一六話④
「鹿獣族の鏃をですか?」
「はい、いくつかの購入したいと思いまして」
巡回官は迷宮で倒した魔物魔獣の素材に対して購入の優先権がある。とはいえ並大抵の者であれば必要となるものは少ない、精々が珍味程度。
不思議な物を欲しがることに疑問を覚えながらも、精算処理をして手頃な木箱に詰めては百々代に渡す。
「工房に魔法莢作成を委託するのですか?」
「工房出身なんで自前で使おうかと。鏃石や氷矢みたいな軽い射撃魔法の触媒として使われる事があるんで、なにか試してみたいなぁと思った次第ですねっ」
「そうだったのですね。そういえば魔法莢研究局員さんもいらっしゃいますし、是非お役立てください」
有用性が高まれば資源迷宮として注目を浴び、人員が多く派遣されることとなる。則ち一人一人の負担が軽減されるという算段なのだろう。
迷宮は入れる者が限られる上に巡回官防衛官共に危険が伴うことが多く、参入者も少ない。
実入りが良いのは確かなのだが魔力質の高いものは貴族家に多く、家業でそれなりの地位に就けることも追い風であろう。嫡子の地位まで蹴って巡回官になろうという者はそういない。
ちなみに、とある街の迷宮では発条の心臓機が首魁から入手できるので、再胎後即倒せるようにと大賑わいなのだとか。
「購入してきたよっ、颯さんは簡易炉を持ってきてるんだっけ?」
「ああ、だから宿舎に戻れば溶かして触媒にできるぞ!…ふむ、石鏃や銅鏃が主で偶に鉄鏃が混じっているのか」
「戻ったら種類ごとに分けないとね、素材事に融和性の高い魔法は違うし」
「フフフフ、どんな魔法に仕上げようか!」
「実は一帆の魔法を作りたいんだよね、霙弓に装填できる円筒型でさ」
「円筒型か、ふむ。一帆くん霙弓を見せてくれるか?」
「来い。霙弓。ほら」
銃の形状をした迷宮遺物。引き金の上部、銃身と銃床の境には魔法莢を嵌め込めるだけの凹みがあり、今は凍抓が収まっている。
何故に迷宮から産出される迷宮遺物に魔法莢にが収まるかといえば、規格が設定される際に一部の迷宮遺物に嵌め込み使用できるように設計されたからだ。一部の形状が異なる迷宮遺物は専用の外莢を用意する必要があり、主流から外れていたりする。
「六角の難点だな」
「そもそも六角にする必要があったのか?」
「ああ、勿論」
「六角式は面ごとに収まるよう専用の魔法陣が組まれていてね、昔ながらの陣を使う円筒に裏彫りするのとは全然違うんだよ」
「もしかしてだが…もう習得したのか…?」
「なんとなくだけどね。円筒と六角を比較した場合なんだけど、円筒型は――」
腕を組み頷く颯を見る限り百々代の説明は正しいようだ。魔法陣学は学舎の必須ではない、三年四年の居残り組が学ぶような知識であり一帆に心得などなく遠い目をしていた。
「つまり、六角のは性能こそ高いが独自の規格だから迷宮遺物とは反りが合わないと」
「うん」「そうだ」
「外側だけ変えればいいのではないのか?」
「導銀筒盤の大きさは陣に合わせている、今以上の小型化は現状無理だ。それと多面異触媒も小さくし性能を維持するのは難しい」
「というわけで円筒型で作るんだけど、どんな魔法がいいかな」
「…。凍抓でも不便しているわけではないから、使い分けで貫通性を増した魔法だろうか。魔物化した板兜魚の頭部は抜けず仕舞いだ」
「なら蘭子さんみたいな高い威力の魔法だね」
「そこまで出なくとも、いや…そこまでのものが必要か」
魔物の魔法耐性を一撃でぶち抜く為には相応の威力を必要とする。板兜魚を正面から討ち取っていた蘭子が異常なのだ。
三人は侃々諤々と魔法について話し合いつつ休息をし、改めて一一階層へと向かっていく。
―――
順調に迷宮を進んでいき一六階層。ここまで到達できれば残すは回廊階層と首魁階層、再胎までは未だ暫く余裕があるので二日がかりで宿舎へと戻り笹野街の多雨迷宮に向かう準備を行う。あちらを制圧し首魁を倒す頃には、周期的に幽谷迷宮も周期が訪れるからだ。
「多雨迷宮…嫌な名前だ」
「名の通り常に雨の降り頻る幽谷よりも面倒な迷宮だ。億劫であれば終わるまでは街で過ごしてくれててもいいが」
「それでは遊学の意味がないではないか、ただの遊びになってしまう。雨具の準備が必要になるな」
「既に準備は終えてありますよ、颯様。如何せん待機中は暇でしたので、あちらの迷宮についてもいくらか調べてました」
「流石虎丞。これ以上ない有能っぷりだ、助かるぞ」
これで実の兄妹なのだから、兄弟のいる二人は不思議な関係だと思う。
(構ってはくれるけどここまでしてはくれないなぁ)
(そこまで下の面倒を見る必要なんてあるのか?なんだかんだ自分でなんとかするだろう)
百々代の兄三人に関しては皆結婚し、長子の十夜には子供もいる。そんな状況でそれなりに構ってくれるのだから兄妹仲は良い方だ。
不思議不思議と思いつつも口に出すことはなく、移動の準備を進めていく。
―――
探索詰めでは颯が大変だろうと羽休めの休日、百々代と一帆は馬を借り郊外まで遠乗りに出かけていた。馬車は兎も角、馬に乗る機会など殆どなかった百々代は少しばかりの苦戦をしつつも、なんとか郊外まで到着する。
「走ったほうが早かったかも」
「俺が馬に乗って百々代が走りで追いかける状況なんて、他人に見られたら後ろ指を刺されてしまうからよしてくれ、…本当に」
「あはは、冗談だよ冗談。結構遠くまで来たね、えへへ君たちもありがと、川で水を飲もうか」
手綱を引いて小川に向かっては、馬が水を飲む姿をみつつ木陰に腰を下ろす。満足したのか二頭も各々木陰に向かい、草を食んだり寝転んだりしている。
「そこそこ迷宮内にいたから感覚が狂ってたけど、もう夏真っ盛りだねっ」
「ああ、思った以上に暑い。…ほら、水と氷だ」
「ありがとっ」
魔法莢で作られた水で水分補給を行い、肩を寄せ合っては少し暑いと思うも離れることのない二人。
「二人でも順調に探索できてるね」
「俺達だ、当然だろう?」
「えへへ、そうだけどさ、今までは保護者として護ってくれたり教えてくれる大人が居たし。不安ってわけじゃないけど、なんか新鮮だなって」
「…人手を増やすか?」
「今のところは別にいいんじゃない。それにさ、脅威度の高いところは実入りもいいから、人の往来も多いみたいだし必要なら自然と組むことになるでしょ」
「その場その場で協力していくか。大嵐夫妻も二人で回ってた、俺達も二人で進むとするか」
「うん。二人ならどんなところでもいけるよっ!」
「おわっ!」
人目の少ない、いや無い郊外。百々代は一帆を押し倒しては唇を重ねて隣に寝転ぶ。
「あはは、いい天気だね」
「…突然に百々代が降ってくるまではな」
草の香りに包まれて二人は緩やかな時間を過ごしたのだとか。
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