第121話 ミリアの捜索
ヘリポートに降り立ち、ここからは徒歩でミリアを捜すことになる。
私は瑞稀社長と並んで歩き、すぐ後ろをSP(セキュリティポリス)の男性がついてきている。
SPは気を使っているのか、私たちとは少し距離を置いていた。
瑞稀社長は、私にもっと気軽に接してほしいようだった。
「私ね、長瀞って初めてなの。仕事が忙しすぎて、観光地にはなかなか来られなくて。あ、ほら。あそこでソフトクリームを売ってるよ。ミリアちゃんを見つけたら一緒に食べよう」
社長はとても楽しそうで、足取りも軽い。
「あの……、瑞稀社長」
「瑞稀ちゃん、でしょ?」
すぐに呼び方を訂正されてしまった。
「……瑞稀ちゃん…………」
「友達だと思ってくれていいから」
ここは観光地なので、人通りも多い。
横を歩く女性が世界有数の大企業であるデバイスリンク・テクノロジーズの社長、藤井瑞稀だと思う人はいるだろうか。いや、誰もいるまい。
私はもう開き直って、社長のことを友達だと思うことに決めた。
「ねえ、瑞稀ちゃん。ミリアをどうやって捜しましょうか。何かいい案はありませんか?」
「そうだね。まずは適当なお店に入って、服でも買おうかな。私ももっとラフな格好になりたいし」
私は一刻も早くミリアを捜したかった。
そんな私の焦りを見透かしたように、社長が言った。
「ほら、春菜ちゃん。早くミリアを捜しに行きたいって、顔に出ているよ。春菜ちゃんは考えていることが顔に出るから分かりやすいわね。でも、言いたいことがあったら遠慮なく言っていいんだから。「服なんか買っている場合じゃない」って」
「え、あ。まあ……。そうですね。服のことよりも、早くミリアを捜したいです」
私はしどろもどろになりながら答える。
「こういう時は、そのダンジョンタブレットに聞いてみましょうか」
社長は私が手に持っているタブレットを指さした。
すると、何も操作をしていないのにタブレット端末から声が響いた。
『――我が主よ。なんなりと命じてくれ』
「な、なんなんですかこれ……」
私が驚いていると、瑞稀社長がなんでもないことのように言う。
「普通に音声認識をするAIだけど?」
「いや、『我が主』って何ですか。瑞稀ちゃんがそう呼ぶように設定したのですか?」
問いかけには、瑞稀社長の代わりにタブレットが応じた。
『――いや違うぞ。主の過去の振る舞いを学習し、最適な性格設定を選定した結果だ。リビングデッド戦における厨二病的な振る舞いは主の特性をよく反映していた。ゆえに、我は……』
私は無言でタブレットの会話中断ボタンを押し込んだ。
『――ひ、ひどいじゃないか、主。我を邪険に扱うなど』
私はもう一度、迷わず中断ボタンを押した。
「これ、リセットってできないんですか?」
私は瑞稀社長の方を向き、問いかける。
「会社に戻ればリセットできるけれど……」
『――主よ、聞いてくれ。ミリアを捜索する手段はすでに考案済みだ。ただし、準備に少々時間がかかる。その間に瑞稀社長とSPは動きやすい服装に着替えておくといい。我のリセットはいつでもできる。今は着替えの優先を提案する』
「春菜ちゃん。これでも一応、世界に未発表の次世代AIだから、信頼してあげて」
「まあ……。瑞稀ちゃんがそう言うなら。じゃあ、お二人の服を買いに行きましょうか」
私たちはダンジョンタブレットの提案に従い、近くのお店へ入った。
瑞稀社長は、シンプルなブラウスに動きやすそうなパンツルックという装いになった。SPの男性は着替えを固辞したため、スーツのままだ。
「このタブレットは単なる提案じゃなく、ちゃんとした未来予測に基づいているからね。さあ、ミリアちゃん探しを再開しましょう」
釈然としないが、私たちは長瀞の街を歩き始める。
しばらく歩くと、若いカップルに遭遇した。
「おい、もしかして」
男の方がこちらを指さして、隣の女性に耳打ちした。
てっきり瑞稀社長のことかと思ったら、目当ては私だった。
「握手してもらっていい?」
男女のカップル2人から同時に手を差し出された。
「筑紫春菜さんだよな? いつも動画配信見てるぜ!」
なんと、私の動画の視聴者だったのだ。私は手を握りながら彼らを見る。年齢は20歳前後だろうか。
2人とも革ジャンにダメージジーンズを履き、耳にはピアス。首元には蠍の刺青が覗いていた。
観光客らしくないな、と思っていると、
「あ、俺らここが地元なんすよ」
と屈託のない笑顔が返ってきた。
「動画で長瀞に来るって言ってたから、もしかしたら会えるんじゃね? って若菜と話してたんす。あ、若菜ってのはこいつ。俺の彼女っす」
男性は隣にいた女性を親指で示した。
「若菜が外に行こうって言うから来てみたら、マジでいてビビりましたよ」
若菜と呼ばれた女性が、キラキラした目で私を見つめてくる。
「会えて嬉しい! 私、本当に春菜ちゃんのことが大好きなんだ」
少しやんちゃな2人なのかなと思ったが、話してみると悪い人たちではなさそうだった。
「尚人のケツを叩いて連れ出して正解だったよ、マジで」
「春菜さん、マジでかっけーっす! 生で見たら惚れ直しました」
尚人と呼ばれた男性が、若菜さんからお尻のあたりを思い切りつねられた。
「痛っ、痛いって!」
「ごめん、こいつ馬鹿だから気にしないで」
「いえ、大丈夫ですよ」
私は苦笑いを浮かべながら返事をする。
『――我が主よ。彼らにミリアの捜索を協力してもらってはどうか?』
唐突にダンジョンタブレットが喋り出した。
「えっ? 今、これが喋ったの?」
若菜さんが興味津々に、私の持つタブレットを覗き込んだ。
「ああ、はい。これ、新しいダンジョンデバイスなんです」
「うわあ、すごい! ダンジョンハンターのデバイスってこんなに大きくて喋るんだ。初めて見た!」
興奮してまくしたてる若菜さんだが、これは一般的なデバイスではない。
「これは私専用の特別製なんです。普通は喋ったりもしません」
今度は尚人さんが感心したように声を上げる。
「春菜さん、かっけーわ。特別仕様とかマジ惚れる。さすがドラゴンを倒すだけあるっすね」
「あはは……」
どう反応していいか分からず、愛想笑いのようになってしまった。
するとダンジョンタブレットが2人に語りかけた。
『――尚人殿、若菜殿。我が主に力を貸してはくれまいか。ミリアの周辺はGPSのジャミングによる妨害電波が発生している。人海戦術で協力者を募り、信号の感度が最も低下する中心点を特定できれば、そこにミリアがいるはずだ』
それを聞いて、尚人さんがやる気満々で言った。
「おっしゃ。仲間に片っ端から声をかけてやるよ!」
「尚人は馬鹿だけど、地元のツレだけは多いからね」
「おお。頭は悪いが、行動力だけは誰にも負けねえ。春菜さんに協力させてもらうぜ!」
尚人さんが早速どこかへ電話をかけ始め、人を集めようとしている。
その間に若菜さんは、瑞稀社長に「お母さんですか?」と尋ねていた。社長はなんとも言えない表情でそれを否定している。
SPの男性は少し離れた場所で私たちのことを注視していた。右手がスーツの胸元に差し込まれたままなのが、少しだけ気になった。




