一六話②
篠ノ井夫妻、颯と虎丞の四人は早朝に乗合馬車に乗り込んでは笹野街へと向かっていく。真由は莢動力船の管理を行うため港で待機だ。
馬車に揺られること半日弱、港から離れてしまえば田舎街という風景。停留所で降りては幽谷迷宮の管理区画に到着した。
「巡回官の篠ノ井一帆と百々代。そして魔法省魔法莢研究局からの同行者黒姫颯、そしてその侍従だ」
巡回官の二人は迷管から発行された身分証を、颯と虎丞は同行許可証を提出し入場を認められる。
「お二人は今年からの新人さんなんですね。一応そこそこの脅威度となりますので、無理はなさらないでくださいね」
「はいっ、気をつけます!そうだ、活性化なんかは見られていますか?」
「詳しくはありませんが今のところはなさそうですよ、…巡回官さんはどこも大変そうですねぇ」
「ですね。あ、でも稼ぎ時なんて躍起になっている方も多いですよっ」
「そういえばそうですね、うふふ」
そんな会話をしつつ、宿舎に荷物を置いては管理署で状況を確かめてみれば、やはり活性化は未だらしく防衛官でもなんとかなっているとか。
とはいえ巡回官が来てくれれば段違いに楽になると歓迎され、潜行する準備を進める。
「では私は迷宮へは潜れませんので颯様をお願いします」
「虎丞は魔力質が足りなくてな、迷宮管理局は貴族の仕事と言われる所以を思い知らされる」
この場で迷宮に入ろうとしている三人の内二人は市井の出身だったりするのだが、特例中の特例だ。
「そうか、ならば俺の傍から離れないように。動かれると障壁で護衛しづらいからな」
「ああ、心得た。その道の先達には従うべきだ。一応のこと纏鎧と障壁も持ち込むが、魔法射撃で援護をしたほうが良いか?」
「相手は棘鹿と鹿獣族だから必要はなかろう。足元が安定しない地形だから自身の安全にだけ気を使ってくれ」
「わかった」
「準備もおわったし、いこっか」
余人と比べて多くの魔法莢、そして帯紐に不識を腰鞄に幾つかの必須品を収めて準備が終わったようだ。
「ふむ、今更だがもっとこう迷宮遺物の鎧なんかをゴテゴテに装備して戦うのではないのだな。連れて行ってもらった観劇とは違っていると思って」
「纏鎧魔法も高度化していますから、よっぽどなことが無い限りそこそこの迷宮遺物鎧を着用するよりも身軽で硬いんです」
「国宝級の品々であれば別だがな。それこそ火薬を用いた鉄砲なども荷物が嵩張るばかりで魔法程の火力もでないし、金属剣も硬度こそ成形武装よりあるが利便性に欠ける。だから英雄劇は視覚的にわかりやすくするための小道具だと思ったほうがいい」
「ふぅん、そうか。では改めて護衛を頼む」
「任せろ」「お任せをっ!」
―――
笹野街の幽谷迷宮というのは名の通り、山間の谷が果てなく続いている空間。傾いた地面は動きにくく立ち並ぶ杉系の針葉樹は絶妙に視界を阻害している。
「本っ当に、歩き難い、な」
「転ぶなよ」
「ああ、大丈夫、と言いたいが不安だ。いざというときには転がっていかないよう障壁を張ってくれ、流石に自身では張れないだろうから」
「間に合ったらな」
「…間に合わせてほしい」
颯に合わせてゆったりとした歩みの二人に対して、百々代は先行し防衛官の詰める栽培所まで行き挨拶を済ませて帰ってきた。やや滑りやすく場所によっては礫地となっている場所もあるだろうに、鍛え抜かれた体幹と脚力で軽々と走り回っている。
「向こうで燭台竜胆が沢山栽培されてたよっ!」
「そんな珍しいものでもないだろう。迷宮外でも一部の農家は栽培しているみたいだぞ?」
「ふふん、なんと丁度開花の日が今日だったみたいですっごく綺麗だったから、一帆と颯さんと皆でみたいなって!颯さんは歩けそうですか?」
「時間は掛かるがなんとか。よいしょっと…ふぅ。そうだ百々代くん、君も気軽な話し方で吾に接してくれていいぞ。実年齢も近いし暫くの間柄なのだから友人としてやっていきたい」
「りょうかいっ!ちょっと行けばしっかりとした踏分道があるから、もうすこしの辛抱だよ」
「…それは朗報。…身体が鍛えられそうだ」
―――
百々代が楽しげに案内する栽培所は、斜面の一部を切り拓いては陽光が必要以上に降り注がないよう木製の日除けが立ち並ぶ一帯。
ここで栽培されている燭台竜胆とは、照明魔法に使われる触媒であり迷宮産の植物である。
普通の竜胆と比べれば太い茎、そして橙色の控えめな花弁。花や葉の形状が竜胆に近いことから類似種と思われていたが、どうやら似ているだけで関係はないようだ。
「おお、一斉に花を咲かせている姿は中々に壮観だ!これらが照明魔法の触媒になるのか」
「ええ、そうですよ。ここ一階層目は見学に来る方も多いので、こうした昔ながらの魔法も体験できるようになっております」
防衛官から手渡されたのは導銀製の燭台にくるりと丸まって収まった燭台竜胆の乾燥茎。これの魔力を込めれば照明の魔法が発動する、魔法莢が一般化する以前の品だ。
暗所へ移動して使用してみれば、僅かな光源が発生し周囲を照らしてみせる。証明魔法というのは物足りない、本当に僅かな光。
「魔法陣が無いとこの程度になっちゃうんだね」
「夜間の読み物に使おうものなら目が悪くなるな」
「人の進歩とは素晴らしいものだ!吾はこの時に生まれられて良かったと思わされる」
触媒そのものではただの花だが、導銀という鉱石を用いることで生まれる神秘の光を堪能した一行は、暗所を出て二階層に向かうべく足を進める。
「そういえば迷宮内で使う光信号の魔法も燭台竜胆を触媒にしているのか?」
「あっちは重雷鉱を使うはずだよ。発光時間は短時間でいいけど、光量必要だからね」
「音も必要だし、色と音ごとに触媒配合が異なるはずだ」
「そういえば最近は細かな色の調整ができるようになったんだっけ?」
「ああそうだ、フフフフッ、汎用魔法部からの報紙に書かれていたネタだな」
「既存一〇色から何色か増えたとかで、演劇方面とかで注目されているみたいだね」
「二四色だ。淡い色合いが中心だが、今後も増えるだろうな!」
「そうか、照明演出か。なるほど」
少しばかり置いてきぼりになりつつあった一帆も、演劇の話しとなればいくらか頷ける。
「次に家に戻った時でいい、俺にも報紙を見せてくれ」
「いいよ、わたしの部屋に置いてあるから、朝陽さん辺りに聞いてくれれば直ぐに出してくれるはず」
目標に沿って踏み分け道を進み三人は二階層へ向かう。
―――
二階層となるとそこらに魔獣である棘鹿の姿が見え始める。薔薇の幹枝のように棘の生えた角の鹿は、燭台竜胆を食べてしまう厄介な相手だ。自ら襲いかかってくることはそうそうないのだが、積極的な駆除が望ましい。
というより積極的に狩らないと大変な数となって、迷宮から溢れ出てしまう。防衛官の忙しい迷宮だ。
「いるね。近づくと角の棘が爆ぜて反撃をしてくるから、倒す時、危害を加える時は距離を置くようにね」
「承知した」
後ろは任せますね、なんて言葉を残しては百々代は山肌を滑り降り、擲槍で棘鹿を射貫いていく。
視界に敵を捉えては足の裏に魔力を集中させて、擲槍が三本爆ぜては強力な推進力となる。
零距離擲槍二式、颯と百々代の共同開発した非売品だ。六角一二面筒盤を用いることで彫り込める魔法陣が増え細かな操作が理論上可能になった狂気の魔法莢。
魔力の集中箇所に応じて起動する擲槍の数と威力が変わる、のだがそんな細かな魔力操作をできる者はそうそうおらず、そもそも擲槍移動をまともにできる者もいない。
これの資料を受け取った莢研局員は首を傾げるだろう。
木の幹を蹴り擲槍移動の起点にしては棘鹿を擲槍射撃の射程へ押し込み、牽制と本筋を撃ち出してまた一頭を落とす。
派手に動けば棘鹿は警戒し逃げ出すのだが、そんな事は折り込み済み。上手く順路を定めては、討ち取れない範囲外の相手にも擲槍射撃を行い逃げ道を絞っていく。
斜面などお構いなし、跳ね逃げる相手の向かった先は一帆が攻性障壁を張り巡らせている地点。一匹また一匹と動きが鈍り、霙弓から射出された凍抓で凍て砕かれる。
「障壁の有効距離が広いな」
「黒姫の最新式なのだから当然だろう。一般販売は未だ先の先行品だ、感謝して使うといい。もっというなら使用後の感想を毎度書き連ねてくれ」
「今後の軌道修正を思えば使用感や問題点は書き出すべきか、いいだろう」
新しい玩具を手に入れて楽しそうな一帆は百々代が誘導した敵を確実に処理し、凍った死骸が積み上がる頃に彼女も戻って来る。
「順調だねっ!一階層の防衛官さんに声を掛けてからわたしたちは三階層へ進もうか」
「百々代くんは本当に魔法師らしくない戦闘をする。前世の魔法師もそんな戦い方なのか?」
「前世の魔法師?うーん、勇者と行動していた一人しか知らないから詳しくないけど、ブツブツと長ったらしい起動句を唱えて火の玉とか飛ばしてたよ。掛かる時間に対してそれほどでもない威力だった気がするし、新人さんだったのかもね」
「ならその戦闘方法は我流ということか」
「そんなとこ。一応は格闘術も習っているんだけど、こんなだから魔王とか龍とかと戦う勇者英雄の大具足を思い出して戦ってたんだ。零距離擲槍や雷鎖鋸剣とか飛手甲も参考にしてるね」
(そういえば一帆の魔法も作りたいなぁ、どんなのがいいんだろう。主力武器の霙弓と相性がいい氷魔法がいいよねっ)
「前世の世界はとんでもない者が多いのだな」
「うん。物凄い火炎の勢いで空を自由に飛んだりもしてたりねっ」
「空を?」
「そうそう、独特な形の翼が必要なんだけどね」
「是非見てみたいな、空を飛ぶろぼっとというものを」
「どうやって飛んでたかはわからないんだ、わたしに翼を取り付ければ可能だったりしないかな?」
「翼か。」
(碌でもないことに飛躍しようとしている…、修正を入れないと)
「戯へみたいな魔法で、魔法莢ごと浮かせればいいのだが」
一帆の使う物を浮かせる戯へという魔法は、使用者と魔法莢そのものを浮かせることは出来ない。そちら側に軌道修正し、無茶な百々代砲弾の作成への思考を妨げる。
「使用者ごと浮かせられれば、後は推進力を取り付けるだけなんだけど制約が」
「限界まで魔法莢を大きくすれば、子供が使用する程度なら可能なのだがな。…難しい問題だ」
「この一般規格魔法莢での運用上限は三貫から四貫。大きくしていくと最終的に魔法莢の重さが運用上限を超えるのだったか」
「流石一帆くん。詳しいじゃないか、そのとおりだ!何れ六角で試してみるか」
そんなこんなで三階層へと進んでいき、軽々と蹴散らしては拠点の敷設されている四階層へと到着した。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




