第105話 勝負が始まろうとしている
ユカリスさんは、BとかHとか、鉛筆の芯の話をしていただけだ。
なぜか動画の配信画面がおかしくなった気がする。
「えっと、みなさん。配信画面は見えていますでしょうか? ユカリスさんの顔にモザイクがかかっているようなのですが」
》規制が入ったね
》顔だけじゃない、声も
》AIが自動判定してR15にふさわしくない発言を無音にする
》だから、俺たちには天橋立ユカリスの声が聞こえなくなってる
》〝ユカリスちゃんねる〟に行くか
》あっちは年齢制限ないしな
》よし、大人は移動しよう
》こっちはお子様向けのチャンネルだしな
何人かは、本当に視聴をやめてユカリスさんのチャンネルへ移動してしまったようだ。
「何も問題発言はなかったと思うのですが……」
私は動画のレイティングをR15に設定している。過激な発言や性的な表現、血や臓物などのスプラッター映像は規制が入ることがある。
その線引は難しく、どのラインまでがOKでどこからNGなのかは判断が難しい。AIによる判定に従うしかない。
話題が妙な方向へ逸れていたが、部長は私に弁明する。
「春菜さん。えっと……。僕たちは確かに、最初は女の子と一緒にダンジョンへ行きたいという下心があったかもしれません。でも、今は決してそんな風に思っていませんから」
「そうでござる。姫のお陰でオーガを倒すことができたでござる。姫のことは守る対象から、共に戦う仲間だと思っているのである」
石田さんの言葉を、部長が訂正して言い換える。
「仲間というか、どちらかと言えば先生に近いかな」
「そうかも知れぬな……先生かもしれぬ」
他の部員たちも、同意するように深く頷く。
私は瞬きをしながら、少し驚いた。
「中学生の私が先生ですか?」
「僕たちより経験豊富だし……。あ、えっと、もちろん戦闘の経験って意味ね」
私は首を傾げた。経験豊富という言葉に、戦闘以外の意味などあるのだろうか?
まあ、それはいい。私は先生と呼ばれるほどの立場ではない。
「私は経験豊富というより、お兄ちゃんの動画を食い入るように見ていただけです。そこで学んだことを最下層で実践した経験はありますが、上層のことはあまり詳しくありません。お兄ちゃんにもっと勉強してこいと言われている身です」
「いや、それでも春菜さんから学ぶことは多かったよ」
「そうでござる。姫にはぜひ我が部の指導もしていただきたい」
私を持ち上げてくる部長たちに、話を聞いていたユカリスさんが割って入ってきた。
「筑紫春菜は筑紫冬夜の妹じゃからのお。今のうちに繋ぎ止めておいたほうがいいぞお。これほどの女子は二度と現れないかもしれん、それほどの逸材じゃ。お主たち、女子のハートを射止めるにはどうすればいいか知っておるか?」
ユカリスさんの問いかけに、部員たちの注目が集まった。
「『貢物』じゃ」
断言するような、強い口調だった。
「筑紫春菜の装備を見てみい。姫と呼ぶには少し貧相じゃ。そこで、貢物をしてはどうかというのがユカちんからの提案じゃ」
部員たちはその言葉に深く頷く。
「なるほど」
「確かに、でござる」
「今から各自、バラバラになってモンスターを狩るのじゃ。これはゲームじゃ。誰が一番いい装備をドロップして姫に捧げられるか。そして、一番いい装備を貢いだ者には……」
もったいぶりながら間を置いて、ユカリスさんは全員の顔を見回した。
「褒美をやらんとなあ」
ユカリスさんは人差し指を高く天井に突き立てた。部員たちに競争をさせようというのだ。
誰が一番になるか、勝負をけしかけている。
「その褒美とは……」
全員が固唾を呑み、私がごくりと唾を飲み込む。
何か嫌な予感がした。
「接吻! なんてどうじゃ!?」
高らかに宣言するユカリスさん。
接吻……
少し、思考が停止する。
接吻?
え?
キス?
誰が?
ユカリスさんじゃないよね?
え?
誰が?
って……
私しかいないじゃない……!
「はああああぁ!?!?!」
》天橋立ユカリスの声が聞こえてこない
》まだ規制中……
》声が聞こえないよー
》何がどうなった?
》天橋立ユカリスの顔はモザイク。腕を高くあげ、人差し指で1を作っている?
》これから何かの勝負が始まるの?
》早く音声の規制を解除してくれ……
「キスなんてしないよ! 絶対にしないからね!!」
私は必死に訴える。こんなゲームみたいなことが始まってしまったら、とんでもないことになる。なんとしても、止めなければならない。
》キス?
》話が見えない
》何か始まろうとしている?
》天橋立ユカリスの声が聞こえないから、状況がわからない
》〝ユカリスちゃんねる〟のほうで見るか
》そうするか




