第142話 ダンジョンに入るミリア
配信が始まるとすぐに、次々とコメントが入る。
》やっと配信が始まった
》待ちくたびれた
》ミリアたんが突入するのね
》がんばって、ミリアたん
》ミリアたんだけが頼りなんだ
ミリアはダンジョンタブレットを両手で持ち、画面に対して気合の入った顔を向けていた。
「ミリア、がんばります。お姉様と視聴者のために、見事に任務を遂行します!」
》おお、頼もしい
》今回はハルナっちの出番はないかも?
》ミリアたんの活躍が楽しみ
ミリアの活躍を期待するコメントに対し、私は少し残念そうに言った。
「でも、ダンジョン内ではミリアのカメラで配信ができないんだよね。放射性物質を取り除くまでは、ミリアのカメラが使えないからさ」
》なにい!? ミリアたんの活躍が見れないだと!?
》ハルナっちのカメラしか見れないってこと?
》ダンジョン入り口の変わり映えしない映像が続くのか……
》つまらん
》面白くもなんともない
》全然ダンジョン配信じゃねえぞ
》面白い映像を見せろー 俺達にダンジョン配信を見せろー
「しかたないじゃん、放射線で機械類が使えないんだってさ」
視聴者は文句を言うが、こればかりはどうにもできない。私はミリアの準備を始めることにした。
「ミリア、こっちに来て。ダンジョンタブレットとWebカメラが損傷しないように、鉄で覆うからさ」
私の言葉に、グレゴリーさんは驚きの声を上げた。
「そんなことができるのか?」
「メタル属性の魔法を使います。材料があれば金属変形で加工ができますから」
「すごいな……」
「へへ……」
私は得意そうに頭を掻いた。微笑ましげな顔をするエリさんに対し、ロシア人のセルゲイは表情を固くしていた。それが少し気になった。
グレゴリーさんが周囲に落ちていたガラクタを集めてきた。
レントゲンを撮影するときに鉛のエプロンを身につけるように、防護服のようなものを作ろうとしていたのか、鉛の材料は豊富にあった。
「春菜さん。鉛を使おう。鉛の箱を作って、そこにデバイスを入れて持ち込もう」
グレゴリーさんの指示で鉛の箱を作り、ミリアのダンジョンデバイスとWebカメラを収めた。
「放射性物質を見つけたら、この箱に入れればいいのかな? でも、蓋を開けたらデバイスが壊れちゃうから、もう一つ箱を作らないとだよね」
「もっと材料があったほうがいいな。用意しよう」
そう言ってグレゴリーさんはこの場を離れていった。いったん洞窟の外へ戻るようだ。
ミリアが重そうに鉛の箱を持ち上げる。
「お姉様、これ、重い」
「鉛の塊だからね。下に降りたら、床に置いておくといいよ」
ミリアはガニ股になり、よたよたと歩き出した。鉛の箱を両手で持ち、股の間にぶら下げている。両足はまるでカニのように開いており、お世辞にも格好いいとは言えない。
足を開いているせいで、ワンピースの裾が太ももの付け根まで上がっている。このままだと、パンツが見えてしまいそうだ。
視聴者に見せてはいけない姿だったので、私はミリアから視線を外した。
背後でミリアの声が聞こえた。
「バランスが悪くて歩きにくいです」
「降りるまで我慢してね。階段が長いと言っていたから、気をつけて」
私はエリさんやセルゲイと準備を進める必要があった。携行品もあるし、ミリアとの連絡手段も考えなければならない。私はつい、ミリアから目を離してしまった。
――お姉様、行ってきます。
発せられたはずのミリアの声は、私たちには聞こえなかった。ミリアはすでにダンジョンのエリアに足を踏み入れていたのだ。
声が聞こえたように感じたのは、ダンジョンシミュレーターで一度体験していたからだった。だが、まさかミリアがもう中に入っているとは思いもしなかった。
まだ出発の準備は整っていない。
ミリアは持っていくべき物を持っていっておらず、連絡を取る手段もまだ用意できていない。
私は何気なく後ろを振り返る。
「あれ? ミリアがいない……」
さっき聞こえた気がした声。
こちら側には届かなかったが、実際にミリアが入り口の向こう側で発した声だった。
あえて視線を外していたため、私が装着しているWebカメラはミリアを映していなかった。そのため、視聴者もその異変に気がつかなかった。
ミリアはすでにダンジョンに入ってしまっていた。
ダンジョンシミュレーターは完璧ではない。
シミュレーター通りではない現実が動いていた。




