二話⑤
一帆と百々代の魔法莢を試しては話し合いをするという日々は、一〇日前後に一度行われ四季《半年》の時が流れていた。
ほんのりと肌寒さを感じる中、外套を羽織っては篠ノ井屋敷を訪れ、同好の士と魔法について話し合える環境は二人にとって有意義であり、身分差はあれど友人と言っても過言でない関係となっていた。
「今更なんだが…その目蓋の裏にはなにがあるんだ?」
「え?普通に瞳がありますよ?」
「今の今まで一度も見てなかったのでな」
「別に見ても面白いものじゃないですけどね。見たいなら見せますけど」
「いいのか?」
「減るものでもないので。…、変わった色をしているので隠しているだけです。ちょっと待ってくださいね、準備しますので、心のっ!」
開いているのかイマイチわからない瞳を手で覆い隠しては、息を整えて左右で異なる瞳を一帆に晒す。
「……。……。…綺麗じゃないか」
「あ、ありがとうございますっ」
「隠しておくのは勿体ない気がしなくもないが…。その瞳を見たことのある者は多いのか?」
「家族と、赤子の頃にわたしを見た人くらいですよ。…初めて鏡を見たときから隠してるんで」
(目に前世の力が宿っている事に気が付いたのが鏡を見た時なんだよね。生まれたてですら暴発してなかったから、問題はなさそうだけど…危険物だし)
「ふぅん。なら隠しとけ、…特別感があって嫌いじゃない」
「あ、はい」
「~♪」
ご機嫌に鼻歌を奏でる一帆は何をするでもなく無為な時間を過ごす。こういった日は稀にあって、百々代も付き合うようにお茶を楽しみながら雑談に付き合ったり、一人魔法の見聞を深めていたりする。
「そうだ、今度観劇に行かないか?女子はあまり興味無いかもしれないが、天糸瓜大魔宮を踏破した英雄、姨捨古永を主題とした演劇が始まるみたいなんだ。お互い頑張っ」
「行きたいですっ!!今季末から上演の巌桂大劇場でのやつですよね!?」
「お、おう。そうだが、凄い食いつきだな。じゃあ行くか」
「でも、わたしのお小遣いじゃあ絶対足りなくて、どうしよう…」
「俺から誘ったんだ、それくらい用意してやるよ」
「あ、ありがとうっ!この恩は一生忘れないよっ!!」
天にでも舞い上がりそうな百々代は満面の笑みを輝かせては、そわそわと落ち着きを失う。
「然しそんなに興味があったとはな」
「えへへ、その、わたし勇者の物語が好きで」
「ひーろー?」
「あっ、えっと、外つ国、の言葉だと思います。英雄とかそういう意味の――」
紅潮させて上機嫌だった表情から一転、顔面を蒼白にしながらしどろもどろに言い訳を探す。あからさまに怪しく、説明する度に墓穴を掘っている状況だ。
「外つ国の言葉を格好いいと思う人はいなくもないが、最近は良い噂を聞かないから変な疑いを持たれぬようにな」
(…この言動は嘘だな、整合性が無さすぎる。なにかしら隠しているのだろうが…隠したい秘密の一つや二つ容認できぬようでは、器の狭さを公言するようなものだ。大目に見ておこう)
「は、はひ。気をつけます…」
―――
篠ノ井家の茶会に送り出してから、ご令息に気に入られた末子に些か不安を覚える事もあった家族らだが、土産話を楽しく語っていたり菓子の土産を持たされて帰ってきたり、徹底した送り迎えを見るに甚く気に入られていることは理解出来、安堵していた頃。観劇に誘われたなどと言われては、ご令息が懸想をしているのでは無いかと考えるのは当然の帰結で。
身分差の恋愛とは悲恋に終わることが定番として語られるが故、安茂里家の一同は不安に駆られていた。
「ご迷惑をお掛けしないように最大限気をつけるのよ」
「ご迷惑を掛けないよう楽しんでこい」
「興奮しすぎないように気をつけるよっ」
バッと走り出したかと思えば、居住まいを正し落ち着いた歩みで篠ノ井家の馬車へ向かっていく。扉が開かれて金髪の美少年が顔を見せれば、家族らへと微笑みかけ小さく礼をしてから百々代の手を取り迎え入れる。
「相手が男爵様や爵士様のご令息ならまだ限限、…と思えなくもないのだがな」
「…伯爵様のご令息じゃあ釣り合いが取れないなんて話じゃないわね」
「話通り魔法好きの方で、そういった感情はないんじゃないか?」
「自分より背が高い相手はなぁ…」
「レイギサホーを教わってるけど、中身は全然お子様じゃん」
兄からは散々な評価。
「お前たちも何れわかる。男にはな、ひと目見た瞬間にドンと鎚で殴られたような感覚に襲われる時が来るんだ」
「…。」
「へぇ」「そっか」
長男の十夜は心当たりがあるのか、一度瞳を反らして口を閉じ。弟二人はつまらなさそうに母屋へと帰っていく。
「な、なあ親父。ちょっと相談があるんだけどいいか?」
「おう、どうした?」
「親父はどうやって母さんと、その口説いたりしたんだ?その詳しい話はいいんだ正直親の惚気なんてキツイから、取っ掛かりを知りたくてさ」
「はぁん。お前も年頃だったんだな。…いいだろう、息子のために父さんが一肌脱いでやろう」
庭の片隅、父と子の作戦会議が始まったとか始まらなかったとか。
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