第158話 ミリアの席が決まる
エリさんが教壇に立ち、その横には転校生として紹介されたミリアが立っている。
前列の男子生徒が手を挙げて質問をした。
「先生、先生のことは何とお呼びしたらいいでしょうか。スメラギ先生ですか?」
「はい、スメラギと呼んでください」
エリさんは男子生徒の言葉をそのまま受け流したが、別の女子生徒が口を挟んだ。
「私はエリ先生がいいな。さっきミリアちゃんもそう呼んでいたし」
「この学校では、基本的にお互いを苗字で呼ぶことが推奨されていますよね? 先生のことも苗字で呼ぶべきでは……」
「そんなことないですよ。仲がいい人同士は名前で呼び合ったりもしています」
エリさんが返した言葉に、女子生徒が異議を唱える。
その生徒に同調するように、他の生徒も声を上げ始めた。
最初に騒ぎ出したのは男子たちだ。
「俺もエリ先生がいいな」
「エリ先生がいい」
「スメラギ先生だと距離がある感じがするよな。仲良くなりたいし」
「エリ先生にしようぜ」
「エリ先生と、ミリアちゃん。呼び方を決めておいたほうが迷わなくていいよな」
「美人と美少女。このクラスの顔面偏差値が爆上がりだ。他の女子たちやべえぞ。2人に人気を持っていかれる」
最後の一言が女子たちの導火線に火をつけてしまった。
「うっさい。男子は顔に惑わされすぎ」
「ミリアちゃんを男子の毒牙から守らなきゃ」
「エリ先生のことも、男子たちから守ったほうがいいよね?」
「すでに何人かは惑わされちゃっていない?」
「エリ先生とミリアちゃんを見る目がやばい奴がいる」
「どうして男子はこうもわかりやすいのかね?」
教室は騒がしくなり、今にも男子と女子の対立が起きそうだった。
ひとまず先生の呼び方は『エリ先生』に落ち着いたようだ。
エリ先生は手をパンパンと叩いて教室を静める。
「はい、はい、はい。みなさん。授業が始まっちゃいますよ」
すぐにみんなは静かになり、エリ先生は教室を見回す。
「じゃあ、ミリアさんの席はどこにしましょうか……。空いている席はないようですから、机と椅子を用意しなくてはなりませんね」
エリ先生の横にいるミリアが、私のほうに向かって腕を上げた。人差し指は私の隣にいる春日井君に向けられていた。
「ミリアの席はあそこなのです。あの男がミリアのために席を譲ってくれようとしているのです。偶然にも、お姉様の隣なのです。本当に、たまたま、偶然に、奇跡的に、驚異的なミラクルが起こり、お姉様の隣なのです」
俺? といった様子で、春日井君が自分を指した。
湊ちゃんは驚いた顔でこちらを見ていた。
「ミリアのために都合よく動いてくれるなんて、不思議なこともあるものなのです」
そのままミリアはこちらに向かって歩いてくる。
前から2列目の湊ちゃんの脇を通り、すぐ近くまでやってきた。
ミリアはサキュバスの能力を使おうとしているのだ。
しかしまだ魔法は発動していない。その証拠に、春日井君の目には変化がなかった。男性が魅了を受けてしまうと目がピカピカ光るのだ。
「ちょっと待ちなさい、ミリア」
私は立ち上がって、ミリアと春日井君の間に入った。
今まさに魔法を発動させようとしていたミリアの視線を塞ぐ形になった。
ミリアの魔法は女性には通じない。
「学校では魔法は禁止。そうしないと校則違反になっちゃうよ」
ミリアは胸ポケットから生徒手帳を取り出して、パラパラとめくる。そのまま、読み始めた。
「ダン……ジョン…ハン…ター、の生徒は、魔法を……行使して……はいけません。本当なのです。お姉様の言う通りなのです」
周囲からは「ミリアちゃんってダンジョンハンターなの!?」と驚きの声が上がった。モンスターだと知られるわけにはいかないし、ハンターだと思ってもらったほうが都合はいい。
だけど、ミリアはとんでもないことを口にしてしまう。
「お姉様、わかりました。ミリアは学校では魔法を使いません。危うく、ミリアはお姉様の大切な人に魔法を使ってしまうところでした。危なかったのです」
「た、大切な……人?」
私は思わず表情を固める。
「はい」
「え……?」
「単に席を譲ってもらうというだけの、些細で何の問題もない行為を、お姉様が体を張ってまで防いだということ。つまりは、そこにいる男はお姉様の大切な人のはずなのです。すなわち、お姉様の想い人であろうことが想像できるのです。おそらくは、ミリアの推測するところ、将来のお姉様の旦那様。未来の伴侶となる人なのでしょう。………………とミリアは思ったのです」
「は!? え!?」
「そんな人に、ミリアは魔法を使おうとしてしまったのです。本当にごめんなさい、なのです」
ミリアは私に向かって90度に腰を曲げた。ミリアにとっては最大限の謝辞の表現なのだろう。
前方の席では、湊ちゃんが椅子から立ち上がってこちらを見ていた。その目は大きく見開かれ、口はあんぐりと開いている。あんな湊ちゃんの顔は初めて見た。
隣にいる春日井君は、まるで他人事のように笑っていた。
「ミリアちゃんって面白いね。筑紫にこんな親戚がいたんだ」
周りの生徒たちは、ひゅーひゅーと囃し立てている。
「では、ミリアはお姉様とこの男の間に座ることにします」
ちょうどそこへ、別の男子生徒が机と椅子を持ってきた。目をピカピカさせている。
「ミリアチャン。コノ、ツクエ、ト、イス、ヲ、ツカッテ」
男子生徒は明らかに魅了されていた。魔法を使ったのかとミリアを睨んだが、ミリアは自分ではないと首を振る。
男子生徒の目はすぐ元に戻り、「自分の机と椅子を持ってこなきゃ」と教室から出ていった。
エリ先生を見ると、私から目を逸らすように窓の外を眺めていた。
校則で禁止されているのは生徒による魔法の使用であって、教師による魔法行使は禁止されていない。まさか、エリ先生が……。
いや、私の気のせいだろう。目が光ったように見えたのも一瞬のことだ。きっとそう見えてしまっただけに違いない。
私と春日井君の間には通路があったのだが、そこにミリアの机と椅子が置かれた。
2人の間に、不自然な形でミリアの席ができたことになる。
椅子に座ったミリアは、春日井君に向かってぺこりと頭を下げた。
「ミリアなのです。よろしくなのです」
「あ、俺、春日井隼。よろしく」
ミリアは口を引き結び、真面目な顔をして春日井君に語りかけた。
「お姉様との間に入ったのは、お姉様との仲を裂こうとしているからではないのです。むしろ逆に、応援をしたいのです」
そして春日井君の耳元にまで顔を寄せ、小さく囁いた。
「お姉様と春日井の愛の結晶ができるまでの、その代わりをミリアが務めたいからなのです。よろしくなのです」
「え? 結晶?」
春日井君はわけがわからないといった風に、首を傾げている。
前方の席では、湊ちゃんがわなわなと震えていた。両手はグーの形で握りしめられている。私のことを見ているような気がしたが、わざと気がつかないふりをした。
それにしても、私に聞こえないように小声で言ったつもりだろうけれど、しっかり聞こえているからね、ミリア。
私は地獄耳なんだ。
ここが教室じゃなかったら、私の鉄拳が脳天に振り下ろされていたはずだぞ。




