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一四話⑩

 階層を下る度に帰り道は失われていく不可思議迷宮。何度階層を下ったかも記憶できず、敵性の存在が現れることもない。適度に雑魚寝をしつつ足を進め、元々多くなかった携帯用の予備食糧が尽きた頃に回廊階層へと到着した。

「回廊。つまりこの先は」

「うん。首魁のいる階層だね」

「ここで待っていれば何れ人が来るかもしれんが、餓死とどっちが先か」

「そもそも来た道が消えてるから、後ろから誰か来ることってあるのかな?」

「…。進むか」

「ねえ一帆かずほ。わたし、一帆のこと好きだよ」

「な、なんだ急に」

「あの時に言ってくれたからさ、わたしも伝えとこうと思って!」

「そうか。嬉しいよ」

「えへへ、わたしと一帆の二人でならどんなところでも行ける気がするんだっ」

「ふっ。行ける気がする?違うな、行くんだ俺らはな」

 こつんと額を合わせ、ニンマリと笑う。


「然し、…身長は勝てなかった。俺の成長は止まったし、…悔しいな」

「高すぎても困っちゃうんだけどね、市販の服だと男物しかなかったりするし」

「男物を来てろ、そっちの方が変な虫が寄ってこない。…いや変わらんか、男女は半々だし」

 百々代(ももよ)も成長は止まっているが六尺一寸(183センチ)、随分と育ったものだ。一帆も五尺八寸(178センチ)と小さい方ではないのだが彼女が隣りにいると小さく見える不思議だ。

 彼は諦めの溜息を吐き出し、二人は纏鎧等の魔法を展開して首魁の階層へと進む。


―――


「クックック!来たか勇者共よ!ここで会ったが百年目、この世総ての道場を破り、世界を征服するため、貴様らクロオビを奪い取ってやる!ハーッハハハハ!」

 回廊を抜けた先、数え切れないほど見続けた家々の立ち並ぶ町並みには、黄色と銀色の瞳を輝かせた女が宙に浮いており、足元には無数の人型が、上から下まで真っ黒な人型が行儀悪く屯している。


「あれは!ドージョーラブラーとローカローカ(わたし)の人に化けた姿!?」

「は?」

「…うーん。…まいっか!そうはさせないぞローカローカ!正義の魔法師モモヨと」

「…?」

(簡単な自己紹介をして!)

「一帆だ」

「わたしたちがお前を倒す!」

「???」

 一連の行動を理解できない一帆は、真っ黒な人型を徒手空拳の戦闘を始めた百々代に加勢すべく霙弓で凍抓を撃ち込む。普段であれば無惨にも氷片に変えてしまうのだが、ドージョーラブラーは火花を散らして吹き飛ぶばかり。あまつさえ起き上がっては再び戦闘へと戻っていく。


(魔法に耐性、魔物か?)

 とはいえ相手は殴りかかって来るばかり、脅威とも感じられないし暫く戦闘を続けていれば百々代の零距離擲槍で吹き飛ばされ、地面に這いつくばって起き上がろうと藻掻くようになった。死んでいるわけではないが、戦闘の続行はできない。

「この程度ではやはり倒せぬか、ではわたしが直々相手をしてやろう」

(アレに加勢して戦っていたほうが有利だったのではないのか?)

 長棍を得物に構えたローカローカが地上に下りてきて、目にも止まらぬ連撃を繰り出し戦闘が開始される。

 棍と拳の連撃、好機と見れば一帆が魔法射撃で援護をし時が流れた。連撃の隙に百々代が不識を用いて視線を外し脇を抜け、思いっきり屈んでは足払いを行う。

 だが瞳を赤く変えたローカローカはそれを回避して反撃、一帆が反撃を潰し攻撃の応酬へと戻る。

(浮かぶための黄色から視線を捉える赤色に変えてる、前世では人の姿で戦える技能はなかったけど瞳の使い方は本物。金を使われたら厄介だけど、…使わないよね)

 戦いの最中、百々代が笑顔を見せればローカローカも返して微笑む。首魁となってしまった彼女の遊びたい心を汲み取って、ごっこ遊びに興じているのである。


「見せてあげる、わたしの必殺技!起動。成形武装。雷鎖いかづちとざす鋸剣( のこぎりのつるぎ)ッ!」

「来い!」

(ここだな。)

 二人の武器が衝突する寸前、一帆はローカローカの棍棒へと魔法射撃を当て大きく隙を作り出し、百々代の鋸剣が見事命中。ローカローカも攻撃を受ければ火花を散らし、蹌踉よろめいて後退れば爆発をした。


「は?」

「良い援護だったよ一帆!」

「そ、そうか。…どういう状況なんだ?」

「それはね、」

「クックック、ハッハハ!未だだ未だ終わらん!」

 爆発の煙から声が響き渡り、六眼多足の巨大龍が姿を現し町並みを破壊する。大きさは凡そ二町《220メートル》、二人の大きさの一〇〇倍の大龍だ。


「…?」

「アレがわたしの前世の姿だよ。目の数は二つ足りないけど」

「…倒せるのか?」

(百々代の前世だと知らねば…悪龍と言われるのも頷ける見た目だな…)

「倒すんだよ、それが正義の味方、勇者ヒーローの役目だからッ!それにここはローカローカ(わたし)不可思議な迷宮(遊び場)なんだし、なんとかなるでしょ」

 帯革から魔法莢を三つ取り出して、百々代と一帆の二人で握り込むように持つ。


「一緒に起動句を唱和あれ!」

「…良いだろう。どこまでも突き進むまでだ!」

「「起動。成形兵装せいけいへいそう武王ラクエンッ!」」

 何故か眩い光を帯びた魔法莢は魔法を展開してみせて、大きさ四五間(80メートル)の武王を生み出したのである。そして内部には百々代と一帆が二人、一基と二人で大龍と相対するのだ。

「これが魔法マヒア巨大大具足ロボット武神ラクエン、いざ参らんッ!!」

 空っぽの町並みなんぞお構いなし、駆け出した巨大な鎧武者は拳を握り込みローカローカの顔面を殴りつける。


「あは、ははは!そんなものか!ならば」

 殴られようとも気にした風もなく、長い身体を武王に巻き付けては絞め壊すべく力を込め、ついでにかじり付く。

 とはいえそんなことは折り込み済み、相手をしているのは自分自身なのだから。武王の足から巨大零距離擲槍が放たれ、勢いよく跳び上がり自身諸共町並みへ飛び込む。

「一帆、掴まってて!」

「どこにだよ?!」

「それじゃあわたしに!」

「ええ?!」

 武王の内部は伽藍洞すっからかん。何故か直立不動の百々代にしがみつき、衝撃に備えた。

「うおあっ!」

「やるな、やるではないか。だが!」

 これ以上なく楽しそうなローカローカは武王から距離を置き、大きく口を空けては光が収束を開始。


「え、なにあれ?」

「百々代が知らんならどうしようもないぞ…」

「一帆、障壁だよ!零距離擲槍が出来たんだ、障壁もいけるはず!」

「ああ、やってみるか…。来い、佩氷」

 内部から普段通りに障壁を展開して見せれば、武王を覆うそれはもう巨大な魔力の壁が生まれては、放たれた光線を阻んでみせた。

「本当にできた…」

「やったやった、ありがとうっ!えへへ、二人で倒そうか…ローカローカ(わたし)をッ!」

「いいのか?」

「いいの。わたしは格好いい巨大大具足で、悪の龍として倒されたかったんだ。前世の最期はさ。きっとあっちのわたしもそれが心残りで、こんなよくわからないことになってると思うんだよね。だから…わたしたちの為に力を貸してほしいな」

「言ったろ、行く先は同じだ。ローカローカ(お前)を満足させて帰るぞ」

「うんっ!起動。成形武装。雷鎖鋸剣ッ!」

「来いッ!霙弓えいきゅう!!」 

 右手に雷鎖鋸剣。左手に霙弓。

「これで終わりだァ!!」

 走りながら凍抓を乱射しつつ、障壁で迫りくる光線を退け、光の刃たる雷鎖鋸剣で一撃を入れればローカローカは満足そうな表情を見せて、大爆発を起こした。


―――


「ようやく終わった、頭が可怪しくなりそうだ…」

 戦いが終わると武王は消え去り、地上には百々代と一帆の二人。ひどい有り様の一帯を見て腰を下ろす。

「凄かった、凄かったよ!百々代(わたし)っ!」

 爆煙から出てきたのは銀の瞳の女、ローカローカの人型態。無事とは言わないがまだ息はあったらしい。


「満足できた?」

「うん!満足!」

「未だ生きているのか、しぶとすぎるだろう…」

「ムーチョグスト!八眼百足の二町龍ローカローカだよっ」

「初めまして。百々代の婚約者で相棒の篠ノ井一帆だ」

 目を瞬かせたローカローカは二人と同じ様に座り込み、二人へと視線を左右する。

「わぁ…人になっているとは思ったけど、友達もいて結婚もするんだ。楽しんでいるようで何よりだ」

 斯々然々(かくかくしがじか)、今までの人生を語って見せれば大喜びで耳を傾けて、生まれ変わった自身が幸せそうな様子に微笑みを零す。


ローカローカ(わたし)はずっとここにいたの?」

「ううん。多分だけど百々代がここらへんに現れた時と同時にポンと生まれた。それ以前から居た気がしなくもないけど、曖昧な意識でよくわかんない」

「なるほど。迷宮の構造事態が変になっているのは不明だけれど、紫の瞳だけが作用し続けて異質化させてたとかなのかな。ここが史緒里さんたちが潜った場所なら」

「かもな。迷宮はわからないことも多い、一つ二つくらいこういう要因があっても可怪しくはないさ」

「多分だけどね、構造が変になっているっていうのは迷宮ここが崩壊しているからだよ。もう外側からは入れないんだ」

「「…廃迷宮」」

 迷宮は時折増える。そして時折消滅する。消滅した事例は百港国の歴史を浚っても然程多くはないが、確かに現象として残っている。

 原因があるわけでもなく唐突に迷宮へと入れなくなり、数日と経たずに入口たる迷宮門が崩壊するのだ。本来であれば廃迷宮化した場合、潜行が出来なくなり帰りの道しかなくなるらしいのだが、…今回は逆になってしまったようだ。

 取り残された者がどうなったか、という文献はなく、迷宮学でも語られることがなかった。情報がないのは…そういうこと。


「そんな悲観しないでっ!なんとかなるって。よくわからないけど、わたしは首魁ってのになってここのことはよくわかる。…ていっ!」

 ローカローカが地面を殴りつけると、そこには穴が空き何故か見知らぬ風景が広がっている。少し荒廃とした管理区画のような造り。

「ここを行けば出られるはず。出た先がどこか、なんてわからないけどねっ」

「そうか。助かるよローカローカ。何と言ったか、…あぁ思い出した、お前はヒーローだぞ、俺たちのな」

「…っ。えへへ、百々代(わたし)が好きになっちゃうのもわかるなぁ。幸せに、楽しくね」

「なにいってるの、ローカローカ(わたし)も一緒に行こうよっ」

 ゴクリと唾を飲み、恐る恐る手を差し出しては、おずおずと退いて――行く前に百々代が手を取り、一帆と一緒に穴へ落ちていく。


「わわっ、……えへへ、これも有りかな」

「有りだよっ」

 百々代はなんとなく理解していた、ローカローカが迷宮と共に消滅してしまおうとしている心を。そして連れ出しても、既に倒された首魁であり、どちらしにしろ消えていく定めだということを。

 それでも手を取り世界を見せたかったのだ。大切なものがたくさんある世界を。

「ありがと」

 迷宮外に出る頃にはローカローカの身体は薄くなり消え去ってしまった。


「てっきり婚約者が二人に増えると思ったのだがな」

「両手に花にはならなかったねっ」

「…ふっ、残念だ。さて、ここはどこだ」

「管理区画っぽいし、近くの街に行こうか」

「そうだな」

 一応のこと建物内を探っては見たものの、しっかりと撤収作業が終わっており資料の一つも転がってはいなかった。


「というか」

「ああ。春になってるな」

「皆に心配かけちゃったなぁ」

「不可抗力だったとはいえ、叱られる心構えくらしはしておくか」

「そうだねっ」

 今は起春季きしゅうき、花々が華やぐ季節である。

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