第106話 言いくるめられる春菜
ユカリスさんは、楽しそうにくるくると回る。
「ダンジョン配信の定番ネタじゃあ。ばらばらに分かれてモンスターを倒す。制限時間内に、最もいい装備を持ち帰った者が勝者じゃあ」
回っていたユカリスさんはピタッと止まり、不敵な笑みを浮かべた。
「そして勝者の褒美が魅力的なほど、閲覧数が増えるというものよ」
閲覧数稼ぎのために、ダンジョン内で企画めいたことをやることがある。
ダンジョンチューバーがよくやっているネタ配信だ。
でも、そんなのやるわけがない。
私のキスを褒美にするなんて、絶対にあり得ない。
ユカリスさんに向かって、不満げに自分の意思を伝える。
「ユカちん、誰もこんなのやらないよ。私が嫌だって言えば成立しないんだし、ダンジョン部の部員たちだってやるわけがないって」
頬を膨らませながら、腰に手を当ててユカリスさんを見下ろした。
だが、ユカリスさんは全く動じない。
「そうかの? 筑紫春菜は装備が揃う。部員たちは褒美がもらえる。おまけにユカリスちゃんねるの閲覧数も増えれば、みんなが得するのじゃ。Win-Win-Winとはまさにこのことじゃなかろうかな? これこそ、三方良しじゃ。」
「だから、やらないって。やるわけないよ。ねえ、部長? 石田さん?」
私は部員たちの顔を順番に見ていく。
「九条さん? 葛城さん? 椎名さん?」
でも、なんだかみんな、そわそわと落ち着きがない。
「ん……。え? やりませんよね……?」
ユカリスさんはまたもや、その場でくるくると回りだした。
どこか人を食ったような、すました顔をしている。
デバイスの画面にはコメントが流れていた。
》やっと規制が解除になった
》声が聞こえる
》ようやく状況がわかってきた
》ハルナっちのキスをかけたゲーム?
》俺たちが許すわけない、というか参戦させろ
》ルールの改定を求む、俺たちにも参加権を
》褒美がキスというのはさすがにまずいんじゃない?
》とりあえずゲームの開催は決定?
「ちょっと待ってください。流れ的に、なんだかまずい方向に行っている気が」
ファーストキスもまだなのに、こんなゲームみたいなことでキスなんて、無理すぎる。
せめてほっぺになら……。
いや、それでも無理。
恥ずかしすぎる。
まるで私の心を読んだかのように、ユカリスさんは妥協案を出してくる。
「じゃあ、ほっぺにしようかの? 接吻の定義からは外れるのだが、まあ良い。褒美は、ほっぺにチュー。これでどうじゃ?」
「それでも、嫌だって……。恥ずかしいって……」
私は頑なに拒否を続ける。
「仕方ないのう。じゃあ、勝者に褒美をやるのではなく、逆に罰ゲームではどうじゃ? 敗者が泣きを見るシステムじゃ」
「罰ゲーム?」
ユカリスさんは少しハードルを下げてきた。
「罰ゲームと言っても、そんなにひどいことはせぬから安心せい。装備を取ってきた者、全員にご褒美をやる。ただし、何も持ってこれなかった者には褒美は無しじゃ」
話を聞いていた部長は、納得したように頷いていた。
「それなら春菜さんには迷惑はかからないか」
石田さんも同意するように頷いている。
「さすがに拙者たちも、姫の〝チッス〟は恐れ多くて受け取れないでござる」
「僕たちは頑張ってドロップアイテムを獲ってくるよ」
「ところで、具体的にどんな罰ゲームなのでござるか?」
石田さんに尋ねられ、思案するようにユカリスさんは指を顎に当てた。
「そうじゃのう……。筑紫春菜はキスも無理。ほっぺにチューも無理。あまりにウブすぎるからの。なら、せめてキス顔だけでも披露してもらう。敗者はそのキス顔を見ることができぬ。これでどうじゃ?」
「まあ、そのくらいなら……。問題ない? いや、本当に!?」
「問題なさそうでござるな」
みんなは納得するが、キス顔だってそんなに簡単に見せられるものじゃない。
このまま決まってしまいそうな空気に、私は抗うように声を上げる。
「ちょっと待ってよ。なし崩し的に決まりそうじゃない!? キス顔だって、十分に恥ずかしいんだけど……」
「視聴者サービスにもなるぞい。〝ユカリスちゃんねる〟もユカちんのキス顔で登録者が13人増えたことがあるのじゃ」
「え? たったそれだけ?」
「それに、部員たちには装備を持ってきてもらうのじゃぞ。何かしら労らわねば不憫じゃ。筑紫春菜は唇にキスもだめ、ほっぺにチューも無理。他に何ができるというのかえ? ダンジョンポイントでも賞金にするかえ?」
「ポイントは1ヶ月に5万しか使えないようにされちゃってるからなあ」
「筑紫春菜も、大人の女になるならキス顔は嗜みじゃぞ。男どもにとって、キス顔ほどのご褒美はない。アイドルのように可愛い筑紫春菜の、キュートで魅力的なキス顔じゃ。まさに小悪魔のごとき筑紫春菜じゃ。唇にキスをすることは叶わずとも、せめて夢くらいは見せてやろうではないか。同じダンジョンチューバーアイドルとして、男どもに夢を見せるのが責務だとユカちんは思うのだぞ」
「別に、私。ダンジョンチューバーアイドルじゃないけど……」
「経験者から言わせてもらえば、キス顔を披露することで大人の階段を登れるのじゃ。視聴者からお子様チャンネルと揶揄されることもなくなるぞ。朝ドラ女優になれるほど可愛いのだし、世界進出だって夢ではない。ユカちんが目指せなかったトップスターを目指せるのじゃ」
「いや、目指さないけれど……」
「罰ゲームの内容は、1つもアイテムを持ち帰れなかった者が、キス顔を見ることができないというものじゃ。全員が敗者になることもあれば、1人が勝者となって独占することもある。つまらんと思ったが、意外といけそうじゃのお」
納得するように、ユカリスさんは一人でコクコクと頷いている。
「ユカちんとしては、本物のキッスを目の前で拝みたかったのじゃがな……。実はまだ見たことがないのじゃ。筑紫春菜はあるか? 本物のキッスを」
「え……。見たこと……? 目の前で?」
「あるのか?」
「え……。ない……けど……」
「じゃあ、キス顔なんてできぬか。見たことがなければ無理かのお?」
「そのくらいはできると思うけれど」
「では、褒美はキス顔ということで。ダンジョン部の5人、これで良いかな?」
「あ、はい……。僕たちは……」
「では、ルール説明じゃ。場所はこの階層。互いに接触は禁止。助け合いも妨害も禁止じゃ。時間は1時間。制限時間内にこの部屋に戻ること。装備品を1品でも持ち帰ったら勝者。0品は敗者じゃ。準備はいいか」
「え……、すぐ始まる……? 準備と言われても……」
部員たちは慌てながら、手持ちの装備を確認し始めた。
「カウントに入る。3、2、1、スタートじゃあ!」
ユカリスさんの秒読みで、勝負は唐突に始まる。
そして部員たちは一斉に駆け出し、私はといえばユカリスさんと一緒に彼らを撮影することになった。ただ待っているだけでは視聴者も退屈だろうから、リアルタイムで実況を行うのだ。
◆ ◆ ◆
1時間は短い。――すでに55分が経過していた。
ラスト5分。まだ何も獲得できていない部員もいた。
残り5分となり、私とユカリスさんは部屋へと戻ってきた。
ここにきて、キス顔の練習をしていないことに気づいてしまう。
キス顔なんて、これまでの人生で一度もやったことがないのに……。
視聴者からは死角になるところで、こっそりと練習を試みる。
あいにく鏡を持ってきていなかったので、想像で練習するしかなかった。




