第111話 夫婦のハンター
2人とも肩にデバイスを装着している。私と同じ配信者のようだ。
「助けてくださって、ありがとうございます」
私は深く頭を下げながらお礼を言った。
「よかった。怪我はない? ポーションは持っている?」
女性の方が心配そうに声をかけてくれる。
2人は恋人だろうか。
私よりもずっと年上で、20歳は過ぎていそうだ。
社会人として働いていれば、装備もそれなりに揃えられるのだろう。2人とも全身を軽装鎧で包み、ロングソードを装備していた。
恋人かもと思ったのは、2人の装備が似通っていたからだ。
赤の他人であれば、それぞれ別々に装備を購入するはずだ。
パートナーならお互いの防御力に差が出ないよう配慮するだろうし、必然的に似た装備になるのだと思った。
「大丈夫です。怪我はありません。お騒がせしてすみませんでした」
私はもう一度頭を下げた。
簡単に倒せたはずのレッサーウルフをあえて倒さずにいたのは、私の勝手な都合だ。
だが、遠目には私が襲われているように見えたのだろう。わざわざ助けに来てくれた2人に対し、申し訳ない気持ちになった。
「あなたも配信者なんですね。僕たちもですよ」
男性が、にかっと笑みを浮かべる。
がっちりとまではいかないが、それなりに鍛えられているのが分かる体格をしていた。
「はい。私も配信をしています。筑紫春菜と言います」
「僕は霧島涼介。こっちは妻の薫。夫婦でダンジョン配信をやってるんだ」
「よろしくね、春菜ちゃん」
薫さんが手を差し出す。恋人だと思った2人は夫婦だった。私は薫さんと握手をし、続けて涼介さんとも握手を交わした。
2人とも、社会人らしい落ち着きがあった。
体格もよく、姿勢もまっすぐだ。
涼介さんは180cmくらいの長身で、薫さんも私より10cmほど背が高かった。
「レベルとか聞いても大丈夫かな? 僕たちは2人ともレベル28で、主に地下10階から地下15階を拠点にしているよ」
予想以上にレベルが高かった。質問に答えるよりも先に、驚きが口をついて出る。
「え!? そのレベルでこの階層なんですか!? もっと下へも行けるのでは……」
2人のレベルを合わせれば56だ。単純に足せるというものでもないが、オーガの討伐も可能だろうし、地下25階あたりまでは降りられるはずだ。
「僕たちはハンター事務局の推奨レベルよりも、さらに安全マージンをとっているからね。絶対に大怪我をしないように」
隣で薫さんが苦笑いを浮かべる。
「以前、死にかけたことがあるからね、私たち」
死にかけたというのは本当だろう。ダンジョンは常に死と隣り合わせだ。
「あの時、僕たちは配信をしていて助かったというのもあったんだよね」
「そうそう」
「どういうことですか?」
私は尋ねる。
「いやあ、当時の僕たちはちょっと無茶をしていたところがあってさ。地下26階でウェアウルフの群れに襲われたんだ」
ウェアウルフは狼の頭を持つ獣人型のモンスターだ。レッサーウルフとは比較にならない強さを誇る。
「2人で7体のウェアウルフを相手にするのは無理があったね。涼介君も私も、噛み殺される寸前だった。でも、たまたま近くにいた視聴者が駆けつけてくれてさ」
「それからは、しっかり安全マージンをとろうと決めたんだ。僕たちの配信は、万が一のときに助けてもらうための命綱でもあるし、視聴者とつながる絆でもあるんだよね」
「そういえば、配信中に『すぐ近くで困っている人がいる』ってコメントが入ったこともあったね。まあ、それはポーションが切れただけで、モンスターに襲われていたわけじゃなかったんだけど」
「そんなわけで、僕たちは未だに配信を続けているし、もうこれは手放せないな」
「そうだね。涼介君も私も、他者とのつながりなしではダンジョンで生きていけないよ。本当にこれは、視聴者と私たちをつなぐ細い糸なんだよね」
視聴者とつながる糸――。
そんなふうに考えたことはなかった。
配信の話題になったことで、私は自然と自分の内面を語りだしていた。
「私の場合は、最初が視聴者に助けてもらうための配信だったんです。地下の奥深くで死にかけまして……。でも、なんとか窮地を脱したあとは、上層の安全な場所での配信になりました。たくさんの方が見てくれるようになって、学校の友達も楽しみにしていると言ってくれます。でも、私にはみんなを楽しませたいというサービス精神があるわけでも、スパチャを稼ぎたいわけでもなくて。なんというか、自分はなんで配信しているんだろう、と考えてしまうんです」
薫さんは頷きながら、私の話を真剣に聞いてくれている。
「春菜ちゃんは配信していて楽しくないの? つまらない?」
「いえ、もちろん楽しいですよ。視聴者の方とコメントでおしゃべりするのは楽しいですし。昨日なんて、ダンジョンの中で女子会みたいにおしゃべりしかしていなくて。こんな場所で何やってるんだろうって、逆におかしくなっちゃいましたし」
「じゃあ、そんなに深く考えずに、やりたいときにやればいいんじゃないかな? 気分が乗らないときは、お休みしたっていいんだし」
私が深刻に悩んでいるわけではないと察してか、薫さんも軽い調子で返してくれた。
「そうなんですけれど、なんだか変な義務感のようなものが生まれているのかもしれません。友達の湊ちゃんはたまにコメントをくれますが、他の学校の友達は見ているだけです。一度も交流したことがない視聴者さんもたくさんいますし。そういう、直接つながっていない人たちへの義務感なのかなって」
「ああ、少しわかるかも。コメントをくれる人って、全体から見ればごく一部なんだよね。大多数はただ映像を見ているだけのROMと呼ばれる人たちで、何を考えているかは見えにくい。惰性で見ているだけかもしれないし、あるいは毎日の欠かせない楽しみにしてくれているのかもしれない」
「そういう方もいるのでしょうか」
「色々な人がいると思うよ。あと、『見守っている』という感覚の人もいるかも。私たちを助けてくれたハンターさんも、私たちが危なっかしくて目が離せないから動画を見ていたんだって。そんなケースもあるよね」
「自分の知らないところで、色々な人がそれぞれの思いで見ているのですね。勝手に決めつけないほうがいいのかな」
「そうだね。それと、そんなふうに漠然とした悩みを持ってしまうのは、目的がないからじゃないかな?」
その言葉に、私ははっとした。
「目的……ですか」
「もしかして春菜ちゃん、結構な数のチャンネル登録者がいたりする? 普通は稼ぎたいとか人気者になりたいって思うものだけど、それは登録者を増やすのが大変だからで。春菜ちゃんが悩むのは、わりと苦労せずに登録者が集まっちゃったからじゃないかと思って」
「はい……実は……。そうですね、それなりの人数がいます」
「贅沢な悩みだねえ」
薫さんは、けらけらと笑った。
「じゃあ、年上のお姉さんからのアドバイス。何か一つ『目的』を持ってみたらどうかな? 高い目標があれば、それがモチベーションになると思うよ。どうかな?」




