一五話③
一帆と百々代が天糸瓜港に到着して数日、港を離れる準備や手続きは終わり少ない手荷物を持って莢動力船へと乗り込んでいく。
「フッハッハッハッハ!出航だ虎丞!」
「はいはい、それじゃ出航するので皆さん魔力はお願いします」
「はーいっ!」
船に必要な動力は車の比ではない。つまりは多くの魔法莢を同時に使用することに繋がり、適度に乗員が魔力を補給する必要がある。基本的には魔力を持て余している百々代と一帆を中心に颯やお付きが回すことになるのだとか。
肉体強化で重い錨を引き上げ、動力機たる魔法莢が動き始めれば帆を張らずとも船は海上を走り始め船旅が始まった。
出航暫くは目を輝かせていた百々代だが、基本的に見れるものはそう多くない、少しばかり暇を持て余し始めて筋力の鍛錬を黙々と熟す。筋肉は人を裏切らない。
「そうそう。吾はいくらか遊学しようと思っていてな」
「遊学ですか?」
唐突に思い出したかのような口ぶり。
「元々お父上から打診があったのだ。家と莢研に籠もってないで外を見て回ってはどうか、と。見識を広めるいことは悪くないと思っていたのだが、何分天糸瓜港しか知らぬ身で旅というのも好みではない。だが!百々代くんという楽しい知己を得て思ったのだよ、迷宮管理局員に同行するのは悪くないのではないかなどとな!即ち、君たちに吾は同行したいと思う!」
「は?」
「おー!」
「なに、吾と虎丞、真由の金子は心配いらないし、既に吾が君たちと同行することで迷宮に入れるよう申請はしてきた!是非よろしく頼むよ!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
「待て待て、そんな直ぐ様にパッパと決められるものでもないだろう、それにいいのか?」
「黒姫華風様も乗り気でして。工房が落ち着くまでは大人しくしててほしいみたいなんですよ」
工房で新たな魔法莢を試そうとする颯がいると、状況を整える邪魔になるらしく暫く距離を置かせたいとのこと。一応は邪険に扱っているわけではなく、見聞を広めて来てほしいという養父としての心もあるのだろう。
もっというなら世の波に揉まれて性格が落ち着いてほしいとも。
「大嵐夫妻に相談してからになるが…いや、一年を迷宮で過ごしていたのだしそろそろ期限か。そのあたりも相談しなくてはいけない、到着後直ぐ迷宮に行くわけではないぞ?」
「構わん。早めの年末休暇だ」
どうせここでは解決しないのだと、一帆は長椅子に横たわり青空を眺める。
―――
「颯様、海賊らです」
「やはり来たか!百々代くん一帆くん出番だぞ!」
船旅が始まり丸一日、天糸瓜島最北端の蔕岬を超えた頃に颯と虎丞が騒ぎ出すし、視線を向ければ島影から三隻の帆船が強い追い風を受けてこちらへと向かってくる。
「海賊ですか?」
「そうだ、近くの島を根城にしている略奪者らしい。何度か試航した際にも襲撃があってな、強いと噂の君たちに任せてしまおうと思っていたんだ」
「そういうのは先に言ってくれ、本当に…。百々代は下がっていてくれ」
「…大丈夫大丈夫っ、わたしも戦えるよ。被害者は殺されたりするんですか?」
「あまりに横暴が過ぎると港防から全力で叩かれかねない、船の拿捕や物資の強奪が主のようで死人は無いようだぞ」
「そうですか。とりあえず脅してみて駄目そうなら一帆様の援護をお願いします」
「…。」
「あはは、大丈夫だって。大丈夫」
「わかった。無茶はするな、いいか?」
「はーいっ。それじゃ、最初だけ足場を貰えますか?船が揺れちゃうんで」
一帆が障壁を展開すると上に乗る。座標が固定されている為、進行する船に置いていかれる形で遠ざかり、射程に捉えては零距離擲槍で飛び上がった。
「対人戦闘が発生するのなら事前に相談してほしかったのだが」
「変に力んでも大変だろうと気を使ったつもりなのだが、不都合があったか?」
「百々代は人と戦うのは好まないというだけだ」
「ふーん。それなのに進んで戦うのか」
「優しいんだよ、あいつは」
(百々代くんには悪いことをしたかな)
―――
跳び上がった百々代はといえば、魔法射撃が始まると同時に息を潜め不識で僅かな間だけ視線を外し、船先へと零距離擲槍踵落を叩きつけて船を大きく揺らす。
均衡を崩し立っているのも覚束ない賊を横目に、再度不識を使用し海へと錨をぶん投げて沈めてから操舵手を蹴飛ばす。次いで二隻目に跳び移りこちらも錨を落とし、向かってきた賊を蹴散らして三隻目へと移動した。
相手をしている百々代を脅威だと認識したのだろう。錨を下ろすだけの余裕はないようで、迫りくる魔法を対処しつつ起動句を口にする。
「起動。成形兵装武王。起動。成形武装。雷鎖鋸剣」
くるり、片刃の剣である太刀をひっくり返し、峰打ちにて海賊らを対処しつつ、鋸剣で帆柱を叩き斬る。
(なんだろう、武王に若干違和感がある気がする。…動きが悪いわけじゃないしいいかな。後で手入れしようっと)
「殺せ殺せ!この魔法師は生きて帰すな!」
「悪いけど、もう役目は終わったから。またと会わないことを祈るねっ」
二つの魔法を解除した百々代は船から飛び降り、擲槍移動を駆使して無理繰りに飛び跳ねて一帆たちへと追いつく。
「ただいま戻りましたっ」
「強いとは聞いていたが、…瞬く間に三隻を停船させて帰ってくるとは思わなんだ」
「錨を下ろして帆柱を折っただけなんで、機動力さえあれば余裕ですよっ」
「余裕なわけないんだが…、何事もなくてよかったよ百々代」
えへへ、と笑う百々代が精神的に問題がないかと様子を見るも変わった点はなく、一帆は小さく安堵した。
「未だ他にも襲ってくる賊はいるのか?」
「ここ以降は問題ないはずです。大陸人の船が在れば警戒すべきですが、基本は問題ないでしょう」
虎丞がいうのであれば問題ないのだろうと、二人は納得し船旅へと戻っていく。
―――
五日目となりようやく金木犀港へと到着。一年といくらかを離れていたと考えれば、懐かしいと思えなくもない眺めである。体感ではそんなに離れていないのだが。
「御三方は何処に宿泊予定なんですか?」
「未だ決めてはいないが、腰を落ち着け次第に篠ノ井家に連絡を送ろう。百々代くんも一帆くんも暫くは忙しくなるだろうかなら、吾らの事は気にしなくていいぞ!」
「わかりましたっ!それではまた!」
馬車を拾い、一帆を篠ノ井家に届けた後、百々代は学舎へと赴き教師らへ自身らの帰還を知らせていれば、居残り組である結衣たちが姿を見せる。
「ようやく帰ってき」
「西条百々代ぉ、本物ですわね?よ、よかったぁぁぁああ」
結衣を追い抜き飛びかかり号泣するのは火凛。結衣と取り巻くたちが宥めることに慣れている様子から、結構な頻度でこんな調子だったのだろう。
「ただいま戻りました。皆さん元気そうでなによりですっ」
「一帆は家に」
「はい、学舎への連絡はわたしがしようと」
「本当に薄情なやつだね、ははは」
駿佑は大笑いである。
職員室の前で騒ぐのは迷惑だと場所を移動し、何があったのかを説明していく。
「別の廃迷宮に飛ばされていたなんて不思議な話もあるものね。危ないことが無いようでよかったわ」
「ひぐ、よかったわぁ」
「火凛さんは自身が貴女を焚き付けたせいで、百々代が無茶をし行方不明になってしまったのだと落ち込んでいたのよ。わたくしは興味本位で飛び込んで行方不明になったとばかり思っていたから、純粋な事故だったことに驚きね」
「あはは、否定できないのが痛いですね…、何かあったら飛び込んでしまいそうですし」
「百々代ちゃんらしいです」
「酷いですよ〜。こっちで変わったことはありますか?」
「そうね、先ずは駿佑さんと莉子が婚約したことかしら」
「そうなんですか!お二人共おめでとうございますっ!」
「ありがとう、百々代さんのお陰だよ」
「ありがとう百々代ちゃん!」
「前もいったけれど、莉子を泣かしたら許さないわよ?男として恥ずべき姿にしてあげますから」
「あ、ああ。三天魚に誓おう」
元々雰囲気の良く、家格的にも問題のない二人だ。何度か平田家へと通い両親からの信用を勝ち取ったのだろう。
よく見ると莉子好みな、太くなりすぎない引き締まった体格になっている。
照れ照れと紅潮させる二人を見て、お幸せにと結衣は話を戻す。
「後は杏が警務の方へ行ってて進路を確定。ふふっ、なんとわたくしも医務局の試験を合格して、医務局務めに決まったのよ!」
「おー!おめでとうございます、結衣姉!」
「後は大きな変わり事はないわね。貴女達がいなかっただけよ」
「なるほど。わたしの感覚だとそんなに離れていた気はしないので、驚き頻りです。こちらも大きな変化はありませんよ」
「でしょうね」
好き合ったり同衾してたり、周囲からすれば大きな変化はあるのだが、本人からすると日常の小さな変化に過ぎないようだ。
「帰ってきて本当によかったわ。おかえりなさい」
「はい、ただいまです」
―――
西条家でも安茂里家でもこれ以上ないほど安堵の言葉を聞き、迷宮管理局で細々とした手続きを行っては古海底迷宮での報奨金を受け取ったりしていれば、時又一行と出会うこととなった。
「よお!ちと大嵐が来れないから変わりに来てやったぞ」
「どうも皆さん!大嵐ご夫妻これないとは何かあったのですか?」
「大事件なんだ…、二人の間に子供が出来て休業なんだと。いやあ本当に目出度い大事件だ」
「おー!なんと!それじゃあお祝いの品を贈らないといけませんね!」
「おう、そうしてやってくれ。そんでまあお前さんたちとは組めなくなった事を詫びといて欲しいんだと。律儀だよなぁ」
「それもそうですねっ、わかりました。一帆様にもお伝えしますね」
「おうよ。へへ、頑張ってくれよな新人」
仲間の四人と言葉を交わし別れていく。
(そっか、二人で頑張らないとねっ!)
―――
さて、一年と少しの間学舎を丸々離れていた二人だが、年末試験さえ終えれば卒業という事になっていた。二人の実力をよく知る大嵐夫妻の進言、そもそも飛び抜けて優秀な生徒であったことかららしい。
あまり多くの時間はないものの、元の優秀さからさして問題もなかったようで筆記と実技を軽々と終え、同年の生徒たちは一番上の並ぶ二人を懐かしみつつ、一年空けても順位の変わらない事に呆れた。
三年時は火凛が第一座で終了し四年もかと思われた天下は、唐突に舞い戻った百々代に掻っ攫われ悔しい思いをしたのだとか。
なにせ、実技個人の模擬戦闘は鋸剣を使わない縛りで敵無しの一言。武王と不識の二つには誰も泥をつけられなかったのだ。
四年前、第六座実技首位で会場を大いに沸かせた百々代は、第一座になった市井の出身として金木犀魔法学舎の歴史に名を残し、卒業時にも大いに沸かせたのだった。
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