第119話 デバイスリンク・テクノロジーズ
新宿駅から徒歩3分。目的地へはすぐにたどり着くことができた。そびえ立つ巨大な建造物、地上50階建てのDDビルディングを見上げる。
ここにはデバイスリンク・テクノロジーズの本社が入っている。1階の入口を通り、受付の女性に声をかけようとしたところで、横にいた別の女性に呼び止められた。
「筑紫春菜様ですね。社長の藤井瑞稀より承っております。私は社長の秘書をしております。すぐに屋上へご案内いたしますね」
目つきが鋭く、事務的な口調で話す女性だった。
秘書を名乗る女性とともにエレベーターホールへ移動した。秘書は操作パネルにカードをかざした。
「社長はすでにお待ちしています」
動画にコメントを書き込んでくれた方は、デバイスリンク・テクノロジーズの社長だった。
ネットではざっくばらんな口調だったが、相手は世界規模のIT企業を率いるトップなのだ。その本人がこの先で待っている。私は少し緊張しながら返事をした。
「よろしくお願いします」
エレベーターホールでは、スーツ姿の男性たちが何人も列を作っていた。ジーンズにTシャツというラフな格好の私は、どうにも場違いだった。
エレベーターが到着し、秘書とともに乗り込んだ。
「こちらは重役専用エレベーターになっております」
広い箱の中は私たち2人きりだった。
体がぐぐっと重くなる感覚を覚え、エレベーターが上昇を始めた。
デバイスリンク・テクノロジーズは世界各国に拠点を持ち、20万人以上の従業員を抱える。この会社が急速に躍進したのは、画期的なAIを開発したからだ。
そのAIはダンジョンデバイスにも搭載されている。対象がハンターに限られるため売上規模こそ小さいが、一般企業へのライセンス料や電子機器の販売で、その売上高は3000億ドルを超えている。今や、この会社のAIなくしては社会が成り立たないほどの存在感があった。
階数を示すデジタル表示の数字がぐんぐん増えていく。
31、32……45……48……
表示がRを示した時、電子音が鳴り響き、エレベーターの扉が開いた。
「こちらでございます」
秘書は無表情のまま、私を振り返ることもなく先を進む。私は慌ててその後をついていった。
強い風が吹き抜けてきた。思わず顔を手で覆う。
そこはビルの屋上だった。
音も凄まじい。ヘリコプターのローター音だ。
「こっち、こっちー!」
ヘリコプターのすぐ脇で、一人の女性が手招きをしていた。
年齢はおそらく40歳前後。仕立ての良さが伝わるネイビーのスーツを着ている。
肩にかかる髪は漆黒で、あまり化粧っ気もない。どちらかというと和服が似合いそうな、日本人らしい古風な顔立ちだ。
烈風にあおられ、私も社長も髪を乱す。声が通りにくいため、私は大きな声を張り上げた。
「ありがとうございます! ヘリまで出していただいて!」
こんな時、どう振る舞うべきなのだろうか。挨拶だけでいいのか、それとも握手を求めるべきか。相手は世界的大企業の社長なのだ。私は適切な作法を知らない。
「いいからいいから。早く乗ろう。急いでミリアちゃんのところへ行かなきゃ。無駄話をしている時間なんてないでしょう?」
瑞稀社長は私の手を取り、ヘリコプターへと誘導する。
まるで友人と接するかのような社長の態度に、私の緊張も和らいだ。
「はい。ありがとうございます!」
ヘリコプターの横にいた秘書が社長に言った。
「私はどうすれば……?」
社長は秘書に向けて、手をひらひらと動かしながら笑顔を向けた。
「あなたはここで適当に仕事しといて。今日のアポは全部キャンセルね。こんな面白いことなんて、なかなかないもの。来客も追い返しておいて。今日はこのまま直帰するから」
「しかし、社長……」
無表情だった秘書がここにきて困惑したように表情を変えた。
だが、社長は気にすることなくヘリコプターへと乗り込む。
私も手を引かれ、その隣に座った。
乗り込んだのはヘリコプターの後部座席だ。
座席は3つあるが、すでに1つは男性が座っていた。
ヘリコプターの扉が閉まる。
外の喧騒が遠のいた。
ローター音は響くが、随分と会話がしやすくなった。
瑞稀社長が私の方を向いた。
「彼はSP。気にしないで」
「SP? SPとは何でしょうか?」
私は首をかしげながら尋ねる。
「ああ、ごめん。SPはセキュリティポリスのことで、彼は警察官なの。要人警護ってわかる? 拳銃を所持しているから、撃たれないようにね。ダンジョンハンターとはいえ、拳銃には勝てないでしょう?」
瑞稀社長は冗談めかして言うが、ハンターも人間なのだから当たり前だ。
拳銃の弾を弾き返せる者など、いるはずがない……。
そんな存在はいるわけがない……。
ん……?
私は少し考え込む。
いるかも……。
もしかしたら、ミリアなら……。
ミリアはただのレベル173のモンスターではない。守りに特化した、防御力に全振りしたような存在だ。
はたしてミリアはどこまでの攻撃に耐えるのだろうか。
拳銃の弾を弾いてしまったりするのだろうか。
現代の兵器が通用する存在なのか。ミサイル攻撃にでも耐えてしまったら、それこそ各国に狙われることになる。
ヘリは飛び立ち、長瀞方面へと進路を取る。DDビルディングはあっという間に小さくなった。
「配信は続けても構いませんか?」
要人警護がつくということは、政府関係者と同等の扱いを受けているのだ。私のような者がライブ配信をしていいのか不安になる。
「もちろん! 駄目だったらヘリなんて出していないわよ」
ところが瑞稀社長は全く気にする様子はない。ピクニックにでも行くようなウキウキとした気分がこちらに伝わってくる。
高級そうなスーツに身を包んではいるが、隣の家のおばさんのような気さくさで私に接してくる。
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げた。
さっき初めて会ったばかりなのに、私はすっかり社長に気を許していた。




