにあしらわれ、スカートの裾も大きく膨らんでいる。対して、今は中学校の制服姿だ。
まるで西洋のお姫様がそのまま歩いているかのようなミリアと、制服姿のミリアでは受ける印象がまったく違う。
しかし、ピンク色の髪は特殊で目立つ。髪色くらいは染めておいたほうが良かったかもしれない。
私は適当なことを言って、その場をごまかすことにした。
「ほ、ほら。名前が一緒だし、顔もとっても似ているから、真似をして同じ髪色に染めたんだよね。髪をピンクにしたら、ますますそっくりになっちゃったね。あははははははははははははははははははは」
わざとらしいほどの誤魔化しに、湊ちゃんはミリアの顔をじっと見る。かえって、疑いを強めてしまったようだ。
そんな湊ちゃんにミリアが質問をした。
「湊に聞きたいことがあるのです」
「なあに?」
「このクラスの男は、みんなお姉様にぞっこんだと思ったのですが、ミリアの勘違いでしょうか」
「うーん、たぶんそれはないと思うよ。春菜はまあまあモテるけど、そこまでじゃないかなあ」
「では、ここにいる男はお姉様の物ではない? お姉様の支配下にいるわけではないと?」
「それは違うねえ」
「では、お姉様は湊を友だちと言っていましたが、下僕とは違うのですか?」
「下僕?」
「別の言い方をすると、お姉様の配下です」
「配下?」
「違うのですか?」
湊ちゃんが返事に困っていたので、私が否定を入れる。
「違うよ、ミリア。みんな友だちだよ。ここに私の旦那候補は一人もいないし、配下もいないよ。みんな、大切な友だちなんだ。このクラスはみんな仲がいいよ」
「つまり、ミリアには壮大な勘違いがあったと?」
「そうだねえ」
私は呆れたような声を漏らした。
「では、お姉様と同等ということでしょうか? ここにいる全員が? このすべてが?」
そう言って、ミリアはクラス全体を見回す。
「そういうことになるかな」
「ミリアはお姉様がこのクラスを統率していると思っていたのです。お姉様ほど強い女性がいるとは思えなかったからです。ところがそうではなく、ここにいるみんなが、お姉様と同等にお強い……? つまり、ミリアは恐ろしいところに来てしまった……?」
まるで寒気でもしたかのように、ミリアはぶるっと震えた。手に持っていたバナナがぷるんと揺れた。
私の代わりに湊ちゃんが応えてくれる。
「強さだけなら春菜が一番だよね。でも、勉強はどうかな?」
湊ちゃんのちょっとからかうような物言いに、私は悔しくて言葉が出ない。
「ぐぬぬ……」
その様子を見て、ミリアは驚いたような顔をする。
「お姉様が悔しがっている……。つまりはお姉様を凌ぐ猛者……」
「湊に勝ったことは一度もない……。テストの点はいつも負けてる……」
私は机に突っ伏し、湊ちゃんは胸を張って鼻を鳴らす。
「ふふん」
ミリアは両手にバナナを持っていたが、それを食べる手がいつの間にか止まってしまっていた。
「ミリアは恐ろしいところに来てしまったのです……」




