一二話①
未草街から旅立つこと二日。喧騒の懐かしい金木犀港に戻ってきた時には舞冬季になっており、学舎は既に冬季休暇になっている頃であろう。四人は迷宮管理局金木犀所へと向かい、報酬の受け取りを行うことにした。
魔法省の一局その地方所なのだが、金木犀領は天糸瓜島で二番目に大きな領地で港ということもあり、それなりの人が見受けられる。
「ん?お、おおっ!大嵐と久しい顔触れじゃねえの、なんだぁそうかもうそんな時期か」
ガッチリとした肉体で実剣を腰に佩いた男、上市場直弼が機嫌が良さそうな表情で歩み寄ってきた。
「機嫌良さそうだね、いい感じの報奨金が出た感じ?」
「まあなどこも忙しいから懐が温けえや」
「お久しぶりです上市場さん」「お久しぶりですっ!」
「久しぶり!ちょっと見ないうちにもう学舎外活動か、年取ると時間の流れが早えもんだ。これから金子の受け取りか?」
「ああ、そんなところだよ。二人のお陰で僕たちも随分と楽に、そして速やかに仕事を終えられて懐が暖かくなりそうだ」
「んじゃ今度飲みに行こうぜ、少しは金木犀港にいるんだろ?」
「ああ、皆にもよろしく行っておいてくれ」
「あいよ、頑張れよ若者!」
「はいっ!」「はい」
四人分の報奨金を携えて直弼はご機嫌な鼻歌交じりに人並みを分けて進んでいった。大嵐夫妻はそこそこ有名らしく、所々で声を掛けられ受付に到着する頃には少しばかり時間がかかっていた。
初めての手続きということもあり、懇切丁寧な説明を受けて不識の代金を天引いた四七〇〇〇賈を百々代は受け取る。紙幣であってもかなりの厚みであり、贅沢をしないのであれば一年は余裕で暮らせる金額に目を白黒させ。その後は領地への年間収入に応じた上納金、金子を預けることの出来る銀行等の説明を受けたりと中々に覚えることの多い一日であった。
ちなみに百々代は既にどちらの手続きも、識温視の魔法莢で学んでいるので一帆が主だ。
「それじゃあ僕たちは『竃と炭火亭』っていう宿屋に滞在してるから、一〇日後くらいに顔を見せてくれ」
「しっかりと休むんだよ二人共、じゃあね!」
「それではまたっ!」
「丁寧にありがとうございました」
二手に分かれて馬車を拾い一旦の別れ、「また馬車か」とうんざりする一帆の横顔を見て百々代は小さく笑う。
―――
安茂里の家に帰った百々代が荷物を置きに自室へ戻る途中、友達に出会い。
「百々代おひさ〜」
「文、おひさー。…?どうしてウチに?」
「おっ、いきなりの小姑いびりか?中々やるなー!」
「??」
「???」
互いに首を傾げる二人。
「学舎ってところに十夜と結婚しましたって手紙送ったはずなんだけど」
「暫く学舎を離れて迷宮に潜ってて、学舎に寄らずそのまま帰ってきたんだっ、…!十兄と結婚したの?!」
彼女は安茂里文、安茂里家の長子である十夜の妻である。
「見てなかったか〜、返事が来ないと思ったらそういうね。散秋の真ん中くらいに結婚したんだ、義姉としてよろしく頼むよ義妹ちゃん」
「わー、おめでとー!どうしよう、なんにもお祝い用意してないや」
「ありがと〜、でもお祝いなんていいよ。手伝いの小遣いやり繰りしてるんでしょ?」
「ふふん、既に収入があるんだよ。工房で作る新しい魔法莢の設計をしたのも私なんだから」
「へ〜、じゃあなんか貰っちゃおうかな」
「楽しみにしといてよっ!それじゃあ思い立ったがなんとやら、出かけてくるから!」
パパッと荷物を自室に押し込んでは肉体強化を起動して全力で走り去っていく。
「…今から行かなくても」
「百々代の声が聞こえた気がするんだけど…?」
「結婚祝いを買いに出ていっちゃいましたよ、お義母さん」
「手紙は読んでなかったんだね」
「学舎寄らずに帰ってきたみたいですよ」
「なるほどねぇ」
その後、百々代がたんまりと買い込んできた食材を、京子と文必死の思いで調理したとか。
―――
賑やかな食事を終えた百々代は自室机へと向かい、学舎外活動の活動報告書を書き上げていく。きっちりとした内容で書き上げれば授業を受けたことになり、成績がもらえるのだから、書かないわけにいかない。
とはいえ試験は完全免除とはならないために、独自で勉学を励む必要がある。それゆえに学舎外活動者は成績優秀者に限られるのだ。
報告書を書き終えた百々代は筆を置き、星星が煌く寒天の夜空を眺めては首に下がっている真鍮の勇魚取り出す。片時も手放さない、一帆から貰った大切な宝物だ。
部屋を見返せば触媒の端材や前の擲槍や纏鎧と自身の歩いてきた道程が飾られており、人としての生涯を満喫する自身に微笑む。
(前の生涯ではわからなかったけど、人として生きるのはこんなに楽しいなんてね。前世の記憶や力なんて異物でしかないけれど、おかげで十二分の楽しめているんだから不思議な巡り合わせにも感謝しないとね。三天魚様のおかげだったり、えへへ)
夜空へと微笑みを向けては、小さく礼をして灯りを消して寝台に横たわる。
―――
日を跨ぎ一帆の自室、彼もまた報告書に手を付ける一人だ。こちらお成績優秀者であり、さらさらと書き終えては使用人に渡しては学舎に届けるよう指示を出して、短い休暇をどうするか考え。
暖炉の前に椅子と小机を運び積み上げた舞台台本を読んでは、次にどんな観劇へ百々代を連れて行くかなどと思想する。彼の首にかかっている彼女お手製の玉髄山椒首飾りを取り出して、大切そうに撫でては視線を台本へ向ける。
「兄上入りますよ」
「英二か、いいぞ」
入室してきたのは英二、篠ノ井家の嫡子だ。家督も領主としても関心のない一帆は、そういった事に人一倍関心を示していた弟へと丸投げしている。
「珍しいな、お前が俺の部屋にやってくるなんて。嫌われていると思っていたんだが」
「同じ椅子を取り合う相手ではなくなりましたから、邪険にする理由もありません。それに優秀な事は確かなんで」
「ふっ。それで何の用だ?」
「魔法を教えてもらおうかと思いまして。来年は僕も学舎に入学する歳ですから」
「まあいいが、苦手な分野でもあったか?」
「ありません。が、篠ノ井の者として実力を示さなくてはなりませんので」
「見てやるが…運が悪かったな」
「どういうことでしょうか?」
「俺は知っての通り学舎での成績は二番手だ。筆記は兎も角、実技でな。数年はアレと比較されると思うと運が悪いとしか言い様がなくてな」
「…。あぁ、義姉になる方ですか」
「そうだ。あんまり気負いすぎない程度にしとけよ」
「…兄上は変わりましたね」
「変わるさ、生きているのだからな。負けたのは悔しかったが、それ以上に頼もしい相棒として信頼しているんだ」
「へぇ、それじゃあ義姉上に教わった方がいいですか?」
「実力の底上げをできる事は確かだが…お勧めはしかねるぞ」
思い出されるのは別行動中に窶れてた結衣の表情だ。
「出来るまでやれば出来る、という奴だからな…。特訓を押し付けられていた養子先の友人が窶れていたぞ」
「…。では兄上よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
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