一四話③
「発射ァ!!!」
二〇の擲槍を展開していた蘭子が起動句を終えれば、板兜魚へと飛んでいき五匹を撃ち落とす。各擲槍は各々魚に飛んでいったのは一五匹は仕留め損ねたわけで。
「ちょっと硬すぎるんじゃないの?!」
「だから苦戦してんの!というかなんで一発で一匹落とせるんだよ!」
「次行くよ!起動。擲槍―――」
「お魚さんがキレてこっち向かってきた!近づけんなよ!」
宙を泳いでる、馬鹿硬い相手なんぞ地上からの魔法では大した損害を望めない。加えて牽制射撃での位置誘導も無視されているため、七人で防御を務めており射撃の時以外は頭を引っ込めた亀のようなものである。
噛みつかれようが幾重にも障壁を張り頻りな状況で、魚も攻め倦ねているようだ。
(これなら、あと数度で突破できるか。西条は…、終わらせている?もう?だが合流していないし、姿も見えない?不識を使っている風だったし、追って追えるもんでもないか)
直ぐに戻ってくるだろうと意識を集中し障壁を展開する。
二度三度体当たりしつつ噛みつき、障壁を崩すも張り直されていては効果が薄い再び距離をおいて様子見に泳ぐ。
ぐるり。ぐるり。魚たちは蘭子らの上に陣取っては頭を下げて落下を始めた、重化の魔法を用いて。爆発じみた轟音を響かせて邪魔な魔力の壁を打ち砕くべく、自身の巨躯を砲弾のように打ち付けて。
「拙くないですか?これ。私の障壁でも耐えきれませんし、攻撃の隙がありませんよ」
「どうすっかなぁ。星落とし、もう少し溜めといてくれ」
コクリと頷いた蘭子は意識を魔法に集中し焦りの汗を流す。
(そろそろ来るかな)
「来い。霙弓、月の涙杖。起動。戯へ」
金環食から迷宮遺物を取り出して三つ同時運用を行い準備を整えていけば、擲槍が地上で爆ぜる音が耳に届き口角を上げて走り出す。
(下まで降りてくるなんて好都合ッ!)
岩陰に隠れていた百々代は零距離擲槍を両足で起動し文鰩魚の様に跳び跳ねる。空宙で擲槍移動を使用し再加速、とはいえ鳥のように空を飛ぶような真似は出来ないので、障壁に足をかけて板兜魚へと向かっていく。
「起動。成形武装。雷鎖鋸剣ッ!」
頭部は硬く蘭子の圧縮擲槍ですら当たりどころ次第で致命足り得ない、ならば胴体、と鋸剣を入れれば雷撃で焼けた魚肉が挽き肉となり舞い散って、真っ二つへ両断せしめた。
「よしッ!すぅ…かかってこい魚共ッ!!」
擲槍で加速させた蹴りで残っていた頭部を蹴飛ばし、大声を用いて敵の視線を一点に集めつつ目下の蘭子たちへと簡単な合図を送る。「後はよろしく」と。
足裏に魔力を集中、擲槍を放っては障壁を砕きながら跳び退いて、自身へと大量の板兜魚が迫っていうことにほくそ笑み、両手に握られていた鋸剣を投げ捨て目眩ましに用いる。
「―――発射ァ!!!」
狙いは近い距離で晒された板兜魚の腹部。合わせるように時又隊の面々も攻撃へ加わり、無数の魔法射撃が打ち上がっては次々と撃ち落としていく。
そんな中で一匹だけが生き残る。一心不乱に百々代へと食らいつこうと泳いでいくも彼女は気にした風もなく笑みを見せれば、下側面から肉を貫き魔法弾が入り込み、氷の抓となって炸裂し氷片へと変えていく。
砂埃を巻き上げて着地…落下した百々代は全力疾走で一帆へと駆け寄っては抱きついて。
「ありがと、一帆。信じてたよ、動き出した瞬間からねっ」
「念には念を、な。くっつきすぎだ、戯へが解ける離れろ」
「えへへ、ごめんごめん。あっそうだ、章魚が悪くならない内に回収しないと、ちょっと行ってくるっ!」
「ああ」
一人で賑やかな百々代を見送り、迷宮遺物を金環食に蔵っては息を吐き出す。
「百々代ちゃんはどこいったの?」
「章魚、拾ってくるみたいですよ」
「本当に食べるんだ、あんなデカい魔物。…如何物食いだね、章魚だけど!」
「…。」
―――
八魔章魚を九人が分担して担ぎながら、外を目指す中で一帆は疑問を口にする。
「いつのまに成形獣を習得してたんだ?授業ではあんなに苦労させられただろうに」
「習得したというか…。一般的な成形獣って結構多機能じゃないですか、位置を指定して特定の場所まで動かしたり、視覚を共有したり、ものにっては嗅覚とかもいけるとか」
「そうだな。そういうのが基本的な使い道だから」
「色々試してみた結果。それらが邪魔だったんで全部取っ払って、わたしが指定した動きだけをするように原初の成形獣魔法を組みました。視覚の共有化も移動の半自動化もなし全手動の成形獣ですっ!」
「なるほどなぁ…」
(組み込まれている規定の動きとは別に一から一〇まで動かそうとしていたから齟齬が生まれて、成形獣の扱いに難があたっと。…とはいえ戦闘中にそんな事が可能なのか?擲槍の移動も左手の構えが消えていたし…頭の中はどうなっているんだ)
たこたこ~と喜んでいる百々代に視線を向けて、愛らしい見た目に反してはとんでもない才能だ、と呆れ半分尊敬半分な一帆である。
―――
「一五階層突破を記念してェ、カンパーイ!!」
「うぇーい!」「乾杯」「…眠い」「乾杯乾杯ー!!」「乾杯ですっ!」
苦戦していた階層を無事突破出来たのだ。この機会に酒盛りをしないでいつするのか、と章魚を肴に宿舎の食堂でどんちゃん騒ぎの始まりである。
「しっかし、まっさかほんっとうに魔物章魚を一人で倒しちまうとは思わなかったぜ」
「驚いたよ、いつの間にか切り身に変わってたんだから」
「…うん、驚いた」
「えーえへへ、対処しやすい相手だったんでっ。あっ、八魔章魚おいしいですねっ!」
酒気が回って普段以上に頬の緩んだ百々代は章魚や南瓜に舌鼓を打ち、非常に楽しそうである。
八つの魔法を扱う相手を対処しやすいなんて言ってのけるのは彼女くらいなものなのだが、酔っている状況を鑑みてこの話に意味はないだろうと、雑談へと変わっていく。
「一帆も食べないと、お芋もおいしいよ」
「食べてる食べてる。芋章魚南瓜、そんな言葉があったな…酒はもっとゆっくり飲め、前みたいに翌朝吐いても知らんぞ」
一帆はあまり酒に強くないので飲んでいるふりをしながら、だらしない笑顔の百々代を甲斐甲斐しく世話を焼き、適度に腹を満たす。
―――
騒々しい酒盛りも終わり、酔いも回って船を漕ぎ始めた百々代を、一帆は自室へ連れてきて寝かせている。部屋の鍵がどこに入れているかわからず、身体を弄るわけにもいかず、もう何度目かの同衾を許して隣に横たわった。
(…少しくらいの役得は許されるか、寝台を半分も空け渡しているのだし)
顔にかかる髪を払い、柔らかな頬を撫でてみれば熱のこもった吐息を感じ、そっと引っ込めて溜息を吐く。
(はぁ…俺も酔っているな…。まったく)
ここ最近、宿場町の一見で好意を伝えてからというもの、一帆は自身の感情に気が付いた節がある。華やかさのある相貌ではないが、見ていれば少しの高揚感と安心をおぼえ、端の上がった唇に目を向ければ合わせてみたいと思うくらいには。
「…。寝るか」
季節は冬、お互いに風邪を引かぬよう寝具を掛けて一帆は目蓋を閉じて、確かに感じる婚約者の存在に安らぐのであった。
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