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一五話②

 乙女おとめ家の経営する高級宿にて一晩過ごし、旅の疲れも癒えた百々代(ももよ)が呑気に朝餉を食んでいれば賢多朗けんたろうが姿を見せた。


「おはよう。鈴蘭すずらん屋の部屋はどうだったかな?」

「おはようございますっ!ぐっすり眠れ、このとおりです」

 にへっと笑って力こぶを作った。

「それはよかった。各家々には二人が現れたという報を最速の方法で送り届けさせている。五日もすれば到着するだろうね」

「五日?早いですね」

「君たちの居ない一年で黒姫工房が色々とね。不在であった君の名も広がっているよ」

「わたしの、ですか?」

「そう。黒姫嬢が新しい魔法莢として西条百々代式複合魔法莢(まほうきょう)を」

「なるほど。それもそうですね、一年も空けていれば技術も進歩していますか」

「そんなところだ。それで内容には「こちらから送り届ける」と書いてもいるから、自力で帰ったりはしないようにと伝えに来たんだ」

「ああ、そういう、わかりましたっ。一帆様に伝えておきますね」

「任せるよ」

「出立は何時頃になりそうですか?」

「まだ話しを詰めないといけなくて、少し待っていてほしい。まあ―――」

 バンッ!と扉が開け放たれて姿を見せたのははやて


「戻ってくると思っていたぞ!」

「颯さん、お久しぶりですっ!」

「噂をすればなんとやら、時間も時間だしこちらは撤退するとしようか」

「ご連絡ありがとうございました」

 ひらひらと手を振り賢多朗は迷宮管理局へ向かっていく。


「颯様、お気持ちはわかりますがいきなり飛び込んでは宿の方が困ってしまいますよ」

「すまない、ついつい」

「はぁ…」

「紹介しておこう、われ侍従じじゅうをしている虎丞こすけ。血縁のある兄で、黒姫家に仕えているのだ」

「…よろしくお願いします。侍従というか…お世話係兼お目付け役兼制動具なのですがね。こんななので魔法の事以外なにも出来なくて…」

「初めまして。白秋桜しろこすもす子爵ししゃく家の西条にしじょう百々代です。沈丁花じんちょうげ港では同行していなかったのですか?」

「入場許可が下りませんでした。あくまで侍従ですから」

「まあ虎丞のことはいい。いったい何があったんだ?」

 斯々然々(かくかくしかじか)と説明をしてみれば「不思議なこともあったもんだ」の一言終わる。


「迷宮に関しては追々、今は!魔法莢だ!」

(ほら始まった)

「もう知っていると思うが百々代くんの名を以て複合式魔法莢を発表させてもらったんだ。それでなんたらかんたらの剣とかいう成形武装に用いていた心臓機を触媒にした回転機構、それと鎖を用いた仕組みがあったじゃないか、アレが他にも流用できるのではないかと考えて色々工作していたんだ」

雷鎖いかづちとざす鋸剣( のこぎりのつるぎ)ですか」

「そうだ、それ!莢研には優秀な人材が多い、面白くなりそうな面々を集めて一緒に図面引いたら色々と出来上がってな!実際に見せたほうが早いだろう!虎丞、準備をしろ!」

「はいはい。それでは外へどうぞ」

「ちょっと待って、一帆に手紙を置いてくるから」

「わかった」

 パタパタと鈴蘭屋を上がっていき、さも自然に一帆かずほの部屋を開けば眠そうな瞳で半裸の当人。着替えの最中だったようで、振り返って百々代に気付いては呆れている。


「颯さんが面白い魔法莢を見せてくれるみたいだけど一帆も来る?」

「…面白い魔法莢か。是非見たい、少し待っててもらえるか?」

「うんっ、伝えてくるよ!」

 扉が閉められて、百々代は去っていった。

「なんの反応もないとは…見られ損だな」


―――


 簡単な食事を終えて鈴蘭屋から出てみれば、馬のない車を前に百々代と颯が賑やかしく話をしており、一帆の知らない黒髪の男が呆れ半分の眼で二人を見ている。


「この二本の操縦棍を前に傾けていくと内部に展開された成形鎖が回転を始めて前進、角度に応じて回転の強さ、つまりは移動の速さが変わる。後ろに退くことで後退、右は右輪、左は左輪を回転させるから調整することで右左折できる仕組みだ、左右を真逆にすることでその場で旋回もできるのだ!!」

「へー、強さが変わるってことは条件起動?」

「そ、制御弁で回転力を変える仕組み、あれを完全な状態にするべく吾が魔法陣を引いてたんだが、六角一二面筒盤に落とし込んでたら莢動車の動力部が完成していたんだ!フハハハ!!」

「なるほどなるほど、魔法莢あります?」

「これだ!こっちが成形鎖、こっちが動力機」

 カチャカチャと上蓋を外して、内部に彫り込まれた魔法陣を検める。


「六角用の魔法陣は詳しくないんですけど、ふむ。…この辺りに調整用の陣があるんですか?」

「ああ、そうだ」

「やっぱり…六角用の魔法陣、というか盤裏へ魔法陣を彫り込めるようになるべきですね。多く魔法陣を仕込めるし、外莢の誇大化と触媒の増加も防げます」

「百々代くんは確か特別局員だったな?」

「はい、お陰様で報紙を送ってもらったり助かってますっ」

「なら問題ないだろう。参考になりそうな資料を用意しておく」

「いいんですかっ?」

「魔法莢を生産できるのは黒姫工房だけになるが、それでもいいのならな。…なんせ職人の数も少なく機材も足らんのだ、もっと一般化してもらわないとなぁ」

「とりあえず学びたいだけなので、資料をいただけるならありがたくっ!」

「では任せた虎丞!」

「あーはい。…そうなるとは思っていました」

「そろそろ話しは終わりそうか?」

「一帆くんも久しいな!」

「ああ、久しいな。それが新しい魔法莢と…馬車か?」

「フフフフ、百聞は一見に如かず!虎丞、走らせるぞ!」

「了解しました。運転は私が行いますので、皆様どうぞお乗りください」

 百々代と一帆は興味津々に莢動車に乗り込んで、虎丞が動かすのを待ちわびる。

「起動。莢動車きょうどうしゃ

 座席に腰掛けて魔法莢を所定の位置へ差し込み、起動句を終えれば車内に成形魔法で構築された部品が展開し、操縦棍を傾けることで走り出した。


―――


「本当に馬がなくとも走っている。…速度も悪くないことを考えると便利だな、値段はいくらになるんだ?」

「残念ながら販売を出来る程の生産は間に合っていない、これともう一台あるだけなのだ。なにせ触媒に用いる発条の心臓機が手に入りにくく値も張る、どっかの迷宮の首魁から一つ手に入るだけとかで希少。それが二つ要るんだ、代用も考えているだがなぁ…」

「…。もし仮に、今の状態で値をつけるとしたらいくらになる?」

「いくらになるんだ、虎丞」

「運転中に計算なんてさせないでくださいよ…。まあ触媒だけが値段ではないのですが、職人の手間暇と様々考慮して一〇〇万賈くらいですかね」

「…屋敷が建つな」

「屋敷が建つんですか…」

「大きくはないがな。…だが良い、こう…新しく面白い魔法の品は素晴らしい」

「アッハッハッハッハ、ならばもっとすごいものが有るぞ!虎丞!」

「わかってますわかってます。もう向かっている最中なんで」

 厄介極まりない主人に呆れながら、虎丞は莢動車を走らせていき、到着したのは港の泊地。


莢動力船きょうどうりょくせん一号だ!何度見ても素晴らしい…。実は船を五隻も作らせたせいで車の方の素材が無くなってな!!こっちもすごいんだぞ、なんせ金木犀港まで五日前後で行けるのだから!!黒姫家が傾きかけたが素晴らしいものが出来てしまったよ」

「四隻を売り払った儲けは凄まじい額でしたが…、颯様が使える金子きんすは制限されることになりました。一時期は黒姫家の皆一同、顔を青くして胃を痛めていました」

 颯大暴走事件という黒姫家に語り継がれる恐ろしい事件である。一年で次世代船を五隻も作り上げた行動力と、そこまで実行できるだけの多方面の職人を集められたのは凄まじい才気なのだが、いくらなんでも手綱は必要だと教訓を刻み込むこととなった。

 ちなみに建造費は…聞かぬが身のためである。莢動力の比ではないのだから。


「あー、乙女副局長が五日で報が届くと言っていたのはそういうことでしたか」

「たしか迷宮管理局にも一隻売ったか。さて、虎丞!」

「駄目です。」

「駄目か」

「はい。二人を送り届ける時には乗れるので、それまではお待ちを」

「それもそうか。…ふむ」

(…また碌でもないことを考え始めたか)

 そんなこんなで停泊中の船を見て回っては時間を過ごした。


―――


 西条百々代という魔法師は莢研に於いて妙な知名度がある。

 少し前までは知る人ぞ知る若手の特別魔法莢研究局員だったのだが、黒姫工房から西条百々代式複合魔法莢が発表されて「一体誰なのか」と噂になっていたのだ。そんな張本人が現れたのだから何人かは様子見に現れるわけで。並んだ颯と比べて頭一つ大きな背丈に驚くのであった。

 魔法莢研究局というのは魔法技術研究の中心地。そこらかしこに魔法師が詰めており、颯を見ては小さく苦笑いしつつ挨拶を掛けていく。優秀ではあるのだが何分なにぶん莢研で名を馳せる黒姫家を傾けかけた大馬鹿者すっとこどっこい、呆れ笑いをせずにはいられないのだ。


「お父上、連れてきた」

「ああ、どうも。確か初めてだったか橿原かしはら子爵の黒姫華風(かふう)、汎用魔法部の長をしている」

「初めまして白秋桜子爵家の西条百々代です」

 書類仕事をしていた男は百々代を一瞥して手元に視線を落とし、仕事に区切りをつけてから眼鏡を外し来客の対応へと移る。

「これといって用があるわけではないのが、一度くらいは顔を見ておきたくて来てもらった次第だ。君から得た知識は黒姫を傾けかけた訳だが、それ以上に莫大な利益を生み出してくれた。感謝している」

「どういたしましてっ」

「…。」

 腕を組みジッと見つめては何をするでもなく顎を撫でている。

「本当に何も用件がないとは驚いた。それでは百々代くんの行きたがっている成形魔法部まで連れて行く」

「ああ。案内してやりなさい」

「ん。わかった」


 汎用魔法部に軽く挨拶をして向かうのは成形魔法部。

「こんにちは颯さん。今日は…あっもしかしてその方が西条百々代様ですか?」

「そうだ、彼女が百々代くんだ。複合魔法莢のな」

 初めまして、と挨拶をしていけば人が集まってきて話しをしつつ、武王ラクエン雷鎖(いかづちとざす)鋸剣( のこぎりのつるぎ)を見せてみたりと賑やかになっていく。複合式魔法莢の原典だ興味は尽きない。

「そういえば先冬に君の姉君が見学にきていましたよ。たしか西条百々代様にも資料はお送りしましたが、昨日の今日ではお読みになられてはいませんよね。良かったら義肢の魔法莢を見ていきますか?」

「良いのですかっ?!」

「良しなに、とのことでしたので」

 百々代は大口出資を行ってくれた西条家の御令嬢で颯とも懇意にしている様子、恩を売って損のない相手である。


「やはり目的は医療関連でのご使用ですか?迷宮管理局は危険の多いお仕事ですし、若しもの備えということでしょうか?」

「いえ、戦闘での姿勢制御に使用できれば便利かと思っていまして。動物みたいに尻尾を自在に動かせる成形魔法で作り出し、走行中や空宙で用いようかと。それ以外にも使えれば便利かと思うのですが、先ずは尻尾ですかね。なんとなく…機能を削減した成形獣で感覚は掴みましたし」

「戦っている姿を直接に見たことはないが、巡回官の信頼を十分に得ていたのだから十分に強いのだろう。未だ先を目指すのか?」

「誰かを護るには力が必要ですので。それに現状に満足しては溺れてしまいますよ」

「ハッハッハ!それもそうだ!義肢を素に尻尾をな、面白そうだ!!」

 何かしら琴線に触れたようで、成形魔法部の魔法師らも交えて侃々諤々(かんかんがくがく)と賑やかになったのだとか。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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