一二話②
制服に袖を通し百々代が向かったのは学舎。安茂里家からの手紙が送られていたので、莢研の報紙等が届いているだろうと考慮し、報告書の提出序でに寮の自室を見ていこうということ。
馬車を拾うことは端から想定されていないようで、比較的動きやすい男装で走り門を潜る。学舎から貸し出されている男子生徒用の制服は、いざという時のために卒業時に返却してくれれば良いとのこと。そんな時があっては困るのだが、彼女にあう女子生徒用の制服がないのだから仕方がない。
流石に長期休暇なだけあってすれ違う生徒は疎ら。知り合いを見かけては挨拶をし、「あいも変わらずに喋ると形無しね」などと誂われては職員の詰める部屋へと向かう。
「失礼しますっ!」
「どうぞ」
こちらも疎ら。まあ当然か、教師も人だ長期休暇は必要なのだ。ちなみに非番で来ていたのは雲雀。
「学舎外活動の報告書を提出に来ましたっ!」
「ああ、受け取っておくよ。どうだい、迷宮探索は?」
「大変です!大変ですが目指している先なので頑張れそうですっ!」
「それは良かった。ふむ、この後も継続して大嵐巡回官に同行するのかい?」
「はい。次にどこへ行くかはわかりませんが、卒業までの同行を認めてもらえましたので」
「それはなにより。学舎としては年ニ回の試験でしっかりと結果を出してくれればそれでいいから、無理のない程度に現場を学んでくると良いよ」
「えへへ、はいっ。では失礼しました」
「気をつけて帰ってね」
―――
寮の管理人に声を掛けては溜まった報紙と義姉からの手紙を受け取り、時刻は昼餉時。休暇なのだしどこか外食でもしながら色々読み進めようかと食事処を探しに走り出す。
懐も温かいのだし、と入ったことのない食事処へと足を踏み入れ、茹で章魚、赤茄子と魚介の汁物、乾酪と卵の乗った蕎麦の薄焼きを注文する。
(さてさて。成形魔法による義肢を作り出す魔法は、っとあったあった)
百々代が注目している魔法の一つ。人の身体というのは無理繰りに速く走ったり、跳んでいる最中に身体の制御をしたりするのが構造的に向いていない。ではどうしたらいいかと動物をみて学んだことは、尻尾がないということであった。
地上でも空中でも方向を調整するための舵の為、魔法で尾を作り出せば便利に立ち回れ機動力の向上につながるのではないかと昔から考えているのだ。そんな中、成形武装の強度と成形獣の操作性を用いて義手義足に応用しようとする記事を見かけては、「これだ!」と大注目なのであった。
初めて見たときから二年程、半ら形になって一部の試用者からの声を元に一般化へ漕ぎつけようとする段階にまで迫っているらしい。
(おー、完成してきてるんだっ。実物とかみてみたいなー。…ん?一般化を速く進めるために少額からの出資者募集、出資者には研究所の見学や簡単な資料の送付。なるほど…見学に行ける余裕はない、というか特別局員だし必要はないけれど、資料は興味がある!流石に魔法陣と触媒なんて乗ってないと思うけれど、大まかな仕組みなんかは乗っているはず!)
とはいえ出資とはいくら位が相場と悩み、こういったお金の事は貴族である西条家に行って相談することにした。
丁度読み終わり、報紙を鞄に蔵った頃合いに注文した料理が配膳されて、ぷりぷりで甘い香辛料の効いた茹で章魚に舌鼓を打つ。
「おいひ」
章魚は百々代の好物。蕎麦の薄焼きもだが産地が島北部、天糸瓜港よりも北な影響で少しばかり値が張るのが難点だったりする。
―――
「あら、おかえりなさいませ百々代お嬢様。学舎外活動からお帰りになったのですね」
「昨日に戻りましたっ、今日は顔出しと養父様に相談事をしたく」
西条家のお屋敷に入るや侍女が待っており、百々代は小さく驚く。門から入ってくる姿を見ていたのだろう。
「畏まりました。…ところで、何故に男性用の制服を」
結衣の許へ友達が遊びに来ているということなので、急ぎ向かってみれば仲良し三人娘が揃って百々代へ視線を向けた。
「おかえりなさい百々代」「やあやあ!」「こんにちは」
「えへへ、ただいまです」
椅子に腰掛けてはお茶をいただき、一息つく。
「学舎帰りに寄ったの?」
「はいっ、養父様に相談したいこともありまして」
「お父様に相談事を?」
「魔法莢研究局の一部署へ出資したくて、どれくらいが相場なのか尋ねようと」
「出資…、貴女なにを企んでいるの…」
「これですこれっ!」
「義肢の成形魔法?ふぅん、医務局にも関心があったなんてね」
「医務局は別になんですが、技術的に応用できそうなんでちょっと資料がほしいなぁって!」
「欲しいのは資料だけ?見学もできるみたいよ」
「見学は出資なしでも特別局員って肩書があるんで、手続きさえすれば可能です」
「そういえば百々代ちゃんって特別魔法莢研究局員だったね」
「つくづく意味のわからないわ。…とりあえずお父様が帰ってきたら相談ね」
「はいっ!」
茶菓子を食みながら百々代のいなかった間の話をして、少しすればまた出立と聞いては眉を顰めたり、賑やかな歓談の時間である。
「ところで一帆さんとはどうなのよ?」
「迷宮の探索を頑張りましたっ!」
どう、とは二人の関係に進展があったのかどうかを尋ねる意味だったのだが、この朴念仁には通用しないらしい。
「まあそうよね、寧ろ安心したわ」「一帆さんと百々代ちゃんの二人だもんね」「安心するね」
いかがわしい事はないものの、同衾を二度しているのだが、そんな事を知る由もない三人娘であった。
―――
西条嘉人。彼は島政省造船総理局の政務官であり、いくつかの大型船舶を所有する大船主であり、秋桜街の代表者である。
百港国に於いて島々を行き交い物資の運搬などを担う船の持ち主、船主という地位は大きな利益を生み出せ、その上で造船総理局員ともなれば行く行くは局長職にも着ける。加えて領主である篠ノ井家とも縁繋ぎができ、愛する家族にも囲まれている、人生の絶頂にあった。
養子とはいえ新しい娘は齢一七ですでに魔法省への覚えも目出度く、一帆と並んで出世頭間違いなし。学舎での順位は第一座、市井出身ということに驚くほかない。
そんな薔薇色な人生の嘉人に、養子の百々代から莢研へ出資がしたく、相場がどれくらいか知りたいなんて相談がと来た。
「報紙を見せて貰えるかな?」
「はい、こちらですっ」
「出資者の募集にも大きく分けて二つあって、大口の出資金を求める代わりに利益を得られた時に多少の返礼のある場合。西条は違うが造船時にも似たような募集がある、複数の船主で船舶を所有するね。そしてこの見返りは少ないが少額でも出資金が欲しいという類いの二人だ。一応こういった少額の出資でも名前を覚えてもらえ、上手く行った際に優先的に販売などを行ってもらえたりもする」
西条家の事業を交えて話すのは、同席している他の子供に聞かせる意味合いもあるのだろう。
「つまりは本当に少額でも問題ない。五〇〇賈でも一〇〇〇賈でも。研究室というのは魔法省以外でも金子に余裕がないみたいだから、いくらでも喜ばれるはずだ」
「なるほど、では特別局員の西条百々代とする場合はいくらが良いでしょうか?」
「百々代くん個人で出すとしても貴族家に属している以上は、五〇〇〇賈くらいを捻出する方が見栄えは良いね」
「ご意見ありがとうございますっ!」
そのくらいなら問題ないだろうと結論付けて、相談に乗ってくれたことに対して礼を言う。
「ところで――」
なんで出資をしたいのか、という質問に結衣へ行った説明を再び行う。
「資料がほしいと。ならばこちらからもいくらか上乗せで出して、見学の権利を結衣に渡してもいいかい」
「問題ありません」
「結衣はどうだい?医務局に繋がる技術でもあるから、行ってみて損はないと思うのだが」
「まあ!ありがとうお父様!実は興味があったのよ」
ものの序でで娘からの株を上げた嘉人は満足そうである。
「ではこちらで手続きは行っておこう。西条嘉人と西条百々代の名義でね」
「お願いしますっ!」
(戦争の機運はないが平穏なんてのは何時までも続くわけではない。有事の後には必要になる技術だ、投資先としては悪くない)
船理局というのは戦事に関して敏感な場所でもある。なにせ周囲全てを海に囲まれた島国、対外戦争が起こるのであれば海戦は必須。
治癒の魔法も欠損した四肢まで生やすことは敵わないため、こういった技術は重要なのだ。
そんなこんなで面白い話を聞けたと、嘉人は真面目な表情で書状を用意する。
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