第137話 ドラゴンに乗って
軍用機のすぐそばまで歩み寄ると、ミリアが大きな機体を見上げていた。
「ふわあぁぁぁ」
ミリアは初めて見る飛行機の大きさに、目を回してしまいそうだ。不思議そうに私へ尋ねてくる。
「春菜お姉様。これはドラゴンでございますか?」
「え……ドラゴン? うーん、そうね。これは、鉄の竜とも言える。そういった意味ではドラゴンかな。名付けて『スチールドラゴン』。そう命名しましょうか」
ミリアの反応が面白く、私は年上らしい気取った口調になっていた。
「スチールドラゴン。かっこいいです。これはお姉様の物なのですか?」
「残念ながらアメリカ軍のものだけど、頑張ればいつか報酬でもらえるかもね」
私たちのやり取りを聞いていたグレゴリーさんが、首を振って否定する。
「いやいや、さすがにこれはやれん。それに鉄じゃなくて、ジュラルミンと呼ばれる合金だ。主にアルミニウムが使われている」
機体の素材は鉄じゃなかった。知ったかぶりをしてしまった私は、慌てて適当にごまかす。
「スチールじゃないのか。なら……『メタルドラゴン』! これで行きましょう!」
高らかに宣言すると、ミリアが感嘆の声を上げた。
「おお……。メタルは、まさにお姉様の属性。メタル魔法はこの世界でお姉様だけが操れる魔法ですから。このメタルドラゴンも、いずれはお姉様の支配下に……」
いくらなんでもミリアは、これを本物の生物だと信じているわけではないだろう。ダンジョン育ちの彼女には、他に形容する言葉がないだけのはずだ。
……信じていないよね?
だって、生き物ではないのだから。
「じゃあ、ドラゴンに乗り込みましょうか」
「では、お姉様。先にドラゴンの背中にお乗りください。ミリアはそのあとで飛び乗ります」
私は苦笑いしながら、機体の胴体を指差した。
「ミリア、このドラゴンの中に入るのよ」
「中に? どういうことですか? お姉様」
「身体の中に私たちが入って、飛び立つの」
「なるほど。では、ドラゴンがお口を開けて、そこから中へ入るのですね」
「うーん。違うみたい。どうやら、このドラゴンはお尻が開くみたいね」
機体後部がゆっくりと開き始めた。タラップが降りてきてスロープになる。人間だけでなく車両も積み込めるほどの幅があった。
その先には、想像していたよりもずっと広い空間が広がっていた。
実は私も飛行機には乗ったことがない。
初めての体験でドキドキしていたが、ミリアにとっては私以上に未知の世界だろう。
「お、お姉様……。ミリア、怖いです……」
本当に怯えているらしく、私にしがみつくミリアの手に力が入る。
「大丈夫。私がついているから」
震えるミリアを優しく抱きしめる。少しお姉さんぶって、その頭をそっと撫でてあげた。
ミリアは涙ぐみながら震えていた。演技なんてできない子だ。心底不安なのだろう。
私だって初めてで怖いが、ここは姉になったつもりしっかりしなくてはならない。
「怖いことは何もないからね。大丈夫だから。心配だったら、私にしがみついていればいいから」
「怖いですよ。ドラゴンのお腹の中に入ったことなんて、ないんです……」
声は震え、足取りもおぼつかない。そんなミリアを支えながら、私はタラップへと向かった。
「大丈夫、大丈夫。私がついているからさ。何も心配することはないよ」
互いに寄り添うようにして、二人で歩みを進める。
》姉妹みたい
》百合だ
》抱きしめ合っている
》どうでもいいけれど、俺の嫁に変なことを吹き込まないでね。ドラゴンだと信じちゃってない?
》お前の嫁じゃねえ、俺の嫁だ
》しかし、ハルナっちとミリアたんがデキているという噂もある
》百合展開も、まあ、悪くはないが
》ハルナっちに変な虫が寄りつくよりいいのか?
》なんだか、複雑な心境だ
流れるコメントはタブレットが音声化し、イヤホン越しに私とミリアにだけ聞こえてくる。
グレゴリーさんたちが先に上がり、私たちも続いた。初のフライトへの期待が膨らむ。
「公務だし、やっぱりビジネスクラスかな? 機内食とか映画とか、ゲームも楽しめるって聞いたことあるよ」
飛行機の中から、タラップを降りて私たちに近づいてくる女性がいた。迷彩服に身を包んだ、金髪のショートヘアだ。
「残念だけれど、そんなものないわよ。軍用のレーションくらいしか用意していないの、ごめんね」
彼女はそう言って、握手を求めてきた。
「パイロットのエリよ。私は日系で、この髪は染めているの」
エリと名乗った彼女は、空いた手で髪をかき上げた。私はその手を取る。
「よろしくお願いします。パイロットは女性の方なのですね」
そう応じると、耳元のタブレットから『タブさん』の声が響いた。私だけに聞こえる通信だ。
『――主よ。おそらくミリアの魅了魔法を警戒しているのであろう。相手はこちらを100%信頼しているわけではない。こちらも、迂闊に相手を信用しないように、警戒は怠らないことだ』
私は何事もなかったように、エリさんには笑顔を返した。
タラップを上がり、ミリアと機内へ。中には対面式の座席が並んでいた。椅子に座り、シートベルトを締める。
轟音と共に後部のタラップが閉まり、薄暗い機内はさらなる闇に包まれた。
スピーカーからエリさんの声が流れる。
『離陸いたします。室内灯は上空で点灯します。それまで暗いままですが、ご了承ください。シートベルトを締めていることを確認してください』
日本語のアナウンスに続き、英語、さらにロシア語らしき言葉が流れた。
隣にはミリア、その隣にグレゴリーさん。さらに米軍兵が5人。向かいにはロシア側の軍人が6人座っている。
飛行機はゆっくりと動き出す。
ミリアが体を寄せ、必死に私の革鎧を掴んできた。私はハンター装備だが、彼女は可愛らしいワンピースしか着ていない。握る手に力が入っているのがわかった。
「大丈夫だよ。今から離陸だって」
「りりく、とは何ですか? お姉様」
「地上から空に飛び立つことだよ」
「このドラゴン。ガタガタと揺れております。お姉様。すごく動きが遅いように思います」
「今は滑走路に向かっているところだと思うよ」
「お姉様。この速度では、絶対に空に飛べないと思うのです。このドラゴン、落ちてしまうのでは?」
「それは大丈夫だよ。これからもっと速くなっていくからね」
「そうなんですか。大丈夫なんですね?」
「もちろん」
滑走路に入ったのか、エンジン音が一段と激しくなった。
グレゴリーさんはミリアの頭越しに、私に話しかけてくる。
「旅客機とは違ってうるさいだろう?」
大声で尋ねる彼に、私もボリュームを上げて応じる。
「そうですね」
初めての搭乗である私に違いがわかるはずもない。知ったかぶりをしつつ、私は離陸への期待に胸を躍らせていた。
座席の向きの都合で、加速と共に体が右側――つまり機体後方へ押しつけられる。離陸滑走が始まった。
ミリアはさらに力を込めて私にしがみつく。
ぐぐぐっと、凄まじいGが体にかかる。見えない巨大な力で押し潰されそうだ。
エンジン音はすぐそばで鳴り響いているかのように、ドドドドと轟音を響かせていた。
巨大な音、そして今までに味わったことのない加速感で、私の笑顔は引きつる。
――ちょっと待って、これ。大丈夫なやつ?
え、嘘、無理無理。
飛行機ってこんなに速度出すの?
とんでもないGがかかっているのだけど。
隣のミリアは、下を向いて目をぎゅっと閉じている。
声に出さずとも伝わってくる。ああ、もう終わりだ、死ぬんだ、絶対に生きて帰れない、というミリアの絶望。今の私と完全にシンクロしていた。
無理だ、無理だ、無理だ。
ジュラルミンだかなんだか知らないが、金属の塊が、私たちのような重たい人間まで乗せて、空に上がれるはずなんてない。
どうして飛行機に乗ろうと思ってしまったんだ?
こんなものが空を飛ぶという幻想を信じてしまったんだ?
ミリアが正しかったじゃないか。
飛べるはずなんかないんだ。
怖い、怖い。無理だって。飛べっこないって。
大丈夫、まだ引き返せる。
今すぐやめよう。今すぐ止めて。
ほら、ミリアが「ひっく、ひっく」と泣いているじゃないか。
私の目にも涙が少し滲んでいた。
飛行機を止めましょう、戻りましょう、そんな言葉を発したいのだが、声に出すことができない。
ミリアを庇うように抱きしめる。このまま抱き合って死んでしまう運命なのだろうか。
飛行機はさらに加速していく。私たちには強い力が加わる。
故障か暴走か、どこかに激突する寸前なのか。そう覚悟した瞬間、ふわっと体が浮き上がるような感覚に襲われた。
「ふうひぇ!」
変な声が出た。びくっと体を震わせる。
飛行機が浮き上がったのだ。
ああ……。
終わる……。
終わった……。
筑紫春菜のダンジョン配信……。
大冒険……。
ここで幕を閉じることになるだろう。
完;;
いままで応援ありがとう、筑紫春菜は頑張りました。
視聴者のみんな……
私の骨を拾ってください……




