一六話⑥
道標を辿って移動の可否、残っている魔獣の有無等を確認しながら簡単な調査を終える頃には月眼蜥蜴たちは百々代を首領とするよう後を付いて回っていた。
「防衛官さんたちを呼んでも問題なさそうだし戻ろっか」
「ああ。…それにしても妙に懐かれているな、前世が龍だからか?」
「さあ。なんでだろうね?」
しゃがみ込んで撫でてみれば抵抗はなく、他の蜥蜴も寄ってくる。犬ほど愛想と愛嬌があるわけではないが、倒せと言われたら抵抗感のある相手になっているのは確かだ。
「くるっと回って、ギャウ」
「…。ギャウ!」
一同はその場でくるりと回って鳴き声を上げていた。いつの間に芸など仕込んだのか、と一帆は疑問に思いながら真似て指示を出すも、彼らは首を傾げている。
「なんでだ…。餌を与えたのは俺だろう…」
「なんでだろう。お座り」
今度は手振り無しに指示を出すと、やはり地面に座り込みジッと見上げていた。動きを見て行動していたわけではなく言葉を理解しているようだ。
(…。もしかして…)
「ねえ一帆、わたしの瞳って何色してる?」
「青と金だ、ろう…?…金の瞳が変色しているな、緑がかっているぞ」
「やっぱり。見ている相手へと意思を伝える瞳が作用してるのかも?」
「目は口ほどに物を言う」なんて言葉があるが、瞳で見ている相手へ言語を伝える瞳が前世には存在した。それが伝達視の緑。
独自の意思疎通のみで生きてきたローカローカが人へ意思伝達する際に用いていた瞳なのだが、これは失われて久しい力。とはいえ原因と思しき事象にも心当たりがあるわけで。
「廃迷宮でローカローカに会った事で瞳が戻ったのかな」
「不思議なこともあるもんだ。金は問題なく使えるか?」
「試してみるよ」
(人に化けてた時みたいに、って思ったけど全然感覚は覚えてないなぁ。…うーん、)
とりあえずで破壊を意識し、瞳に力を込めてみれば対象とした木が内側から爆ぜるように砕け散る。
「問題ないねっ!危ないからなくてもいいんだけど」
「あった方がいいだろ、何事にも備えは必要だ…それに綺麗な色だぞ」
「えへへ、ありがと」
照れ照れとだらしない表情を浮かべつつ、目蓋を下ろしてはいつも通りの糸目へと戻していく。
「ローカローカと出会ったことでわたしに何かしらの影響が有ったんだろうねっ。…でも鳥脚ちゃんたちからは意思が伝わってこないし、やっぱ人の身だと力が弱まるのかな」
「本来なら相手の考えも伝わってきていたのか」
「うん。縄張りの動物なんかは、怖い!恐ろしい!って逃げてってたよ」
二町もの巨大な龍だ、恐ろしくないわけもなく。
「難儀な…。まあ一旦戻るか、色々と説明が長くなりそうだからな」
「うんっ。月眼ちゃんたちも一緒に行こっか、外には出ちゃ駄目だけどね!」
「ギャウ!」
―――
土産がてらの蘇鉄族の腕枝、幹胴、花、種子を降ろしつつ、斯々然々と内部の状況及び月眼蜥蜴の件を説明すれば、防衛官は困惑頻りである。
彼らは迷宮の出口付近で別れを告げたら、何処かへと去っていった。
「友好と呼ぶには時期尚早ですが、攻撃しなければ襲ってこない可能性が生まれたと」
「そうなりますっ。二階層からも様子を窺ってみますが、わたしたち以外に牙を剥くようであれば対処したいと思います。活性化の影響で異質化した、と考えていますが…判断は難しいですね」
「餌付けは成功しているのですよね?」
「ああ、こちらから投げた携帯食料は食んでいたし、手に乗せて渡したら餌だけ取っていった。切っ掛けは百々代が助けた事に由来するだろうが、それ以前にこちらと遭遇した際にも積極的に襲い来る様子は無かった、と付け加えておく」
「元より資源価値はない魔獣でしたし、襲いこないのであれば万々歳ですが」
彼らの事は先ず横に置き、視線を向けるのは蘇鉄族の残骸。
「蘇鉄族、って仮の名前でいいですよね」
「正式な物は迷宮管理局で付けられるだろうからとりあえずは蘇鉄族で問題ありませんよ。…然しよくお二人で制圧出来ましたね」
「相性が良かったので。…ただ蘇鉄族は魔獣の内では強い部類に入ると思います。銃型の迷宮遺物で凍抓を撃ち込んで凍結するだけに済んでいた強度、鞭のように振るわれる腕枝、植物魔獣の中でも大きな体躯、蝋梅所へ応援要請を行うが必要になりますね」
「ですよね、子爵様に連絡をお願いしておきます。お二人に残ってもらえれば大助かりなのですが、巡回官は皆様は留まれませんよね、このご時世ですし」
「首魁と全階層の制圧は行うが、長期での滞在はなぁ」
「被害が出てからじゃ遅いんだしさ、少しくらいはいいんじゃない?颯さんもいるし、触媒探しをするのもいいと思うんだけど」
(触媒云々は半ら建前で、防衛官が困っている故に手を貸したいのだろうな。ふっ、お人好しめ)
「少し滞在時期を伸ばすとするか」
「助かります、篠ノ井巡回官!」
こうして一行は笹野街での滞在期間が延びた。
―――
瑪瑙の乳鉢で蘇鉄族の部位を擂り砕き粉末状へと変えると音が響く室内、乳棒を握り力仕事に精を出すのは百々代。そして金属粉と液体を量り調合していくのが颯。彼女らは蘇鉄族の触媒としての価値があるかどうかの調査中である。
最初は一帆も眺めていたのだが、あまりにも地味で余計な話しの一つもない空間に居辛さを覚えて何処かへと出かけて行った。
「これくらいでどう?」
「もう少し細かいほうがいいな」
「わかった」
ゴリゴリゴリ、カチャカチャカチャ、作業に熱中しつつ丁度良い粉末が出来上がっては、水溶液へと慎重に流し込み硝子棒で掻き混ぜていき、颯が魔力を流し込めば薄っすらと色が変わっていく。
「緑だが薄くて判別が出来んな、枝に続き幹も外れ。強い割に益のない魔獣になりそうだ」
「所謂外れだね、何か用途があれば防衛官の配属もし易くなると思うんだけど」
「種子と花から良い反応が出るといいのだが」
乳鉢を洗浄し素材の混入を防ぎつつ、次は種子を砕いていく。
作業を一頻り終えて再び水溶液へ混ぜて魔力を注ぐと、今度は鮮やかな若草色へと変化して二人は目を丸くする。
「百々代くん」
「颯さん」
「フフフハハハ、ハーッハッハッハ!これは植物属性そのものの触媒だな、これは珍しいぞ!」
「どの程度の純度か判別する導銀盤はある?」
「確か…。入ったほうが早いな」
大型鞄に手を突っ込んて導銀盤を探していた颯だが、見つからないとみると鞄の中へ入り込んでいき独り言が聞こえてくる。
これは家鞄という小屋ほどの収納を可能とする迷宮遺物の一つだ。金環食とは違い、呼びことで取り出すことは出来ず、手を入れても取り出せない時は取り出せず、指輪と比べると大型鞄なので持ち運びも少し不便。とはいえ大量の荷物を多く収納できるのは便利であり、人気な迷宮遺物の一つである。
出土数も多くはないので金環食と同等前後の値が付くため、購入する際は用法と相談するといいだろう。
「おーい、百々代くん。数がそこそこあるから持ち出すのを手伝ってくれ!入ってきてくれていいぞ!」
「う、うん」
鞄に入るとはどういう感覚なんだろう、と恐る恐る足を入れてみれば迷宮門を使用したような感覚で、棚に多くの物が置かれた質素な部屋へと立っていた。
「これらが植物の属性に関する導銀盤だ。一通り試して純度を知りたいから全て持ってってくれ」
「わかった。…よいしょっと」
「おお、流石の力持ち。百々代くんを助手にほしいところだ」
「えへへ、残念だけど巡回官だから。同行中は手伝うけどね」
「惜しいなぁ…」
そして一通り調べた結果は、かなりの高純度の触媒、とのことで莢研局員である颯の推薦状込みも添えて蝋梅所へ応援要請が届けられることになった。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




