一三話③
沈丁花港に到着した大嵐一行は、賊討伐で執行権を用いたことを領主と軍務局へ説明するために領央局へと召喚されていた。
「小狸藻男爵大嵐蘭子以下三名、領主茶臼山貴嗣の召喚命令に応じ参上いたしました」
「御苦労。腰を掛けてくれ」
どっしりと構え威厳を感じられる鼻髭をした、火凛と血縁を感じられる男が沈丁花伯爵の茶臼山貴嗣。そして政務官と軍務局員が幾人か。
蘭子が説明を行い、それに対して質問をされる程度の簡単な聴聞会であり、その実は形式的に行っているだけ。元より大嵐夫婦は迷宮管理局でも優秀な二人、加えて蘭子の父、先代の小狸藻男爵は政務官を務めていたので、沈丁花領に於いて信頼のある貴族だ。
執行権を悪用するはずもなく、宿場町から徴兵したり見返りを求めていたわけでもない。問題のない行いであった、と太鼓判を捺されるに至った。
「暫くは沈丁花領を中心に迷宮管理局の職務を行うのか?」
「はい。同行している生徒の二人もいますので、年末を目処に金木犀へと向かいますが、それまでは沈丁花及び周辺を回れればと」
「そうか。確か篠ノ井一帆と西条百々代の両名は、娘の火凛と友人関係だと聞いたが、…誠か?」
「是に。交友を結んでおります」「同じくっ」
「そうか、なら顔を見せてあげると良い。喜ぶだろう。では会合は以上とする。皆御苦労であった」
席を立ち頭を下げて四人は部屋を後にする。
「アレが貴族全員を蹴落とし学舎の頂点に立った市井出身の娘か」
(火凛も頑張っていたんだがなぁ…。…然し学舎に通ってから大きく成長したところを見るに、いい刺激になったのだろう。これからも良好な関係を築いてもらいたいものだ)
「私は軍務局員の一人として模擬戦闘を見に行きましたが…学生の範疇は優に超えてましたね。報告に上がった半数以上の賊を討った事に嘘偽りはないでしょう」
「そんなにか?」
(軍人にここまでいわれるのからすごいのだろう。座学も熟せて実力も確か、男子であれば火凛の婿にでも欲しかったが残念だ…)
「篠ノ井家の彼も食いついていましたし、一緒に組んでいた火凛様も非常に頑張っておいででした」
「そうか。」
(見たかった…、まあ過ぎたことは仕方ないが。急ぎ家への招待を送らなければな、休暇の終わりが近づけば火凛の方が学舎へ出立してしまう)
髭を撫でた貴嗣は手帳に覚書をして、次の職務へと向かった。
―――
場所は大嵐家。
普段は先代の小狸藻男爵夫妻二人と数日に一度くるお手伝いのみの静かなお屋敷なのだが、娘夫妻が唐突に帰ってきて学舎の生徒まで連れてきては賑やかになっていた。沈丁花港での滞在先は大嵐家であり、お手伝いさんは大忙しだ。
蘭子の両親という事で気さくな為人をしており彼らは若者二人を快く迎え入れ、親戚の子供が来たくらいに思うことにしたのだ。
家事手伝いを終えて、茶臼山家へ遊びにいく準備をしていた百々代は、市井に向かうような格好をしていた一帆をみて首を傾げる。
「一帆は行かないの?」
「模擬戦闘で協力しただけだからな、遊びに行く謂れはない。俺は俺で行ってみたいところがあるから、…旅疲れを癒やしてるとでも伝えといてくれ」
(女同士の方が何かと気が楽だろう。前と違って百々代とも仲良くしているようだし)
「わかった。…でも外を出歩くならわたしがついていたほうがよくない?」
「初めて外に出るわけじゃないんだから大丈夫だろう」
「馬車の捕まえ方わかる?お財布は忘れないでね。一応細かく入れてあるけど、少額の支払いに額の大きい金子は使わないようにね、場所によっては大変だから。あと」
「大丈夫だ大丈夫。百々代の支払い姿を何度か見ているのだから出来るわ!全く…」
篠ノ井一帆という青年は財布を持ったことがない。態々市井で買い物をする機会などなく、いざ行った時には護衛か百々代に財布が預けられていた。金子を見たことがないわけでも、価値がわからないわけでもないが初めてならば同行したほうがいいのでは、と彼女も考えるわけで。
「護身用に魔法莢は忘れないようにね。場所によっては持ち込み禁止だったりするし」
(…心配性が過ぎる)
話を聞き流し百々代が慌ただしく茶臼山の屋敷へ行くのを見送って、一帆は市井へと向かう。
そんな彼は手間取りながらも馬車を拾い、ボンボンだと察せられいくらかぼったくられつつも全く気が付かず、少しばかり古い出で立ちの大衆向け劇場にやってきていた。
入場券を購入し、身なりの良さから「食べ物と飲み物を買うのが初めての礼儀ってもんだぜ!」なんて言われては、疑問の一つも覚えずに購入し良いお客さんになった彼は座席に着いて、大衆喜劇を観ながら。
(こういうものが流行りなのか)
と興味深く、クソ真面目に眺めていた。
一つ劇を観終わっては劇場の予定表を確かめ、次の入場券を購入する。
「よう、お客さん!今回もなんか買わないか?」
「もう初めてではないから大丈夫だ」
「そいつは残念。…だ、が、今から入るって事ァ『探偵八郎の大捕物』だろ?なら揚げ菓子は外せねェ!主人公の好物で劇中にも登場すんだ!」
「そうか。なら一つ買おう」
「まいどあり!」
いいお客さんである。
日がな一日、大衆劇を満喫し帰り際にも物売りは話しかける。
「お客さん相当の観劇好きなんだな」
「俺の趣味だからな。ところで物売り、舞台台本は扱ってないのか?」
「台本かい?また珍しい物を…まあ色々買って貰ったしちっとばかし裏行って聞いてやるよ」
「頼む」
そんなこんなで待っていれば物売りは支配人を連れてきて、奥で話し合いを行っては劇団長たちと話しを付けて数冊の台本を買い取った。
明らかな貴族の御子息が台本を求めてきたことから、名前を売るいい機会だと中々に手厚い歓迎を受けたのだとか。
―――
馬車の迎えが来たことに慌てて、百々代は忙しなく大嵐家の人達へ行き先を告げてから乗り込んでいく。
「ところで宗秋くん、百々代ちゃんは親戚なのかい?」
「お義父さんまで蘭子みたいな事を…」
「あはは、実は全然にてないんだよねー」
失礼だろう、と軽く諌め、茶を飲んで一息つく。
茶臼山家は古風なお屋敷であり、歴史を感じられる佇まいであった。所々に修繕の跡が見られて、意図的に古風に感じられるよう維持されているようだ。
使用人に案内されて温室の植物園に足を踏み入れれば、火凛が穏やかに菓子を食んでいた。
「お招き頂きありがとうございます、火凛様」
「ようこそおいで下さいましたね。どうぞお掛けください」
「立派なお屋敷ですね、どれほどの歴史があるのですか?」
「ふふっ、あらあら西条百々代にも茶臼山家の積み重ねてきた歴史がわかってしまうのね、おほほほほっ!」
彼女らが歴史を重んじ大切にしている、という事は一帆から教えられていたので話しを振ってみれば、大喜びで家の歴史について語ってくれた。
昔は沈丁花港は金木犀港よりも大きく、天糸瓜島東側の主要港でありそして治め続けてきたという話し。。
金木犀領の港は岬が風浪を防いでくれる湾港という形状の恩恵が大きく、船の停泊が安定しやすく拠点として非常に利便性の良い土地であった。なので時が進むとともに徐々に徐々に勢いが逆転し、魔法学舎が建設された頃からひっくり返せない差がついて今に至る。今では沈丁花港も防波堤の建造され利便性が一昔前より良くなったのだが…。
昔は凄かったし今も頑張っているよ!とのこと。
「そういえば一帆さんがいませんわね、いつも一緒にいるのに珍しい」
「…、旅疲れを癒やしたいそうです」
「どうせ面倒臭くてこなかったのでしょう?」
「…なんか行きたいところがあるとかで」
「…。まあいいですわ、顔を合わせても話すこともありませんし」
「模擬戦闘で組んでいましたし、その最中に雑談とかしなかったんですか?」
「必要なことだけしか話さなくて、本当に息苦しい集まりでしたわ…。あれ以降、会話がない時にそれとなく話題を振ってくれる友人の有り難みにどれほど感謝したことか」
「そうだったんですね」
言われてみれば会話が弾むような組み合わせではない。
「それよりも!まさか沈丁花港に滞在しているなんて驚きましたわ、しかも南部に巣食っていた賊を懲らしめてきたなんて!危機というほどではないにしろ、私の大切な沈丁花領へ手を差し伸べてくれたこと感謝しますわ」
「あっはい、…どういたしまして」
「…?なんか歯切れが悪くないかしら」
「その…色々ありまして…」
「ふぅん。お父様から詳しい状況を聞かないほうがいい、などと言われましたし聞きはしませんが、領民を救ってくれた英雄なのだからしっかりと胸を張ってくださるかしら。貴女は私のお友達で超えるべき宿敵なんですのよ」
「英雄だなんてそんな。…資格がありませんよ」
俯いて諦念を纏う百々代に苛立ちを覚えた火凛は眉を曇らせる。
「人の窮状を救いましたのよ?!資格がないなんていわせませんわ!誰もが西条百々代のように力を持っているわけでも、誰かの危機に身を挺して立ち向かえるわけではありませんの!…立ち向かっても力がなくては…、だから!せめて私の前くらいでは胸を張ってくださいまし!」
憧れてしまった私が馬鹿みたいじゃない、とつぶやいては焼き菓子を口にして、感情を沈めていく。
「えへへ、そう、ですね。なんか火凛様に叱られて、ちょっと心が軽くなりました。ありがとうございますっ!」
「わかればいいんですのよ、おほほ」
熱い火凛の叱咤に元気付けられた百々代は、満面の笑みを返して菓子に手を付けて茶で喉を潤す。
真っ向正面から体当たりしてくる友へ感謝しつつ、学舎を離れている間の話題などで盛り上がって楽しいひとときを過ごしたのであった。
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