第126話 長瀞ダンジョン
ダンジョン内は薄暗かった。
足場は悪く、ゴツゴツした岩がどこまでも続いている。天井はなく、頭上は暗雲で覆われているかのような暗さだ。
壁らしい壁は見当たらず、視界を遮るほどの大岩がいくつも転がっていた。
私たちの周りには黒いボロ布を纏ったやせ細ったモンスターがいる。とんでもない数がひしめき合い、私たちに迫ってきていた。
ダンジョンタブレットでモンスターの詳細を確認する。
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やせ細った亡霊
推定LV 85~100
HP 120
物理攻撃が有効
ドロップアイテム・なし
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亡霊どもは移動が遅い。地面を滑るようにして近寄ってきて、手刀だけで攻撃してくる。
その手刀が厄介だったが、ミリアが防いでくれていた。
私は懸命に剣を振るい、モンスターたちを倒し続けた。
「倒しても、倒してもキリがない……」
「春菜お姉様、終わりが見えないです……」
私とミリアで応戦しているが、武器は私の持つゴブリンソードだけだ。ミリアは攻撃手段を持たない。
「ミリアはお姉様の盾になりますです」
「武器が欲しい……。武器が……」
問題は、巻き込まれる形で一緒に入った瑞稀社長とSPの男性だった。ハンターではない生身の人間がダンジョンに入り、しかもモンスターの群れに囲まれている。
攻撃を受ければ致命傷は免れないだろう。彼らを守りながら、私は戦っていた。
ここで、瑞稀社長があることに気がついた。
「このモンスターたち、春菜ちゃんを狙ってこないわ。どうして?」
「それはたぶん、このダンジョンを生み出したのが私だからです。私の召喚スキルで呼び出したものですから」
「春菜ちゃんのダンジョンなら、モンスターの制御はできないの?」
その質問には、私の代わりにダンジョンタブレットが応えた。
『――それは無理だな。召喚されたモンスターは自らの意思によって行動する。主人である筑紫春菜だけを守ろうとして、他のすべてを排除しようとしているようだ』
「なんとかできないの? せめてここから出してもらうとか」
『――地下220階まで降りて、我が主の意志を直接伝えれば、もしかしたら』
「……無理でしょう」
『――あるいは召喚モンスターが自動的に消滅するのを待つ。召喚されたモンスターは倒されるか、もしくは一定の時間が経過したら消える。このダンジョンもいずれは消える』
「それまで耐えるしかないってことね。時間はどれくらいかしら?」
『350年ほどだ』
「無茶苦茶ね」
SPの男性が拳銃を亡霊に向けて撃った。頭を撃ち抜かれた亡霊はHPがゼロになり、霧散するように黒い霧となって消えた。
「物理攻撃が通じます。頭が弱点のようです」
『――モンスターハウスのモンスターはHPが低い。数の多さでハンターを圧倒するのがモンスターハウスだ』
「弾はあと何発残っているの?」
瑞稀社長がSPに問いかける。
「装填済みの弾と予備のマガジン、合わせて12発です」
「この数を凌ぐには少なすぎるわね」
周りにはやせ細った亡霊がひしめいている。見えるだけで数十体。それだけでなく、倒しても倒しても、どこからか湧いてくるのだ。
私は亡霊を斬り伏せながら、瑞稀社長とSPに声をかけた。
「弾はなるべく温存しておいてください。私とミリアでなんとかします。これは私が招いた状況です。絶対になんとかします」
「こういう時はダンジョンタブレットを頼りなさい。タブレットに解決策を求めるの」
瑞稀社長は危険なダンジョン内においても臆する様子はなく、冷静だった。
『――我が主よ。武器を手に入れるのだ。ゴブリンソードだけでは限界が訪れる』
「そう言うけど、このモンスターたちは何も落とさないんだよ……」
落胆する声で、私はダンジョンタブレットに言った。
気弱になっているのは私だ。この状況を招いてしまったことへの罪悪感が、私の声を弱々しくさせていた。
『――武器はすでにある。このダンジョンに持ち込まれている』
その時、遠くで複数の銃声が聞こえた。マシンガンのような連続した発砲音だった。
「あいつらね。もうサイレンサーを使っていない。身を守ることで精一杯なのでしょう」
「マシンガンなんて使われていたら、私たちは殺されていましたね」
瑞稀社長の言葉にSPの男性が頷きながら答えていた。
「そこまで派手にやるわけにはいかなかったのでしょう。国際問題になりかねないしね」
「彼らを仲間に引き入れることはできませんか?」
「どうでしょうね? 非常事態だと考えれば、手を組むという選択肢はあるかもしれないけど。対話ができるかどうか」
二人の会話に私が割って入る。
「もしかしたら、私の配信を見ている可能性はありませんか?」
「あるかもしれないわね」
瑞稀社長の目に力が戻り、その様子に私も少し勇気づけられた。
「配信を通して呼びかけてみましょう」
「彼らは日本語がわからないと思う。大丈夫?」
「大丈夫です。学校で習いました」
すうっと息を吸い込み、ダンジョンタブレットに顔を向ける。画面に私の顔がアップで映った。
こんなときのために、ちゃんと英語の授業を受けておいてよかった。
「ハロー。ナイスチューミーチュー。マイネームイズ、ツクシハルナ、デス。ディスイズ、ペン。ハワユー? アイム、ファイン、サンキュー」
すぐにコメントで返事が返ってきた。
》配信はずっと見ていた。日本語でOKだ。翻訳機能がある。
そうか、翻訳機能を使えばよかったのか。私は日本語で語りかける。
「ここは私が作り出したダンジョンです。召喚スキルで生み出していますので、私だけは襲われないのですが……。私以外を外敵とみなして排除するようです」
》我々も亡霊に襲われている。今のところは銃弾が十分にあるが、いずれ尽きるだろう。
「お互いにこれは非常事態だと思うんです。合流して共闘しませんか?」
》話を聞かせてくれ。君たちを殺そうとしたんだ。そのままでは受け入れてくれまい?
瑞稀社長に視線を向けると、タブレットを指している。AIがテキストメッセージで会話の補助をしてくれている。
「共闘するには条件があります。あなたたちの素性を明らかにすること。何をしようとしていたのか、ミリアと接触してきた目的を明らかにすること。お互いに危害を加えないこと。こちらの質問に正直に答えること」
》それだけだろうか?
「これだけです。条件が飲めない場合は、敵対することになります」
》わかった、条件をすべて受け入れよう。ただ、我々のことは配信映像に載せないでいただけるとありがたい。
「AIでモザイクをかけて、音声もカットします。コメントも一般の視聴者には見えないようにします」
》助かる。我々の部隊は正規の軍とは別に行動する秘密部隊だ。アメリカとロシアの双方の部隊が協力しているが、互いの国家はそのことを知らない。
「では、合流ポイントをお伝えします。そこで落ち合いましょう」
》承知した。すぐに向かう。




