一四話②
迷宮へ足を踏みい入れればそこは海底。ただし水で満たされているわけではなく見上げた視線の先には揺れる波模様、そして足元には集光模様は広がっており、宙には色鮮やかな暖かい海の魚たちが泳ぎ回っている。
どうやら色鮮やかの、大きくても一尺前後の魚たちは魔獣の一種であるが、襲い来ることはなくただただ泳ぎ回っているばかり。一応のこと食用にも適しているものもいるようだが、態々港に位置するこの迷宮で魚を捕まえて食べようなんていう酔狂者は少ない。
ただし赤っぽい色で全長三尺三寸程の魚は絶品なのだとか。
移動していると所々で見られる色鮮やかな宝石珊瑚。あれらが当迷宮に於いての資源で、七色宝石珊瑚とそのままな名前をしている。主な用途は言うまでもなく宝飾品で、採取活動は指定の防衛官のみ。巡回官の採取は禁止されている。
一から四まではこれといって襲い来る魔獣も居らずただただ歩くだけの道程。到着した五階層目では幾人かの巡回官と防衛官らが一匹の板兜魚を相手取り、魔法で撃ち落としている場面であった。
板兜魚は全長四間前後の巨大魚魔物で、非常に硬質な頭骨と強靭すぎる顎を有しいる。基本的に正面からの攻撃は鱗と頭骨で効き目が悪く、側面から狙うのが定石とのこと。噛みつく速度は人の瞬くよりも速く、その威力は並の纏鎧では一撃で砕かれ、近付かれることは死を意味している。
そんなのが魔物化して中距離程度の魔法を有し、重化による噛みつきの威力強化まで持ってしまったのだから、沈丁花の古海底迷宮は高脅威度迷宮認定されることになるだろう。
「はじめて見ましたが…大きいですね」
「周囲への警戒は怠らないようにね」
時又隊と大嵐隊は臨戦態勢を崩すことなく、一五階層を目指す。
―――
「てなわけでここを下れば一五階層、作戦は話した通り。どれほどの実力かは知らんが、二人が止めないあたり…魔物を相手取れるだけの実力があるんだろう、任せるぞ西条百々代。そんで無理そうならさっさと戻ってこい」
「はいっ!」
横穴を潜り抜け、広がった視界の先には宙を泳ぐ板兜魚の群れ。その数、二〇弱。六日掛かってこれということは、どれほどの数がいたかを考え今後のことを思い、思考の奥底へと追いやっていく。
さて、百々代の獲物はといえば岩場の影からこちらを伺っている五尺の大章魚が一匹。人を獲物だと判断したのか、ズルリと這い出て地面を器用に歩いてくる。
「それじゃ、行ってきますッ!!」
カチャリと腰に佩く零距離擲槍の魔法莢を触れては出力を最大まで引き上げ、今までの左手を後ろに引く構えを無しに急加速、吹き飛んで移動。それと同時に息を潜めて周囲の存在全てからの視線を切って進む。
零距離擲槍を用いると足元の砂が舞い上がり、音と共に敵の視線も集めるのだが同時に起動する不識の認識から逃れる効果を用いることで、まるで煙幕内に隠れたような作用が生まれ、一部の板兜魚は氷の魔法を何も無い場所へと撃ち込んでいく。
「なんだありゃ…まあいいか。こっちはこっちの仕事をするまでだ!」
「「応!!」」
巨大魚と魔法師らの戦いも始まっていく。
(周囲に緑が芽吹き始めた、アレは罠草だね。触れると足を取られる魔法、でも触れなければ関係ないッ!行くよ、武王!)
「起動。成形兵装武王ッ!起動。成形武装。雷鎖鋸剣」
地面に着地する直前、武王を作り出しては太刀の峰に乗り、振るう勢いで打ち上げ頭上目掛けて飛んでいく。両手一本ずつ携えた喧しい騒音と眩い閃光の鋸剣に警戒しない者は居らず章魚もその一匹。頭上へ障壁を展開し接敵を防ぐも一振りで切り破られ、一本を隙間から投げ入れられる。
一帯を雷撃で焼き尽くす百万雷を防ぎ、砕けた障壁の隙間から魔法射撃を試みる章魚であったが、その隙間からは罠から逃れた武王の太刀がねじ込まれて脚の一本を斬り落とされた。失った脚は氷の魔法。
これは拙い、と煙幕と本体にそもそも備わっている墨を吐き出して、岩の隙間へと逃げ込もうとしたものの、そこには既に鋸剣が投げ込まれており起爆。障壁を張って方向転換、地面に罠を展開しつつ煙幕で姿を隠し移動してく。
(こっちからも直接は見えないけれど、向こうからも姿は見えないんだよね)
武王が罠を踏まないように移動させつつ、しっかりと足音を鳴らしながら位置を意図的に晒して進ませる。すると煙幕の内から飛岩と火球が乱射され、太刀で斬り落としては姿を隠した百々代が大まかな場所を推察する。
武王の大きな足音で自身の音を掻き消して、煙幕の内にいた章魚へ零距離擲槍を捩じ込み吹き飛ばしては、先に置かれた太刀が左側三本の脚を斬り落とす。
この成形兵装武王は百々代が魔力を以て頭の天辺から足の爪先まで動かしている完全手動、寸分の誤差もない。
(障壁一つ、煙幕、飛岩を持ってった。あとは)
「余裕ッ!起動。成形武装。雷鎖鋸剣ッ!」
百々代の頭上より数間、空宙に弾ける雷が設置されていたことは元より承知。鋸剣を高く掲げて雷撃の魔法を打ち破り、飛び頻る火球の雨を武王と共に掻い潜っては擲槍移動で急加速、百々代は八間章魚を追い抜いて武王と前後からの二刃にて討ち取った。
「お疲れ武王、解除」
三つの魔法莢を用いた複合式魔法莢。店番との話しから着想を得て試行錯誤した副産物である。この魔法莢の設計は既に莢研局に送られているので、もう届いた頃だろうか。
斬り落とした脚を拾い上げ、持ち帰る際に手間にならないよう一箇所に集めては、激しい攻防を繰り広げている方へと視線を向けた。
―――
(こっちへの視線は完全に剥がれて横から殴るには十分だけど…擲槍じゃ厳しいよね)
板兜魚はそれなりに高めの位置、だいたい五間から一〇間らへんを泳ぎ、氷の魔法を以て弾幕を降らせ続けている。届かないことはないが撃ち上げることを考えると威力減衰から有効打には厳しいものがある。
(とりあえず合流しないで様子見しとこうかな)
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