一四話⑤
「二〇階層だけど」
「板兜魚はいないね。というか魚も多くないし例外的な階層かな?」
(…。)
「なにか…違和感があります」
「道標はあるし構造変化は起こってないね。初めて来た百々代ちゃんがそこに違和感を覚えるはずがないから、どこだろうか」
(……。)
青い瞳を晒して周囲を見渡しながら、唸りながら少しばかり考える。そんな折に岩場の岩が僅かにだが揺らめくように動き、違和感の原因に納得をする。
「章魚です章魚、岩に章魚が体色を変えて擬態しているんですよっ。ほらっ、あそこに」
「「…?」」
「今ちょっとだけ動きました」
「「わからん」」
「ふむ…ちょっかい出してみましょうか」
そもそも細視遠望の青を用いて違和感を覚える程度の擬態を並の人では看破できるはずもないのだが。
帯革の魔法莢へ手を添えて擲槍を展開して射出するも魔力の壁で阻まれ、ムクリと胴を持ち上げて怒りのような感情を露わにする。
「すごい擬態ですね。……えーっと…こういう階層なんですね」
うねうねと幾匹もの八魔章魚が岩場から現れて魔法攻撃の雨霰が始まった。
「うわぁ、ひっどい絵面じゃん…どうする?」
「数は一二」
「百々代ちゃん強いけどあの数は無理だよね」
「持っている魔法が判ってないない上にあの多数は無理です」
「ならさっさと引いちまおう」
「わかったよ」
「それじゃあわたしに掴まってくださいっ」
「へっ?」「おわっ!まあちょうどいいか」
百々代は二人を担ぎ、良介が障壁を展開しつつ三人は二〇階層を後にする。
―――
「というわけで二〇階層には八魔章魚だらけ」
「見た限り一二匹はいましたっ!」
「いやあ疲れちゃったよ、ははは」
「こうなるだろうと思ってはいたが、…にしても早えな」
昼は越えていたが夕刻は過ぎていない。人数を考えればこれ以上無い進行速度だ。
「つうか章魚まみれって悪夢じゃないの。星落としに仕事をしてもらう必要ありそうだな」
「飛岩で潰しちゃうかー。だけど古海底迷宮で使って大丈夫?」
「うーむ…二〇階層の珊瑚を参照しないとなんともいえないな、構造変化はしてないんだよな?」
「してないよ」
「真二は参照してきてくれ」
「おう」
真二は席を立ち管理署へと歩いていく。
「駄目だった場合を考えとくか」
「対一匹なら擲槍を使えば十分なんだけども数が揃うと連携して障壁を張ってきて怠いんだよね。ぶにぶに柔らかい割に硬いしアイツら」
どうやって短時間で倒したのかという視線が集中するもあくまで一対一、「参考にはなりませんよ」と肩を竦めてみせれば、納得する他ないのだ。百々代の戦闘を模倣するなんて土台無理な話なのだから。
あれこれ話していれば真二が戻ってきて。
「構造変化をしてない限りは大規模な地形の破壊は避けてほしいとのこと」
厄介な条件が加わったことを知らせた。
「だよなぁ。正面切っての魔法戦、準備をしねえと」
「それじゃあ茜さんと一帆くん、それと僕が防御を担当し、他に攻撃を担当してもらう感じかな」
「俺ちゃんも防御に加わるよ、手数が必要になるかもしれないし」
「わたしも防御に加わりましょうか?交戦距離が短いので。支給品の条件を満たしていますから、障壁を受け取ればなんとかなりそうですし」
「西条は…好き勝手に動いてくれ、きっとそっちの方が上手くいく、派手で目立つし強いからな!必要そうなら防衛にも加わってくれ」
「はーいっ!」
「ちょっと大輪、うちの百々代ちゃんに無責任なこと言いすぎじゃない?まあ自由に動いてもらうのには賛成だけどさぁ。一帆くんも言ってあげなよ」
「ええ、そうです。“私の”相棒なので」
百々代の隣を陣取っては威圧的な瞳を周囲へと向ける。
「えへへ、そうですねっ。一帆様はわたしの相棒です!」
((へぇ…))
可愛い若者たちだと周囲は楽しげに笑いながら、話しを詰めていく。
―――
明くる日に美青年と男装風の糸目と男装風の麗人は迷宮管理局沈丁花所へとやってきていた。史緒里が何故に同行しているかといえば、暇つぶしらしく百々代を着飾ったのも彼女だ。
「支給品の受け取りだっけ?ならあっちの窓口だよ」
「目録は…そこだな」
何度も捲られて傷んだ冊子を手に障壁の魔法莢を浚っていく。
「俺は傍陽一二号を使っているが、…扱いやすさなら障壁七〇型がお勧めだな。特徴がないのが特徴みたいな魔法莢だが」
障壁七〇型、擲槍七七型に近しい名前から想像がつくかもれないが、生産している工房は同じ場所。染谷工房という基本に忠実で誰でも扱いやすい老舗工房だ。
「障壁の方はもう決まってて、…どこかな、あったあった迷管専有している黒姫工房の障壁を貰おうかと」
「黒姫工房、迷管が出資している工房の。工房ごと抱え込んだと一時期話題になったな。実際は莢研の魔法師が自身謹製の魔法莢を製造及び実験するための個人的な工房だったらしいが」
「ええ、そのまま軌道に乗ってしっかりとした工房になったみたいです。創設者の黒姫颯様は革新的な魔法陣を組む方らしいので、是非是非解体してみたいなって」
「君たち妙に魔法莢とかに詳しいんだね」
「好きなので!」「趣味と実益ですね」
「趣味が合うんだね」
一通り目を通し終えてから紙面に黒姫工房の障壁を支給品として申請、少しばかり待っていれば真新しい魔法莢が手渡される。
一般的に使われている魔法莢とは異なる六角柱状、そして凝った外莢に新しい玩具を与えられた子どものように百々代は笑顔満開だ。筆を手に上蓋と外莢へ印を付けては、手際よく解体し内側に収まっている六角の導銀筒盤を取り出す。
「外面だけじゃなくて内面にも、なるほど。そうすれば倍の陣を彫り込めるけど、…触媒との接触で削れちゃったり大変なんだよね。おー、緩衝材っ!ふむふむ、これも触媒の一種なのかな」
触媒に巻かれたぶにぶにとした触感の素材を手にとって青い瞳で観察、眺めていれば見慣れない女性が一人、百々代の眼の前までやってきて見つめているではないか。
「それは特殊な樹木の樹液を一定の加工をすると出来る護謨という素材だ」
「ごむ、…馬車の車輪に巻かれている。護謨にも触媒としての役割があるんですか?」
「ああ、そうだ。詳しいことは言えないが触媒の一種だ。然し先の独り言から察するに魔法莢に詳しいようだな、職人か何かか?」
「実家は工房ですが魔法師、学舎外活動者です!」
「ふぅん。待て入れ方が違う。特定の面同士が合わさらないと効果が下がるのだ。小さく記号を書き込んであるだろう?」
「本当だ、ありがとうございますっ!ふむ、接触面ごとに触媒の比率が変わっていて、真価を発揮するには組み合わせが必要、と勉強になります!」
「設計者として、間違った使用法から文句を言われては困るのでな」
「「ん?」」
百々代が楽しそうに弄っていた魔法莢の設計者。つまりは。
「そうだ、名乗り途中でしたが白秋桜子爵家の西条百々代ですっ!」
「あぁ君が。吾は橿原子爵家の一員で黒姫工房の長を、そして莢研の局員をしている黒姫颯だ」
((ああ、やっぱり))
腰まで届く黒髪と黒縁眼鏡が特徴の女性が黒姫颯とのこと。年頃は百々代ち同年代であろうか。
同行者である二人も紹介しつつ、迷宮管理局内で騒ぐのも失礼だと移動をし、所内の休憩所で腰を下ろす。
「お会いできて光栄です、黒姫颯様っ!」
「颯でいい、様もいらん。まさか到着初日に出会えるとは運が良いな、吾の日頃からの行いの良さが出たか。実は百々代くんを探していて、沈丁花港まで来たんだ」
話を聞けば複合式魔法莢である成形兵装武王の書類が魔法莢研究局に到着、彼女の目にも入っては面白そうだと飛び出し、西条家の扉を叩いたのだと。不在と聞き船に乗って沈丁花港へ。足取りの軽いお方だ。
「件の魔法莢は持ってないのか?」
帯革辺りを見回して、颯は首を傾げて百々代を見つめる。
「宿舎の自室ですね、この後は港歩きの予定でしたし」
「そうだったのか、急に押し掛けて悪かったな。どこの迷宮に潜っているんだ?」
「沈丁花港の古海底迷宮です」
「なら手続きを終えて同行するとしよう。またな」
パタパタと忙しなく颯は走り去っていく。資源迷宮ということで入場は難しいはずなのだが、なんとなく明日には姿を表していそうな風である。
「それじゃあ何処に行きましょうか!」
「そうだね、どこかで女の子を釣って昼餉にしようか。ふふふ、今回は私以外にも美青年な一帆くんと可愛らしい百々代ちゃんもいるから、大漁だろう!」
百々代を着飾った理由はこれか、と一帆は呆れつつ、仕方なさ気な表情をしながら市井で史緒里の釣った女の子たちと食事をしたのだとか。
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