一二話③
冬の海岸なんてのは人っ子一人いないわけで、誰にも迷惑がかからないと魔法の練習場とする者が一人。
足から擲槍を射出し、その勢いを糧に跳躍や加速を行う零距離擲槍。攻勢に転じれば零距離擲槍や零距離擲槍踵落となるのだが。
今更何をしているかと言われれば、起動をするための条件の一つである左腕の構えを無しに、魔力の集中のみを以て安定起動及び暴発をしないよう調整しているところである。
(魔力の集中のみ、暴発の制限設定したけれどちょっと扱いづらいかも、不発になってたら意味がないんだよね。制限を引き下げた方を試してみようかな)
鞄に詰め込んである魔法莢を取り出しては、丁度いい程度の構えを撤廃した擲槍を探していく。
条件起動、特に一次条件は暴発防止の為にしっかりとした条件を設定し、魔法によっては切り替え機能を設けたりする。
例えば「成形武装を両手で振るう」。これだけであると普段は片手で扱っていても、不意に両手持ちをして小さく振られただけで発動してしまう。故に「両手で構えたうえで、特定振り位置で一定角度を振り抜いた場合」なんていうまどろっこしい設定がされていたりする。
百々代の擲槍も「左腕を引くように構えて、魔力集中箇所で魔力が一定を超える」と発動するようになっている。つまりは魔力を身体の一部に集中させても左腕を引いてさえいなければ発動しないわけで、今までは暴発なく使えていた。
何故こんな条件の半分を取っ払うような真似をしているかといえば、実戦での経験がきっかけであることは想像に難くない。骸ノ武王には結局のところ圧されっぱなしであったのだから。
あんなのは四人で挑むような相手でもなかったりするのだが、何分優秀な四人が手を組んでいるため突破出来ている。出来てしまっている。
(力がなければ守りたいものは守れない。勇者英雄も英雄劇や映像作品で民を大切な人を信念を守るために力を得ていたしっ!)
迷宮絡みで人と関わり膨らんだ感情だ。
百々代はヒーローそのものになりたいわけではない。持っている力、そして前世で本物の勇者に言われた「龍は生まれながらの悪」という言葉から、選ばれたヒーローに成れるだけの資質を持ち合わせていないと考えている。それ故の手の届く範囲なのだろう。
寒風の吹き付ける海岸で百々代は魔法の鍛錬を積む。
―――
「ちわー」
「あー…らっしゃい。寒いのによくだな」
「魔法の練習とか身体を鍛えに出てたついでだから」
「へぇ、それで今回はなにが入り用で?」
「今のところとは特に。魔法の威力不足は感じなくもないけれど、手持ちの魔法莢でどうとでもなるし組んでいる人にすごい攻撃手もいるからね!冷やかしだよ」
「好きに見てってくれ」
雑貨屋の店番は手元の雑誌かなにかに視線を落とし、はらりと頁をめくっていく。
現状の百々代は昨年に西条家が用意してくれた触媒を元に制作した魔法莢が十分すぎる性能をしているので、雑貨屋で平時に扱っている素材を使っても向上する見込みがない。ただそれとは別に店に並べられている素材を見て回るのは楽しいようだ。
「魔力操作式の稼働義手義足ってどういう仕組みになっていると思う?」
「あー?ただの一店員だからなぁ、何をどう使うかなんてわからん。自分で魔法莢作れんなら、この前も頼んでないしな」
「そっか」
「…。そういうのが、あー…義肢が必要な相手でもいんのか?」
「ううん。尻尾があったら便利じゃないかなって昔から思ってるだけ。人の身体って小さく纏まりすぎてて不便じゃない?」
魔物や動物類と比べれば、強靭な爪や牙などがなく圧倒的な膂力もないが、自身の身体に不便を覚えたことのない店番は首を傾げた。
彼女は元が元だから仕方ないのかもしれない。
「…うーん、人型の成形獣作って部分だけ抽出?切り取って?魔法陣に落とし込めばいいんじゃね」
「あー。そういう切り口もあるんだ、ふむふむ。成形獣系に使われる触媒は…、索引事典置いてあったよね?ちょっと見たいんだけど」
「あいよ、ちっと待ってな」
受付の下に潜り、店番はガサゴソと物を漁って分厚い事典を取り出し、百々代は目的に合致する触媒を探していく。
―――
休暇の終わり頃、竃と炭火亭なる宿舎へやってきた一帆と百々代は、受付に事情を話しては大嵐夫妻を呼び出してもらう。
「どうだい、しっかりと休暇を満喫できたいかい?」
「腰を落ち着けて休むことが出来ました」
「わたしは鍛錬に時間を使ってましたっ。空いた時間を自己研鑽に費やすのは楽しいです」
休めているのか甚だ疑問ではあるが、本人が満足そうならばそれでいいだろうと三人は納得し、同じ机に着いて飲み物を頼む。
「次の行き先なんだけど、金木犀領を出て沈丁花領に向かおうと思うんだ。領地を二つ越えた先で遠出になるけれど、大嵐家にもそろそろ顔を出しておきたくてさ」
「沈丁花領を中心に周辺諸領なんかを回る感じ。帰りは年末頃だから三季から四季間の長旅になるねー」
「出立は明日で?」
「二人の準備が終わる頃でいいよ。馬車の手配は終わらせているから何時でも出られるからね」
「私は準備を終えてますので何時でも」
「わたしも直ぐに行けますっ!」
「なんだーやる気満々だねー!よしそれじゃあ明日の早朝に出立しようか、集合場所は――」
二人は長期で領地から離れることを家族に伝えて、翌朝に合流し出立するのであった。
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