一一話⑥
(両手が塞がるのは嫌だけど…放電自傷が厳しいから)
数度の連撃を受け流すだけでも纏鎧が削られており、再生で防御性を高めるために大太刀を正面に構えては腰を落とし戦いに臨む。
「半身を使うか、それも良かろう。…キェエエエエ!!!!!」
落燕は大太刀を天高く掲げ腰を落としては猿叫をしながら振り下ろし、防御など一切なしの猛攻撃を始めた。その剣筋は上から下へ振るだけの簡単なものなのだが、音を置き去りにするほどの神速と肉体強化と纏鎧を用いても圧される猛襲には百々代の顔を引きつるばかり。仮に二つの魔法がなければ防御をした瞬間に守りに構えた大太刀諸共頭蓋にめり込んで死んでいただろう。
(剣で受け止めてるのにッ、纏鎧が割れてるんだけどッ!確実に、選択を間違えたねッ。…速い、速いけれど上から振り下ろすのみの一辺倒。目も慣れてきたし、…今ッ!)
振り下ろされる瞬間に剣筋を読んで大太刀に大太刀を這わせて軌道を逸らし、僅かな隙を突いて左腕を引いて零距離擲槍で後ろへ飛び退く。
(次、同じ状況になるのは拙い。蘭子さんは圧縮に専念しているし、さっきみたいに擲槍を斬り捨てられれば耐えきれる余裕はない)
機動力なしに渡り合うことは敵わない、大太刀を片手で肩に担ぎ左手はいつもどおりの構えで、攻撃を避けながら細々と反撃を繰り返す。幸いなことに防御と攻撃に用いている武器は非常に高い耐久性があるようで、刃こぼれの一つも見つけることが出来ない。鋸剣ですら及ばないということでもあるのだが。
無理に刃を合わせず、回避を中心に立ち回り時折に金の瞳で捉えては恐怖心を煽って擲槍で加速した剣撃を撃ち込んでいれば、視界の端で小さく頷く一帆と蘭子。
(こっちの準備は終わったぞ)
(りょうかいッ!)
目止めが合えば伝わる意思、向こうからの指示が無いことから時間稼ぎと視線を釘付けにしていれば十分なのだろう。とはいえ何もしないわけではなく、味方を視界に入れないよう位置取りをし殺意を込めて怯え壊す金で睨めつけた。
「キェエエエエ!!!」
微かにブレる剣筋だが、落燕そのものには影響はほぼない。対生物相手では精神に作用する都合上、効き目に斑があるのだろう。然し非生物、思考や精神を持たない物質であればその限りではなく、ガタガタと堅牢な大具足が震え上がり罅が入っていく。攻撃手段を奪うために大太刀を見た際は、あまりの速さに上手くいかなかったが鎧であれば動きは少なく問題はない。
そして落燕が踏み込んだ瞬間、足元の床材が砕け散り勢いよく転倒した。対象を指定しなかった弊害、目に映るもの全てを金は壊していたのだ。
「今だよッ!」
この状況でも防御が出来る可能性を思考し、迫りくる魔法射撃を避けようともせず全身全霊の浴びせ斬りを右腕へとお見舞いし、切断した。
先ずは罅割れた鎧の隙間へ打ち込まれた凍抓。鎧の内側で炸裂したそれは落燕の鎧を内側から切り裂き背中を露出させ、蘭子の撃ち出した二〇もの擲槍はその一点目掛けて飛来し貫いていく。
床に脚を取られて転倒し右腕を斬り落とされ、背中から無数の槍で刺された落燕は口から血を吐き出し、面頬の奥から百々代を見据えている。
「…人を、…友とする悪鬼。いや…悪鬼ではないのかもしれぬ…な。異彩の鬼よ、鬼討ちを取った事…誇ると良い。我が名は……落燕大口魚井之護位、…刻…め」
力尽きると首魁は煙を発し、肉体は霧散して元の骸骨、骸ノ武王へと戻っていく。
「……わたしは、西条百々代です」
一人で無数の骸骨兵と戦っている筈の宗秋に視線を向ければ、向こうも向こうで方がついたらしく疲労困憊な表情で手を降っていた。
終わった、と倒れれば罅だらけの硬性纏鎧は砕け散り、全身に疲労と痛みが押し寄せていくる。
「大丈夫か百々代」
「はい、大丈夫です…。緊張の糸が切れちゃっただけなんで。…あの変化って活性化なんでしょうか、それともわたしのみを悪鬼と言っていたので、眼に反応したんでしょうか?」
「…そういうのを考えるのは後でよくないか」
「そうだよ、あんなのと戦ってたんだし先ずは戻ろう。宗秋もお疲れー、そっちも大変そうだったね」
「百々代さん程じゃないけどね、暫く動きたくないな。ふぅ…二人には宝物殿の回収をお願いしてもいいかい」
「まっかせて!」
まだまだ余裕のある後衛二人に宝物殿の回収を任せて宗秋は座り込む。
「お疲れさん」
「お疲れ様でした」
「首魁の変化だけど、迷宮の活性化は見られないし百々代さんの瞳は公にされている情報ではないから、珍しい個体を引いたって事にしようと思うんだけどいいかな?」
「はいっ。わたしの事を異彩の悪鬼と言っていたので、瞳の色が左右で違う人と相対すると変化する可能性がある、という筋書きも加えましょうか?」
「ああ、そうしよう。詳しいことについては一帆くん伝で篠ノ井慧悟様に、迷管上層との情報共有の有無を任せちゃおう」
「…。大変ですね、巡回官って」
「ははっ、こんなことそうそうない。…と言い切れないのが昨今の迷宮事情だな、活性化の影響で。進路を変えたくなったかい?」
「そうみえますか?」
「全然」
「良かった。……先日史料館に行く途中、迷子の女の子を送り届けたんです。そして史料館では館長さんのお話しを聞きましたし、片栗街では市場や雑貨店に行って、港以外の街々にも多くの人が迷宮とそう遠くない場所で暮らしてるんです。皆が安心して日々を過ごすためには、誰かが迷宮に潜って頑張んないといけないんだなって。えへへ、やりがいの有りそうなお仕事です」
「命を懸ける価値があると?」
「ええ、歴史に倣おうかなって」
「平穏は誰かの犠牲と努力の賜物、か。生き急がないでくれよ、僕らは君たちの大切な仲間なんだしさ」
「はいっ!簡単に引退しないためにも鍛錬と魔法研究は惜しまないつもりです!」
「逞しいなぁ…」
「なんかすっごいの出たよーー!!」
宝物殿を漁り終わったであろう二人は賑やかしく戻ってきている。どうやら結構な品物を見つけたのだろう。
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