一一話⑦
「小剣ですか?」
嬉嬉として持ってこられた迷宮遺物は短い片刃の剣、小脇差しと呼ばれる類の刃渡り一尺の刀剣。
「ああ、だがなただの小剣じゃない。迷宮遺物の不識っていうんだが、効果は短時間だけ認識の阻害を思わせるもので、実際に使ったほうが早いか。確か宝物殿で見つかった迷宮遺物は、発見者らに一時的な所有権が認められましたよね?」
「ああ、出るまでの間ね。試してみるといいよ」
一帆は鞘から抜き取った不識を手に持ち、呼吸を止め息を潜めては二歩三歩移動する。すると大嵐夫婦の視線は元いた場所のままであり、呼吸を行うと小さく驚く。
「ふっ、こんな感じだ」
「?。ただ歩いただけですよね?」
「…。もしかして視えていたのか…?」
「はい」
「お二人は?」
「僕は追えてないね、気がついたら視線から外れていたよ」
「私もー」
細視遠望の青が如何に厄介かを実感させられた一帆である。
「ふむ、どう視えているんだ?」
「普通に歩いてるなーって。ただ…若干意識が逸れそうになるんで、一切の効果が皆無ってわけじゃあ無いと思うんですが、目の前で使われても意味はないですねっ」
(そういえば透明化の魔法も視覚情報を精査して看破していたな、歩く際の土煙と足跡、その延長か)
生まれた時、生まれる前から持っている力だけに何気なくちょっと目が良い程度に使っているが、青の瞳も大概とんでもない異能だ。
「まあいいか」
「とりあえず戻ろうか。宝物殿に迷宮遺物以外はあったかい?」
「ふふふ、なんとね!じゃじゃーん、高級そうな箱に楕円形の金貨が入ってたよ!」
「…大当たりだな。結構な臨時収入になりそうだ」
苦労に見合った宝物に宗秋は相好を崩し立ち上がる。
―――
細々とした回収や調査作業は防衛官らに任せて、宿舎に戻った一行は早々に食事を終えて泥のように眠る。
「…。なんで俺の部屋で寝てるんだよ」
湯浴みを終えて自室に戻ってきてみれば、寝台に横たわりぐっすりと眠る百々代の姿。頬を突こうが声をかけようが起きる気配はなく、諦めて隣に横たわる。
(いい匂いするな、使っている洗料が違うのか?)
心安らぐ甘い香りに、百々代も女子なのだな、と思いながら寝台と寝具を共にして眠りにつく。
(寝具が温まっているのは…悪くないな)
―――
さて、防衛官の調査が終わり、改めて活性化は認められなかったことから一行の戦った首魁である骸ノ武王、鬼討ちの落燕大口魚井之護位は珍種か若しくは虹彩異色の者と相対すると変化する可能性があるということで、確かなことが判明するまでは瞳の色が左右で異なる者の潜行が禁止となった。
加えて疎通可能な人語を話し名乗りを上げたことで、それに見合うは国の割当作業等々が始まり局員職員ともに忙しそうである。
疎通可能ではあったが彼の落燕が百港語を話していた訳ではなく、翻訳作用が働いただけ。名乗りもラクエンタライノモリと聴こえており、何処に割り当てられるかは多くの時間を要することになるだろう。
「不識だけど、購入の優先権は僕たちにある状況だ。僕は必要ないから二人が買わないのであれば、迷管預かりになって競売にかけられることになるんだけどどうする?因みにお値段一三〇〇〇賈だよ」
「後方の私には必要ないですが、百々代が買わないのなら蒐集目的で購入しようかと」
「いちまんさんぜん…これって条件は呼吸を止める事なんですよね?手に持ってなくても使えます?」
「正確には呼吸を潜めてからの僅かな間だ、潜めている間全てではない」
「なるほど、試してみても?」
「構いませんよ」
鞘に納まった不識を帯革に差し込み、息を潜めるふりをし一度右へ視線誘導してから左へと切り返せば、視線が追ってくることはなく納得する。
(咄嗟に使えるかは置いといて、便利なのは確かかな。持ってて損はないねー)
「流石に持ち合わせが足りないので、報酬から天引きで購入しようかと」
「畏まりました。証書を用意しますね」
「少し前まで工房手伝いのお小遣いでやり繰りしてたのに、金銭感覚が可怪しくなりそうです…。市井なら結構なお給料ですよ、一三〇〇〇賈」
「まあ命かかってるし、報酬は戦力を整える資金としての一面もあるから相応なんだよ。迷宮遺物の値段もね」
「それじゃあ一日二日休んで金木犀港に戻ろうか。迷宮管理局金木犀所で報酬の受取とかも教えたいし」
「はーいっ」
―――
「ももよお姉ちゃん!」
「こんにちはっ、いよちゃん」
「こんにちはー!」
明くる日、先日のお礼にといよのご両親が感謝の礼として菓子折りを持ち、迷宮管理区画までやってきていた。
「先日はいよを送り届けていただき、本当にありがとうございました。こちらはいよと一緒に作った甘藷の焼き菓子です、お口に合えばよろしいのですが」
「もしかしていよちゃんが食べたいって言ってたお菓子ですか?えへへ、ありがとうございますっ」
「がんばって作ったの!」
「お菓子作りできるなんてすごいねぇ」
えへへ、と笑ういよを見て百々代も相好を崩す。
「今度からは迷わないようにね」
「うん!きをつける!ねえねえ、また来てもいい?ももよお姉ちゃんとあそびたい!」
「あー…実はお姉さんもう帰っちゃうんだ、ごめんね。あっちこっちに回るお仕事でね」
「そうなの?」
「…うん」
笑顔が陰り寂しそうな表情を見せるも、パッと笑顔を咲かせて。
「じゃあ今日あそぼ!」
「いいよっ、何して遊ぼっか!」
管理区画から出て二人は賑やかしく遊び回ったのであった。
―――
「あっ!貴女が百々代さんですか?」
「はい、そうですけど」
金木犀港へ旅立つ前、紙束を抱えた防衛官らしき者がパタパタと駆け寄ってくる。
「先日はありがとうございました!いやぁここへの配置を望んでしばらく、ようやく本懐を遂げられました!」
「??」
「ああ、すみません!ちょっと徹夜明けで興奮してまして!偽覇王樹擬擬を発見してくれたことと、採取をせずにその場に残してくれたことです!」
「あー!ならその手にあるのは研究の資料ですか?」
「はい!お陰様で研究が捗りそうです!時折防衛官や巡回官が迷宮で見つけるのですが、偽覇王樹と間違えて採取したり擬と間違えて潰されたりと、なかなか迷宮に生っている物はみれなくて」
「擬擬は元の二つとは同じ迷宮に現れませんよね?」
「あんまり認知されていないのです…」
がっくりと肩を落とし疲労感のある表情を見せる防衛官からは、今までの苦労を窺える。
「お役に立てたのなら何よりですっ!」
「改めてですがありがとうございました!それでこちらがお礼なんですが、あったあった模写した偽覇王樹擬擬の絵です。私謹製で」
「どうもありがとうございますっ」
絵画の実力は十分なのだが、被写体が被写体だけに独創的な一品である。ありがたく受け取って百々代は未草街を後にした。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




