一四話④
朝に目を覚ました一帆は頭痛に対して鬱屈を感じつつ、部屋の小机に水差しが置かれていることに気が付き、百々代からの気遣いに気が和らぐ。
『一六から一九階層までの攻略に同行してくるね、一帆は休んでていいよ!』との置き手紙もあり、水分補給を行っては湯浴みをしに部屋を出る。
(然し俺なしで迷宮に向かうとは…、百々代側としては単体でも戦えるのだろうが、俺の相棒なのだぞ)
口を尖らせた一帆が湯浴みを終えれば、見知った夫婦が頭を抱えつつ食事を突いていた。
「おはようございます。百々代と迷宮に潜ったのではなかったのですか?」
「おはよう、しこたま飲んだ昨日の今日で迷宮に潜るのはちょっと」
「おはよー、…大輪の所の史緒里ちゃんあたりといってるんじゃないかな、見かけてないし。いいところに、おーい大輪!史緒里ちゃん迷宮行ってる?」
ボサボサ髪にだらしなく着崩した大輪は頭を掻きながら周囲を見回し。
「いねえし…迷宮に行って稼いでるか、街で遊んでるんじゃないか女の子とかと。あ゙ー、頭が痛い、飲みすぎた。…茜は動かんだろうし良介真二あたりか。なんで史緒里を探してんだ?」
「百々代ちゃんが迷宮に行ってるっぽいし、同行するのなら史緒里ちゃんかなって。ほら、女の子好きだし」
「…私の婚約者の危機ではないのか?」
「大丈夫大丈夫、手を出したりしない紳士だよ。私もお茶したりするし」
そんなこんなで駄弁っていれば真二と茜が現れて、良介と史緒里、百々代の三人で潜っているのだろうと結論付けた。
―――
一七階層。あいも変わらず高所を魚飛んでおり、襲いかかってくる相手だけを処理して次に進もうという三人に、珍妙な形状の姿をした魚のような魔獣が襲い来る。
魚のような、というのはそのままでなんとなく魚のような風貌ではあるのだが、錨や槍先、鋸に近い形状の前方骨格をしている不思議な魚たち。若しくは鰻やウツボに近い形状で、円形状の常に口を開いた奇妙な魚。
百港国近隣でも見ることのない魚群。まだ頭部が異常に硬いだけの板兜魚の方が見覚えがあると言えなくもない。大きさも勇魚や鱶、鯱、鯆などの大魚を思えば三間から四間前後なら普通の範疇だ。
どれもこれも大きくて一尺が精々なので、擲槍などの魔法射撃で一掃できるが数が多いのは面倒。集まってきた頃を見計らい、滞の囲杖という小さな鐘の付いた手杖状の迷宮遺物で史緒里が広範囲への雷撃で処理していく。
(狩り残し、)
範囲から逃れて迫りくる魚を殴り飛ばし、擲槍でとどめを刺して周囲を見回せば一七階層の掃除は終わる。
「危ない所をありがとう、百々代ちゃん。…急に名前で読んでしまってすまない、許可を貰えるかな?」
麗人風な史緒里は感謝の言葉を述べつつ、満面の笑みを浮かべる。並の女子であれば骨抜きになりそうなキラキラ笑顔で、である。
「いいですよっ、わたしも史緒里さんって呼びますね!」
「…最高」
「?」
「いや、なんでもないよ」
この顔が良い女、毛賀史緒里は何を隠そう女の子が大好きだ。休みと有れば街へ出てその甘く綺麗な顔立ちで女の子を釣り上げて、お茶とお喋りを楽しんでは艶々《つやつや》した笑みで帰ってくる。時又隊の中で一番の変わり者。
新顔である百々代とも交友を深めようと迷宮に同行し、自身のために女の子が身を挺して守ってくれる珍しい状況に高揚しているのだ。
「いやあわりぃわりぃ、雷撃の閃光に隠れちまってたみたいで発見と対処が遅れちったぁ」
「気にしなくていい百々代ちゃんが守ってくれたからね。ただ位置取りを調整したほうがいいやもしれない」
「だな。さっすがに茜っちほど上手く防衛に回れねえわ」
「なら次の階層からは前に出て暴れますね。小さくでも合図を出してくれれば範囲から逃れる術は持っていますんで」
「囮かぁ、人数少ないし何かあっては困るから保留で」
「そうそう、こーんなところで怪我したら勿体ないって。史緒里んの雷撃の範囲を小さめにして小忠実に、百々代んはひゅんひゅん擲槍ぶっ放して行く感じで〜」
「はーいっ」「了解」
俺ちゃんは障壁ね、と軽い雰囲気の涼介は帯革の魔法莢配置を調整していく。
「同じ魔法莢、障壁をいくつも用意してますが、複数並列使用ですか?」
「よく見てるなぁ。昨日に百々代んが相手してたた八魔章魚みたいなもんで、手数を確実に用意できるようにしてる感じ」
魔法には発射間隔がある程度定められている。技量次第では向上も望めるが、魔法莢ごとに限度があるのも事実。それを補うには同じ魔法莢をいくつも用意すればいい良い。
というのは出来る者だけが言う理論。大体、発射間隔の限界に到達して更に上を目指そうとは思わないのだから。
(零距離擲槍を構え無しに使えるようにもなったから、増やしてみたりも…。いやいや、二つの条件起動を魔力の操作だけで使い分けるのは無理かな)
「接触起動でしたけど、魔力操作のみの条件起動で並列使用って行けると思います?」
「無理。混じって相殺しちまうよ」
「ですよねー」
「ふむ。…百々代ちゃんの爆発な移動は魔力を条件にしてるのかい?」
「はい、集中箇所で擲槍を起動して、衝撃を素に加速や跳躍補助と攻撃に。二つ用意したら倍で使えるかなって」
(こりゃあ変態だ…)
「ふふっ、今のままでも十分素敵だし、無茶はしないほうが良いよ」
(史緒里んドハマリしてるし、…楽しくなりそうな迷宮攻略だな!)
「そろそろ次の階層、行っちゃおうぜぇ!大人数だと稼げねぇしさ!」
「そうだね行こうか」
「はいっ!」
―――
敵が向かってくる場所へと雷で出来た球体が生まれて、起動を行うと蕾が花開くように雷撃を拡散させて攻撃とする。開花蕾という魔法。
視認性を失わないよう範囲を小さく、ただし討ち漏らさないよう小忠実に展開された魔法はものの見事に敵を焼き殺していった。
時折突破してくる相手には良介の障壁と百々代の擲槍で対処し、軽々と一八階層を踏破。勢いのまま一九階層へと潜る。
「まあいるか、寧ろ見かけなかった一六から一八が珍しいというか」
「時間は掛かるが、倒して帰るとすっかね!」
「了解ですッ!」
宙を泳ぐ大魚が一匹、潜行者たる三人組を見つけては尾鰭を動かして向かい来る。
「前に出ますね。起動。成形武装。雷鎖鋸剣!」
垂直落下でもなければ速度は大したことがなく、鋸剣の喧しさで引き寄せつつ噛みつきにだけ警戒を向けて飛来する氷魔法を回避。序でに想定的に小魚と化している魔獣が集まってきた時を狙って、百万雷と零距離擲槍を起動し息を潜めては不識を発動。
魔獣に大打撃を与えて離脱をする。それと同時に側面を見せていた板兜魚へ良介と史緒里の魔法が着弾した、…のだが大きく蹌踉めくも致命足り得なかったようで、直ぐ様方向を転換し二人の元へと泳ぎ向かう。
「威力足りてねぇの、へへっ、まあなんとかなるか」
「時間を稼ごうか切石」
「あいよ」
二人は障壁多重に展開して板兜魚の侵攻を大きく減速させ、視界の奥に映る百々代へ止めを任せる。
地面に付いた手から零距離擲槍を起動、宙を舞った彼女は宙返りをしつつ浴びせ蹴りの要領で踵落に擲槍を乗せる。凄まじい衝撃は板兜魚の背骨を折るには十分であった。
「さっすがー」
「良い蹴りだったよ」
「間に合って良かったですっ!
一応のこと死んでいることを確認しては、周囲を見回して残党の有無を確認。泳いできた小魚を撃ち落としては一九階層も踏破となる。
「板兜魚も向かってきてくれると比較的楽ですね」
「楽と言える魔法師はそう多くないのだけどね、ふふっ」
「今後は百々代んと一帆っちの二人共厄介な迷宮で肩を並べられるな、いやあ優秀な新人がいると思うと心強いよ。二〇階層の偵察だけしてもどっかね」
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