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一六話⑦

 百々代(ももよ)はやてから新しい触媒があると知らされ弓朗くろうは急ぎ迷宮管理局蝋梅所まで、応援の旨を伝え向かった。管理区画の職員でもいいのだが、やはり街を治める子爵が出向いた方が効果的である。

 そんなわけで防衛官が一階層の調査を行うために篠ノ井(しののい)夫妻と共に潜行すれば、背の低い草木の中から月眼蜥蜴(つきめとかげ)が出てきて鳴き声を上げた。


「こんにちは、蘇鉄族そてつぞくは現れたりした?」

 慌てる様子もなく楽しげに飛び跳ねていることから状況は変わっていないらしく、百々代は微笑みながら防衛官らが敵でないことを知らせてみる。

 すると彼らの近くに寄っていっては、警戒すらせずに飛び跳ねていた。どうやら百々代以外にも敵対する気はないらしい。敵が現れたら彼らにも知らせてほしいと言伝て、二人は二階層へと潜っていく。


 さて、二階層。こちらの月眼蜥蜴と友好関係を築けていない、故に慎重に進んでいた時、草木が揺れて。

「ギャウ!」

 月眼蜥蜴が飛び出しては襲い来る風もなく、何処かへと連れて行こうと急かせた。

「これって、」

「蘇鉄族の場所を知らせようとしている可能性があるな。階層ごとの群れに何かしら繋がりがあるのかもしれん」

「じゃあ行こっか!」

 連れて行こうとする彼らにしたがって進めば、蘇鉄族とその脚へ噛みつく月眼蜥蜴の数匹が巣と思しき幼体と卵の殻が見受けられる場所を守っていた。

 言葉の一つもなく飛び出した百々代は、蘇鉄族の幹胴かんどう零距離擲槍ブースター込みの蹴りで大きく揺らし、緑がかった金の瞳をあらわにする。

「ここで退くのであれば追撃はしません!」

 停戦を試みるも蘇鉄族には通じないようで、足元の彼らが特別なのだという説を立てる。


「君たちは下がってて」

 戦っていた月眼蜥蜴は姿勢を低く撤退し、幼体を守るべく呼びに来た一派とも合流を果たした。

 腕撃を軽やかに避けて脚部へと蹴りを入れると、体勢を崩してぐわんと全体を揺らす。そこへ一帆かずほが走り込み霙弓えいきゅう氷針ひょうしん乱炸らんさくを装填し発射、幹胴と腕枝の付け根辺りを凍結させ、百々代が零距離擲槍パイルバンカーで以て粉砕する。

(どうせ凍抓とうそうが通らん相手だ、ならばこっちの方が有効だろう)

 一応のこと成形武装で霙弓を銃剣に変えて百々代と並ぶ。

 残りは三本。だが動きは重鈍で魔法を使うこともない、腕撃に注意していれば問題ないと次々に凍らせては、砕いてを繰り返していた瞬く間に戦闘を終えた。


「お疲れ、氷雲丹こおりうにのが有効みたいだね」

「ああ。腕が振られても障壁でなんとかなるから、狙う手間を省いた方が楽だ」

 小さな針が拡散しある程度の範囲を狙える氷針乱炸。射程こそ短いが圧倒的な手数を持つ分、凍抓が通らない相手への凍結付与に関してはこちらが優勢のようだ。

 戦闘終了を確認した月眼蜥蜴たちは百々代と一帆へと歩み寄り、鳴き声を上げて喜んでいる。…ように見える。

「二階層の月眼ちゃんたちも敵対してこなかった、というより助けを求めて来た所を考えると、階層ごとに繋がりがあったりするのかな?」

「他の階層に行ってみないことにはわからんが、そう見れれば気が楽だ」

「仲良く出来るといいんだけども。友好な魔獣だと仮定するとかなり特殊な迷宮に異質化したんだね、ここ」

「大変な時代に生まれたものだ」

「その分活躍もできるけどねっ!あっ、見て幼体だよ幼体!ちっちゃくてかわいいっ!」

 ちょろちょろ寄ってくる幼体に百々代は黄色い声を上げていた。


―――


 数日して、二人が順調に首魁階層のある二〇階まで進めた頃。月眼蜥蜴の生態にもいくらか調査が進んだ。

 先ず、彼らは元々生殖活動を行う種類でなく、そこら辺から唐突に現れる湧性ゆうせい生物という魔獣魔物の大多数を占める種類から変化したことが判明した。

 活性化の盛んなこのご時世、前例がないことなど数えていればキリがないのだが、非常に特殊な事らしい。

 加えて百々代という取っ掛かりこそあったが、人に対して友好的で且つ共生できる相手である事も稀どころか、他では見られない状況のようで人員の追加補充が行われるのだとか。

 そんな月眼蜥蜴には不可思議な特性が備わっている。これは種的な特性なのか迷宮的な特性なのかは不明だが、百々代と一帆が野菜の切れっ端や小さな肉片などを対価に索敵を頼んだところ、他の階層でも索敵の指示が通るようになったのだとか。

 そして彼らを苦手としシッシと追い払った防衛官には他の階層でも一切寄り付かなくなったり、卵を採ろうとした防衛官はどの階層でも鬼の剣幕追いかけられたり。

 二階層の時にも二人を頼るような行動をしていた事も加味し、共通する意識が備わっているか与えられている可能性があるとのこと。

 ややあって、迷宮内に蘇鉄族が現れ次第教えてくれる風変わりな犬くらいの認識に月眼蜥蜴たちは収まっていく。

 ちなみに食性は雑食だ。


「これが噂の月眼蜥蜴か!これらが協力してくれるとは不思議な迷宮なのだな」

 迷宮内の様々な物を触媒として活用できるか調べていた颯もようやく迷宮に潜行できるようになり、彼らとのご対面である。

「ふむ、吾は猫の方が好みだな」

 あまり関心はないらしい。

 彼女を護衛しながらいくらか歩き、蘇鉄族を見つけた月眼蜥蜴を追っては討伐し種子が有れば回収していく。

「木が歩くとはどういう仕組みなんだ?…見た限り中身も木じゃないか」

「魔力で動かしているとか?前に見た動く骨は、骨同士を魔力で接合して筋肉の代わりにしてたっぽいけど」

魔力梁筋まりょくりょうきんか。それとは違って見えるのだ。ほら、死ぬとこれらは樹木のようにカチカチになるだろ、だが動いている時はそれなりの柔軟な可動をしていた。目立った魔法を使わないから魔獣と扱われているが、樹木を柔軟に動かせる魔法なんじゃないかと思った次第だ」

「そういう見解もあるか。なるほどな」「あー、そういう。」

 二人も考え込むように蘇鉄族へ視線を向ける。


「もっと細かく部位を持ち帰って触媒の適性を調べる?」

「協力してくれるのなら是非にも」

「それじゃバラしてくねっ、どこが欲しい?」

「脚、幹の中心部、枝の付け根、後は各部位の樹皮だ」

「雑に解体して外で細かくしようか」

 鋸剣を展開した百々代は必要そうな部位を切り出し、自身と武王で担いで移動を始める。


―――


 材料を擂り砕き触媒の調査をしていれば、脚部から採取した木材が水溶液を揺らめく深い緑色へ変えて颯が考え込む。

「植物に関する魔法だけど、なんの魔法だろうね」

 二人は水溶液の反応が記された書を読み漁り、近しい色の魔法を書き出しては片っ端から実験をしていく。

 半日もすればある書き出した全ての魔法は終わり、少し異なる色でも試し終わっていたのだが。

「どれも反応が芳しくなかった。つまり」

「既存の魔法じゃない、新規の魔法ってことだねっ!」

「そうだ!ワハハハ!完!全!新!規!の魔法だ!」

 百々代もわーわー賑やかしていれば、疲れた表情で少し酔っている風の一帆が入室してきて。

「賑やかな様子に、ようやく実験は終わったのか?」

「うん!」

「そうか。なら食事を摂った方がいい、…すまん俺は先に眠らせてもらうぞ」

「おやすみ、一帆」

「おやすみ」

 欠伸あくびをして自室へと帰っていく。

「あんな萎れた表情をしているなんて、珍しいこともあるのだな」

「お酒に強くないみたいでね。今日は防衛官さんたちの一部で街へ飲みに行ってたんだよ」

 納得した颯はいくつかの紙束と筆を持ち、百々代と共に宿舎の食堂へと降りていった。


―――


「防衛官から男衆で街に飲みに行こうと誘われていて、金子はいくら持っていけばいいのだろうか?」

「うーん、何人くらいの規模なの?」

「一五人と聞いた」

 なら、と簡単な計算をして荷物の中から紙幣を取り出しては、必要な金額を用意していく。

「これで全員飲食しても余裕があるはずだよ」

 防衛官としては新人の一帆に集るつもりなど毛頭ないのだが、百々代は篠ノ井家の者として人脈構築の為の資金として一帆に財布を手渡す。彼が嫡子でなくとも篠ノ井家の奥様の一人であることは変わらない。

 一帆も承知のようで、疑問を呈することなく受け取り衣嚢へと収めた。

 そもそも街飲み程度で傾く懐事情でもないのだから、気前よく振る舞える時には振る舞っておくべきである。巡回官は防衛官や職員から嫌われると仕事がし難くなるので。


「楽しんできてね、わたしは颯さんと魔法の調査を継続するから」

「有用そうな結果が出たら教えてくれ」

「うん、了解っ!」

 パタパタと百々代と颯が魔法を弄くり共用の部屋へと駆けていく姿を見届けては、彼は階段を降りて防衛官らと合流する。

「すまない、待たせたな。妻が全員で飲み食い出来るようにと金子を用意してくれた、今日は好きに飲んでいくれていいぞ」

「いいんですか!?よっしゃ!」「奥さんは何処へ?お礼を伝えたいんですが!」「おお、寛大な奥さんですね」

 評判は上々、一行は行きつけらしい酒場へと向い、いくつかの席を寄せては賑やかな宴会をおっ始める。

「篠ノ井さんってどうして巡回官になろうと思ったのですか?」

 なんてよくある雑談、何度口にしたかと思いながら。

姨捨おばすて古永ふるながに憧れて。そしていつかは篠ノ井の名を彼以上に知らしめたいと」

「おー!ありがちな動機ですね!」

「でも学舎を卒業したばっかりですよね。ご夫妻が力を合わせれば、名前を轟かせることくらい出来るのでは?はっはっは」

「お二人共強くて驚きましたよ。百々代さんなんて一人であの蘇鉄族をはっ倒してたじゃないですか、二度見三度見しちゃいましたよ」

「篠ノ井さんが蘇鉄族を氷漬けにする姿も痺れましたね」

 などを皮切りに世間話やら苦労話、下世話などの雑談と料理を肴に宴会は盛り上がったのだとか。


―――


 百々代と颯の二人が晩餉を食みながらお行儀悪く魔法陣を引いていれば、よく出来上がった防衛官らがお礼を言いながら通り過ぎていく。楽しめたのなら良かった、と伝えれば満足そうな笑みが更に緩んで自室へと戻っていく。

「…。お二人共、食事中は食事に集中してくれませんか?」

 ただ一人、苦言を呈するのは侍従の虎丞こすけ。眉間に深い深い皺が刻まれそうなので、大人しく食事の専念し平らげる。食器を片付け職員に礼を告げては、作業の再開で。


「これ脚部の樹皮だよね。ならさ、木を自在に動かせる魔法なんてどうかな?ここにこの魔法陣を仕込んで―――」

「属性に関しては種子を触媒に混ぜればもっと簡略化できるな、この辺りから削って――」

「初回は混ぜ物じゃない方が結果を見易くなると思うんだけど」

「種子の純度を考えれば問題ない、単一では殆ど機能していない純性属性触媒だぞ?」

 ああでもないこうでもない、侃々諤々(かんかんがくがく)に意見が白熱し始めて、止めに入った方が良いかと虎丞が考え始めた頃に。

「全部作ろっか」「そうだな」

 と勝手に鎮火しては、二人で数多くの魔法陣を引き始めた。

(導銀を買い足さないといけなくなりそうですね…、喧嘩でもしてどちらかに纏まった方が楽だった可能性が…)

 二人の魔法馬鹿は夜遅くまで魔法陣を引き、最終的には無理矢理部屋に戻されたのでした。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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