第150話 モンスターに囲まれてしまうミリア
ミリアはモンスターに挟まれていた。前後の道は無数のモンスターに塞がれている。その様子はWebカメラを通し、エリが持つタブレットに映し出されていた。
『言わんこっちゃない……。いくらなんでも集めすぎだよ。この数は一人でどうにかできる量じゃないって……』
エリはタブレットの画面を注視しながら、ミリアの元へと急ぐ。
一方、ミリアは懸命に涙をこらえていた。ここは一本道で、前後には大量のモンスターが詰まっていた。
前にも後ろにも進むことができず、その場で立ち往生するしかなかった。
「ミリア、ここで死ぬことになるのです……。最後にお姉様に会いたかったのです。春菜お姉様……」
『レベル差があるんだから、モンスターに押しつぶされたとしても死にはしないわよ』
「でも、つぶされたら苦しいのです」
『それは我慢しなきゃ。待ってて、すぐそこに行くから。私が行くまで、なんとか持ちこたえて』
「ここに来るのは無理なのです。来られるはずがないのです。右右左、右、右までしか覚えていないのです。そのあとは左、右かもしれないし、右、右かもしれないのです。道を忘れてしまったのです」
『大丈夫、大丈夫。ずっと画面越しに見ていたんだから。だいたいの位置はわかっているわ』
「無理なのです。九九を全部覚えているミリアでも覚えられなかったのです。不可能なのです」
『ダンジョンはね、方向感覚がまず大事なの。マッピングアプリの上を北と仮定するのね。本当の北かは関係ない。ダンジョン内ではコンパスが効かないから。でも、上を北としてどの方角にどれだけ進んだかで、現在地を測るのよ』
「難しいのです……」
モンスターたちはじりじりとミリアに詰め寄る。鳥型や獣型のモンスターが多く、知能はそれほど高くない。すぐに襲ってこないのは、ミリアを警戒しているからだろう。
ハリネズミのような個体や、岩のような皮膚を持つモンスターもいた。それらを掻き分けて、1体のモンスターが顔を出す。兎型のモンスターだった。
兎の姿をしながら、逞しい後ろ足で2足歩行をしている。前足で他のモンスターを強引に押しのけ、前へと出てきた。
その様子をタブレット越しに見ながら、エリはミリアに声をかけ続ける。
『普段の私たちはマッピングアプリに頼りきりだから。けれど、戦闘中はデバイスを見る余裕がないこともある。だからこうした感覚を養っておくことも大事なのよ』
「エリはまるで春菜お姉様のようなのです……。お姉様のように知的なのです……」
エリと話している間にも、ミリアとモンスターたちの距離は狭まっていく。数十体か、あるいは100を超えるか。とんでもない数がミリアの目前まで迫っていた。
『私も、春菜ちゃんのダンジョン配信をよく見ていたよ。チャンネル登録もしているの』
「エリはお姉様のチャンネル登録者だったのですか」
『うん。かっこいいよね、春菜ちゃんって』
「……かっこいいのです……」
エリはなんとかミリアの気持ちを奮い立たせたかった。
だが、ミリアの声はどこまでもうつろで、か細かった。
「……でも、もう遅いのです……」
ミリアは完全に諦めていた。足は止まり、近づく1体の兎型モンスターにも気づかない。
ぺたり、ぺたりと足音を立て、それはミリアのすぐ傍まで迫っていた。
『春菜ちゃんはかっこいい。でも、私だって負けないんだから。少しはかっこいいところ、あるんだよ』
ミリアが顔を上げると、目の前には兎型モンスターの顔があった。
ミリアはただ無表情に見つめ返す。
その時だった。周囲のモンスターたちが一斉に襲いかかってきた。
ミリアは押しつぶされそうになる。
その様子を画面越しに見ながら、エリは懸命に走っていた。
『大丈夫、諦めないで。春菜ちゃんは絶対に諦めなかったでしょ? 春菜ちゃんなら、絶対に見捨てたりしない。もし春菜ちゃんが先生だったら、生徒を見捨てたりしないわ』
モンスターにもみくちゃにされながら、ミリアは応える。
「ミリア、学校に通ったことがないのです。先生とか、生徒とか、わからないのです……」
『ミリアちゃん、壁側に寄って! 壁と床の隅っこに入り込むの。そうすれば四方から襲われずに済むわ。モンスターたちはあなたを圧死させようとしてる。だからせめて、角に逃げ込んで!』
「無理なのです。もう、ミリアは終わりなのです」
『あなたはレベル173なんでしょ? すぐに死ぬようなことはないわ。私が行くまで持ちこたえて。そんなに早くHPが減るはずがないもの……』
そう言いながら、エリはタブレットに目を向ける。
そこにはミリアのステータスが表示されていた。
HPの数値が99%、98%、97%……と減っていく。
レベル差を考えれば、異常なほどに早い減少速度だった。
『どうして……』
エリは困惑する。
このままでは数分もしないうちに、ミリアは死んでしまう。
『あり得ない、こんなこと。この階層のモンスターは、せいぜいレベル3までのはずなのに……』
ミリアのカメラがモンスターを映し出す。
タブレットの画面に映ったのは、見覚えのある顔だった。それは、かつて同僚として共に働いたことのある人物だった。
『これは――ゾンビ化!? ハンターのゾンビ化が起こったっていうの?』
放射性物質の置かれたダンジョンで、隊員に犠牲者が出ていた。その隊員がゾンビとなり、ミリアを襲っていたのだ。
ハンターの推定レベルは70から80の間。
ミリアの半分程度とはいえ、ダメージを与えるには十分すぎる存在だった。
「……お姉様……。さようならなのです……」
ミリアのか細い声がエリに届く。タブレットのスピーカーから漏れるその声を聞きながら、エリはぎっしりと詰まったモンスターの群れまで辿り着いていた。
エリはあらん限りの声で叫んだ。
「ミリアちゃん! 聞こえる!? タブレットを持ってきたわよ!」
エリのすぐ側にいたモンスターたちは、ほんの数体だけ道を開けた。彼女のレベルを本能的に察したからだ。しかし、他のモンスターは動かない。ミリアまでの道は依然として塞がったままだった。
HPの減少が加速する。50%、47%、43%……。その勢いは止まらなかった。




