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一三話②

 月明かりも下、細視遠望の青を用いて灯りもなしに四人は進んでいく。大きく見渡せる場所に一帆かずほ蘭子らんこを配置し、十二分に近距離で暴れられる百々代(ももよ)宗秋むねあきが前へ出る。


(見つけました。横穴をねぐらにしているみたいでして、見張りっぽい人もいますが酔っているみたいで笊な見張りです)

(外には多くないのかい?)

(はい)

(確か…雷の剣は鎖だけで爆破できたよね?あれを横穴内に投げ込んでもらおうかな)

(わかりましたっ。見張りはどうしますか?)

(僕が処理するよ。後ろの二人、蘭子が出番のないようさっさと片付けようか)

 コクリと頷いて跳び出した宗秋の後を追い、百々代は雷鎖を起動して投げ込む準備を行う。

「あぁ?なんだおめぇた――」

 酔った見張りは首を落とされ、地べたへと横たわり血溜まりを作り出していく。次いで起こるのは横穴内での閃光と轟音を放つ雷撃が賊へ襲いかかり、阿鼻叫喚な地獄と化す。

 悲鳴がチクリと心に突き刺さるも感情を圧し殺して、宗秋とともに横穴内の賊を対処して進む。

 逃げるものは無視していれば衝撃音と共に大きな風穴が空き絶命する。

 奥へと進んでいけば拠点めいた広間が構築されており。


「…?」

「これはまずい…」


 百々代は目の前に広がっていた光景に硬直し、血液が沸騰するような感覚に襲われた。

 裸に剥かれ全身にあざが浮き出ている犯されたであろう女性の遺体が幾つか。磔にされ無数の刺し傷と短剣の刺された男性の遺体も幾つか。挙句の果てには犬に喰われている子どもの遺体。…理解できなかった、百々代には。


 彼女は基本的に善性の存在だ。戦闘において相手の嫌がることはできるが、倫理観から大きく外れるような事には忌避感を覚えて人殺しともなれば…。いうまでもなかろう。

 前世では人が想像できない程の期間を石と木を喰らうだけの生き方をし、人里に混じってからも知りたいことだけを知るだけの生。今世では周囲の者から大切にされていたから、悪意にさらされることが極端に少なく実質的な箱入り。家族に、周囲の者に愛され、友に恵まれてきたからこそ、高い善性を培った百々代の根底には性善説というものが根付いている。

 前回相対した賊でも身代金を支払えば一帆の身元は返還されるし、今回の賊らも物資を差し出せばそれで通してくれる法外の通行料くらいに考えていたが故に、一帆と協力をして拘束するといった発言に至った。

 だから彼女は目の前の惨状が、人を嬲り殺すような行いを理解できない。


「クソがよ。たかだか二人生きて帰れるとは思うなよゴミが」

「ッ。百々代さん!」

 宗秋を含め幾人かの声が耳に届くも水中にいるような、何かに隔たれているような感覚に包まれている百々代は跳ねる心の臓腑を抑え込みながら、硬く閉ざされ重くなった唇を動かす。

(…こいつらは人の敵。人の敵だ)

「………起動。成形兵装せいけいへいそう武王ラクエン

 呪詛めいた低く重い言葉には怒りと怨嗟の感情が籠もっており、起動句を言い終えれば生まれるよりも前の暴虐性と一七年の人生で備わった善性が混じり合い溶け合う。

 骸骨兵を模した成形獣を骨子に大鎧を纏鎧てんがいで作り、成形武装の太刀を持たせる。七尺弱(2メートル)と本物の落燕らくえんよりも小さく、鎧の意匠も異なるがあの場にいた者であれば彼であると言える成形獣が起動し、実剣を振りかざそうとした賊を斬り殺す。


「起動。成形武装。雷鎖いかづちとざす鋸剣( のこぎりのつるぎ)…」

「ヤメロ!」「なんだ、こりゃ」「来るナァ!」

 怯え壊す金で睨まれ、錯乱している間に一人と一基で賊らを撫で斬りされていく状況は宗秋ですら身体を強張らせ冷や汗を流す。


「やめろ!やめてくれ!もう足を洗う!!命だけは勘弁してくれ!」

「……。」

 もう誰が首領であったか、そこそこの魔法師であったかもわからない状態。一人の男が命乞いをして頭を地面に擦り付ける。

 鬼気迫る百々代の瞳には確かな怒りの感情が燃え盛っており死骸を何度も何度も斬りつけ、重い重い溜息を吐き出した。

「……解除」

 暗い、暗い表情をしたまま亡くなった被害者の遺体を運び出し、何も言わずに埋葬していく。

「…あー…蘭子たちを連れてくるよ」


―――


 話を聞いた一帆は選択を間違えたと焦り走る。迷宮管理局に務めて巡回することとなれば何れこういった場面に陥ることも少なくないだろうと、多少荒っぽいが未来へ繋がると信じ提案を蹴ったのだ。

 彼としては賊など害虫に過ぎない、踏み潰したところでなんとも思わず、踏み潰した時に出る汁で靴底が汚れるのが嫌程度の感情であり、自分の尺度で考え行動させてしまった。


 結果、半ば狂乱状態に陥り無抵抗の命乞いをする者まで撫で斬るとは、想像もしていない、出来ていなかった。お互いがお互いに想像力が足りていなかったが故の悲劇であろうか。

 虚ろな瞳の百々代は土と血に塗れた纏鎧で地面を掻いて穴を掘り、被害者の遺体を埋葬している最中で、普段からは想像もつかない雰囲気に一帆の喉は引き攣る。

(……。)

 数多の言葉が浮かび上がっては霧散していく思考の中で、肯定も否定も出来ずはくはくと口を開けては閉じて、遺体を墓穴へと運ぶ百々代を無言で手伝うことにした。

 聞こえてきた二人の足音を聞き、身振りで賊の処理を大嵐夫妻に任せては音の無い夜を一帆と百々代が過ごす。


―――


「…っ」

 翌朝、いや昼過ぎに起床した一帆はズキズキと痛む頭を抑えながら、自身へ抱きつくように眠っている百々代を珍しく思う。


(昨晩は…、戻ってきたあと酒盛りがあったんだったな)

 酒でも飲んで忘れろと酒が振る舞われたのだが、酔っても口を開こうとしなかった彼女を気遣い、自室に寝かしつけては彼も隣で就寝したのだ。

(飲みすぎた…、二日酔いというやつか。酒精の臭いもするし湯浴みがしたい、が)

 起きるまで待ってみるかと寝息を立てる百々代の寝顔を眺めて過ごす。

 四半時(30ふん)もすればパチリと目蓋が開かれ二人の視線が合う。


「おはよう」

「おはよっ、んんっ!あぁ、ごめんね、抱きついちゃってた!」

 照れ照れと普段通りな姿を見て、寝台から出ようとする手をひいては抱き寄せる。

「…辛い思いをさせてしまったな。何れは通る道だと、百々代なら大丈夫だと、無責任に背を押し突き放してしまった事を謝る。すまない」

「…。…初めて、怒りに身を任せて、正しい事なんだと思い、人を殺めました。惨状を見るまでは相手が賊でも心が傷んだのですが、…あの瞬間からはそんなものはなくなって。わたしの根底はやっぱり人じゃないのかなって思っちゃいました」

 前世でも人を襲わなかったのは、あくまで食糧でも敵でもなく縄張り内に住んでいるだけの生き物に過ぎなかったから。そんな感情が湧き上がり、必要であれば滅ぼすような行いをしていたのではないかと唇を噛む。

「人じゃない、か。なら俺も人でなしだ。賊が死のうとなんとも思わんし、国を荒らす害虫が減ってすっきりすらしている。…幻滅したか」

 首を左右に振る。


「人は完全無欠なんかじゃない。俺の尊敬する姨捨古永だって賊を斬っているし。くくっ有名な話でな、人生で三度浮気をして妻の激怒を受けた結果三度とも簀巻きにされて川に投げ捨てられているんだ、流石に身に沁みたのか四度目はなくってな。…だから悩めて苦しめるのは人である証左だと俺は思う」

「…。」

「それになんだ、百々代が人でなくても俺は隣にいるつもりだ。共に歩みたいという言葉に変わりはないし…、…お前の事を、好いていると思う」

「一帆様…」

「どうした?」

 尻すぼみな言い方になったが好意を伝えたことで、少しは気が楽になってくれたかと期待して顔を見れば、口を抑えて青褪あおざめており。


「…あっ」

 手洗いに駆け込んだ百々代は昨晩に飲んだ酒を盛大に戻した。

 少しして。

「えへへ、慰めてくれてありがとねっ!一帆がわたしのことを大好きだなんて、照れちゃうなっ」

 紅潮させた頬を掻きながら、にへらとだらしない表情で微笑む様子に一帆は安堵する。

「大好きとまでは言っていないだろ。…それじゃあ二人に合流して予定を聞くか、いや湯浴みがしたいな」

「一緒にする?」

「破廉恥が過ぎる!」

 笑っている様子に誂われたと悟った一帆は溜息を吐き出し、百々代を部屋から追い出した。

(すこしはマシになった、と思いたいな)

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