第1話 初めての配信 レベル1なのに最下層へ落ちました
「――ああ、落ちた。ほんとに、落ちちゃったんです……。地下212階に来ちゃったんです!!」
カメラの前でそう叫んだのは、私、筑紫春菜。
中学2年生、14歳。配信デビュー初日――なのに、いきなり地獄のような場所に来てしまった。
目の前では、赤黒いマグマがぐつぐつと煮えたぎり、岩の隙間から白い蒸気が噴き上がっている。
天井も床も鋭い岩だらけ。息を吸うたび、焦げた金属みたいな匂いが鼻を刺してくる。
「ここ……ほんとに、地下212階なんです。信じてくれますよね?」
私は自撮り棒の先に固定したダンジョンデバイスへ向けて語りかける。
配信画面の片隅には、視聴者数が表示されていた。
――――――――――――
チャンネル登録者:0
視聴者:2
――――――――――――
現在の視聴者はたったの2人。
画面の下に2人のコメントが流れた。
》【ぽんた】フェイクだろ、これ
》【アクゾー】地下200階超えって人類未踏だぞ? 映像の合成っしょ
「フェイクじゃないんです! 本当に落ちたんです! お願いです。信じてください!」
私はカメラに向かって必死に訴える。
でも信じてもらえないのも無理はない。
私は神王装備を身につけている。
全身を覆う黄金の鎧。輝く兜の装飾が顔の半分を隠していて、見た目だけなら一流ハンターそのもの。
だが、私のステータスを見れば疑われるのが当然だ。
――――――――――――
レベル:1
――――――――――――
》【ぽんた】レベル1www
》【アクゾー】絶対コスプレ。神王装備とか無理だろ
》【ぽんた】だって1個で12億円だぞ?
》【アクゾー】フルセット84億な
「え、は、84億!? 嘘でしょ!?」
私は思わず叫んだ。
……そんな値段、聞いてないけど!?
実はこれ、兄の装備なのだ。
世界ランク2位――ワールドランカーの兄が使っていた正真正銘の本物。
ちょっと借りただけのつもりだったのに、まさか落とし穴に引きずり込まれるなんて。
ダンジョンが出現してから25年。世界は大きく変化した。
ハンターは強さに応じてランキングがつけられ、世界ランク100位まではワールドランクプレイヤーと呼ばれていた。
今いるのは東京都、奥多摩に出現したダンジョンの地下212階。
私の背後では地獄のような景色が広がっていた。ごつごつした岩に囲まれ、熱いマグマからは蒸気が立ちのぼる。
今どきは女子中学生によるダンジョン配信も珍しくはない。
しかし、私にとっては今日が人生で初めてのライブ配信だった。
「ここから地上に戻らなくてはなりません。なんとかして、上へあがる道を探そうと思います」
私ができるのは、実況中継を通して視聴者の協力を得ること。自力で地上に戻ることは不可能だ。
配信画面に映る私の姿は、あまりにも場違いだった。
伝説級の神王装備に身を包んだ、黄金の騎士。
兜のせいで表情は見えにくいが、その中身はただの震える中学生だ。
ここは誰も到達したことのない未踏の地。ダンジョンの地下深く……。
それなのに、視聴者はたった2人だ。
画面には2人のコメントが流れていく。
》【ぽんた】フェイク決定……でいいんだよな……これ……
》【アクゾー】まあ、ワールドランク1位の到達地点が地下165階だしな
》【ぽんた】地下212階が本当なら、踏破エリアが一気に更新ってか
》【アクゾー】つまり、まあ、フェイクってことでいいんじゃね?
私へのコメントというより、2人で会話をしていた。
「AIで作った映像ではありません! ここは本当に地下212階なんです!」
なんとか信じてもらおうと、震える声で訴えかける。
ダンジョンにはハンターを下層へと落としてしまう罠が存在している。そこに私は入ってしまった。
「落ちてしまったんです。シューターに……」
シューターは下層への罠でもあるのだが、上級ハンターたちは下へ降りるためのショートカットとしても使うことがある。レベル1の私にとっては死の罠でしかない。
》【ぽんた】なかなかリアルな悲壮感だよな 演技もうまいし、フェイクにしてはよくできてる
》【アクゾー】ほんとにシューターに落ちたわけじゃないよな?
》【ぽんた】ほら、セーフティー設定があるからな 装備がコスプレなら作動しないはず
》【アクゾー】でも、お前 こないだ初心者ハンターをからかって下の階層へ落としてたじゃん
》【ぽんた】あれは上層だから あそこはセーフティーが効かないんだよ
》【アクゾー】涙目だったぞ かわいそうに
》【ぽんた】ちゃんと助けに行ったじゃねえかよ
》【アクゾー】死にかけたところでな
》【ぽんた】いやあ それは、俺っちのチャンネル登録者数のためだし ついに1万突破したし
》【アクゾー】神王装備がコスプレなら下層のシューターへは入れないしなあ
》【ぽんた】この装備、本物……かね?
》【アクゾー】どうだろ?
》【ぽんた】レベル1なんだぜ? ありえねーだろ
「本物なんですよぉ……。この神王装備も……」
ダンジョンデバイスにはステータスの一部を公開する設定がある。
視聴者には、今の私の頼りない基本ステータスが丸見えだ。
私は、紛れもなくレベル1だった。
しかし、所持品や装備の詳細は隠される。だからこそ、神王装備が本物だとは信じてもらえていないようだ。
今はAIも発達して簡単にフェイク映像を作ることができる。
フェイクだと疑われ、装備はコスプレ扱い。レベル1の私がここにいる以上、そう思われるのも仕方のないことだろう。
「とりあえず、配信を続けますね。なんとかみなさんの助けを得て、地上へ帰りたいと思います。ごらんください。ここが人類未踏の地、地下212階です。どうか、この恐ろしい場所から脱出するために協力をお願いします」
私は背後の景色に向けて、精一杯に手を広げた。
》【ぽんた】2人しか見てねえけどな
そう、それが最大の問題だった。
この配信を見ている視聴者が、あまりにも少なすぎる。
「本当は上の階層で普通に配信を始めるつもりだったんです。でもモンスターに追いかけられて、逃げているうちに、どんどん下に落ちていって……」
》【ぽんた】いやあ、いくらなんでも落ちすぎだろぉ
シューターに落ちたのは、ぽんたさんたちが一方的に悪いわけではない。
神王装備がコスプレだとからかわれ、私が意地になって本物であることを証明しようとしたことが原因だった。
そのあとはモンスターに追いかけられて、私がコメントを読む間もなく次々とシューターに落ちてしまったというわけだ。
とにかく来てしまった以上、ここから帰らなくてはならない。
私にできることは視聴者を増やすことだ。少しでも興味を引き、今いる2人を繋ぎ止めながら、さらなる視聴者の流入を狙うしかない。
「ここはすごいところです。非常に怖いです。先程ちょっとのぞいたんですが、この奥にとってもおっきなモンスターがいたんです。すっごく、おっきかったんです」
私はダンジョンデバイスのカメラを洞窟の奥へと向けた。
「高さは10メートルくらいあったんじゃないでしょうか」
》【ぽんた】現時点での最高身長モンスターはサイクロプス。身長は約3.5m
》【アクゾー】そもそも、そんな巨大空間はダンジョンに存在しない
》【ぽんた】10mはさすがに盛りすぎ。設定がガバガバすぎる
》【アクゾー】やっぱフェイクか?
「本当に大きかったんですよ。信じてください」
必死の訴えが通じたのか、ここでようやく視聴者が1人増えた。
――――――――――――
チャンネル登録者:0
視聴者:3
――――――――――――
新しく加わった3人目の視聴者が、さっそくコメントを書き込んでくれた。
■■■■■【お知らせ】■■■■■
もしよろしかったら、ブックマークをお願いいたします。
面白そう、先が気になると思っていただけましたら、ぜひ評価をお願いします。
応援していただけると、励みになります。




