第155話 長瀞駅で電車を待つ
駅のベンチに座って、ミリアと身を寄せ合っていた。毛布代わりの布を適当に実体化させて、二人でくるまっていた。
配信は繋いだままにしていたが、日本時間は午前3時。視聴者はさすがに少なかった。
私もミリアも半分眠っていたので、数少ない視聴者たちは適当にお互い雑談をしていた。
》さすがのハルナっちでも時差には勝てないか
》ロサンゼルスで寝たはずなのに、こっちに着いたら真夜中だもんな。感覚がついていかないのだろう
》代わり映えのしない映像
》ずっとハルナっちとミリアたんの寝顔が続く配信だね
》寝息しか聞こえない
》深夜の寝息ASMR、助かる
》午前3時過ぎなのに、意外と人いるな
》いや、少ないでしょ
》コメントしてるのは5、6人くらい?
コメントは途切れ途切れに流れ、時折、画面に変化がなくなる。私は起きているのか寝ているのか判然としないまま、ぼんやりと画面を見つめていた。
これが時差ボケというやつだろうか。あちらで十分寝たはずなのに、強烈な眠気が抜けない。深夜の長瀞駅は静まり返り、薄暗い灯りがさらに眠気を誘う。
意識が浮上したり沈んだりしながら、時間はひどく緩やかに過ぎていった。
たまに、ぽつりぽつりと新しいコメントが流れる。
誰かが話題を振ると、それを合図にまた小さな会話が始まった。
》しかし、今回もいろいろあったよな
》何かやらかしたっけ?
》生き埋めにされかけたけど、ハルナっちのせいじゃないしな
》ミリアたんがダンジョンに入って、宝箱を閉めて終了
》まあ、ダンジョン召喚で一瞬で帰国したのが一番の衝撃だわ
》流れ込んできたコンクリートも、どこでもドアで吸い込んで解決したしな
》どこでもドアじゃねえし。ハルナっちはドラえもんじゃねえし
》それにしても、あの亜空間ドアは怖えな
》怖いなんてもんじゃない。恐ろしい兵器だ
》セルゲイを亜空間に飛ばしちゃえばよかったのに
》ハルナっちを怒らせると、いつか誰かが飛ばされる。あのドアで亜空間に……
》絶対に怒らせないようにしよう……
》怖すぎ……
やがてコメントも止まり、夜が深まっていく。流れるコメントはタブレットが音声合成で読み上げてくれていた。
私は目を閉じたまま、ときどき耳に届くその音声に意識を預けていた。
》ところで、エリとミリアたんの間になんかあったのか?
》最初は険悪なムードだったよな
》仲が悪いっていうか、ミリアたんがエリを警戒してた感じ?
》エリの方は仲良くしたがってたけどな
》エリは呼び捨て?
》別にいいだろ
》まあ、どっちでもいいけど
》でも最後の方は、なんだかんだ二人の距離が縮まってたよな
》エリって学校の先生っぽい雰囲気あるよな
》わかる、金髪ショートの美人教師。あんな先生が欲しかった
》アメリカ人だっけ?
》日系って言ってたぞ。髪は染めてるらしい
》反抗的だったミリアたんが、最後は素直になってたのが印象的だわ
》先生を認めた生徒、みたいな?
》二人だけにしか分からない絆ができたのかもな
》できたかもね
》愛が芽生えた?
》そういうのとは違う
》師弟愛的な?
》うーん、どうだろうな……
》それにしても、帰りの航空券はファーストクラスを用意されてたんだよな
》らしいね
》なのに、ハルナっちはダンジョン召喚で帰っちゃった
》ミリアたんが飛行機苦手そうだったから
》ハルナっちはどうなの?
》ミリアたんを気遣ったんだろ、たぶん……
》ファーストクラスってめちゃくちゃ高いよな
》10万円くらい?
》桁が違うぞ
》1万円?
》んなわけない
》せっかくだから乗って帰ればよかったのに
》優雅だろうなあ。一度は乗ってみたいわ
》オレンジジュースも飲み放題だろうしな
》ミリアたんもファーストクラスなら揺れも少ないだろうし、大丈夫だったんじゃね?
》揺れは一緒だろ
》そうなの?
》いや違うだろ、ファーストクラスだぞ?
》どっちが正しいんだ? 揺れるの? 揺れないの?
》まあどっちでもいいわ
私は半分眠りながら、視聴者のコメントを聞いていた。
寝ぼけているようでもあり、時折夢を見ていた。
ダンジョンの中に、たくさんの白い兎が整列している。兎たちは一列に並び、道を作っていた。身を丸め、その背中で橋を架けている。
その上を私が歩いていく。まるで因幡の白うさぎのように。
真っ白な道を、私は一歩ずつ進んでいく。
兎の毛は深く、足元がふわふわとしていて少し歩きにくい。
けれど、彼らは私のために道となってくれているのだ。感謝しながら、その背を渡っていく。
この兎は、私が召喚したモンスターだった。
名前は何だったか……。そうだ、鈍足の兎だ。兎なのに二足歩行で歩き、動きは遅い。
倒すのが可哀想になるほどの動きで、兎のフォルムがまた可愛らしいから、攻撃するのを躊躇してしまう。
そういえば、何かを忘れているような……。
夢の中でぼんやりと考えていた。
兎の背を歩いていく。ごめんね、重くない? そう語りかけると、道の先では瑞稀ちゃんや大和総理が手招きして待っていた。
あ……。
思い出した。
鈍足の兎を、アメリカのダンジョンに置いてきてしまった。
召喚を解除するのを、すっかり忘れていたのだ。
まあ、あの子が余計なことをするとは思えないし、私のMPが切れれば自然に消滅するはずだから、問題にはならないだろう。
夢から覚めたとき、ホームに始発の電車が滑り込んできた。




