第110話 配信の意義
平日でも、放課後はすっかりダンジョンに通うようになってしまった。
お兄ちゃんから制限されているダンジョン配信の3時間。
ほぼ3時間をフルに使い、毎日欠かさず配信を続けていた。
ただし、特別な企画があるわけでもないライブ配信を見てくれる人は多くない。
視聴者も、おそらくは惰性で見ているだけだろう。
適当なおしゃべりで終わってしまう日もある。そんな調子だから、チャンネル登録者数は徐々に減り、同時接続者数(同接)も落ち込んでいった。
そもそも私が配信を始めた理由を思い出すと、お兄ちゃんの装備を無断で持ち出して、ダンジョンの深層から抜け出せなくなってしまったからだ。
人気者になりたかったわけでも、稼ぎたかったわけでもない。無事に脱出できた今となっては、配信を続ける意味を見いだせなくなっていた。
広告収益や時折もらえるスパチャはあるけれど、1ヶ月に使えるダンジョンポイントを5万に制限されている身としては、モチベーションには繋がらない。
つまり、完全にマンネリ化しているということだ。
そろそろこの配信も終わることになるのだろうか。そんなことを漠然と考えながら、私はぼうっと地下13階を歩いていた。
目の前に出現したのは3匹のレッサーウルフ。
以前、春日井君の腕を噛み、骨にヒビを入れた相手だ。
普通のドーベルマンより一回り大きい。濃い灰色の狼は、私を視界に入れると間髪入れずに向かってきた。
この階層のモンスターはハンターの能力に関係なく、闇雲に襲いかかってくる。
しかも、今の私は木のお椀を逆さにしたような、滑らかなヘルメット型の兜を被っている。見るからに弱そうで、おまけに色気もない。
怯む様子など微塵もないレッサーウルフたちは、3匹とも大きく口を開けながら飛びかかってきた。
私は素早く横をすり抜け、同時にゴブリンソードを一閃させる。
一振りで2匹の首を同時に切り落とし、1匹はそのまま着地した。2匹の死体が転がり、残りの1匹と対峙する。
レッサーウルフと1対1で向き合う形になった。
仲間を倒されても敵はまったく動じない。再び噛みつこうと、こちらに飛び上がってくる。
「これに噛みつかれたらどうなるんだろう?」
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。腕には、葛城さんが手に入れた『薄布の小手』が装着されている。私は、その左腕を差し出してみた。
そこにレッサーウルフが勢いよく噛みつく。
鋭い牙で『薄布の小手』が破れた。だが、私の腕に損傷はない。
これがレベル71の肉体なのだ。
骨を噛み砕かれるどころか、皮膚に傷すらつかない。わずかな痛みを感じるだけだった。
これはレベル差が大きいからであり、もしレベルが近ければ致命傷を負っていただろう。
そしてこの肉体の強化は、ダンジョンデバイスと同期している。
ダンジョンから出て地上に戻っても、肉体は強化されたままの状態だ。
ハンターを引退するという話はまだ聞いたことがない。デバイスで機能を停止すれば肉体強化が解除され、普通の人間として生活できるからだ。デバイスがなければ普通の人間だ。
だが、ダンジョン配信をやめるというのはごく普通にある。
ひとつには、稼ぎを目的に始めたが、思うように利益が出なかったケース。
もうひとつは、人気を目的に始めたが、注目が集まらなかったケースだ。
いずれも視聴回数が伸びず、チャンネル登録者数を増やすことができなかったためだ。
私の場合は、現在チャンネル登録者数は89万人だった。一時は100万人に迫ったものの、それ以降は90万人前後で停滞していた。
レッサーウルフは、まだ私の腕にかじりついている。
「なんだろうな。配信を続ける意義って」
そんなことを思いながら、懸命に腕を噛み切ろうとしているレッサーウルフを眺めていた。
私の配信を楽しみにしている人はいるのだろうか?
別にやめても他に面白い配信者はいるし、困る人はいないはずだ。魅力的なハンターも他にいるのだから、しばらくすれば、私のことなんて忘れてしまうだろう。
――そろそろ辞めてもいいかな……
そんな思いは、言葉にはならなかった。
ダンジョンデバイスには私のHPが表示されている。
そのHPが、0.0001%という極小の単位で減っている。
このまま噛まれ続けたら、いつかは死ぬのだろうかと考えたけれど、それには何年もかかるはずだ。
そんなことも知らないまま、このレッサーウルフは必死に私を倒そうとしている。
見逃して立ち去ろうかとも考えたけれど、攻撃をやめないレッサーウルフから逃げるのは難しそうだ。
倒すしかないのかな……なんて考えながらぼんやり見ていたら、遠くから魔法を放つ声が聞こえてきた。
――拘束蔦
――氷柱!
私の方に渦巻くように回転しながら蔦が伸びてきて、レッサーウルフの足を絡め取る。
それとほぼ同時に、短い氷の槍が飛んできてレッサーウルフの体を貫いた。
絶命したレッサーウルフが地面に転がる。
「大丈夫ですか!」
叫びながら男女がこちらへ駆けてきた。
魔法を放って、レッサーウルフを仕留めた2人のハンター。
彼らが、私を助けてくれたのだ。




