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一一話③

 外套を羽織り管理区画から出て未草ひつじぐさ街へと歩いていくのは百々代(ももよ)一人、いつも一緒にいる一帆かずほは寒いからと宿舎に籠もっている。

 彼女が向かうのは史料館。いい機会だからと足を運んで郷土史や迷宮と人との関わりを学んでいこうということらしい。

(昼間でも冷えてきたなぁ、そろそろ雪も降りそう)

 衣嚢いのうに手を突っ込んで足早に史料館へと走っていく。

 さて、いくらか走っておくと啜り泣く少女が道端で座り込んでいるではないか。怪我でもしているのかと歩み寄り、視線を合わせるために跪き声を掛けた。


「どうしたの?転んで怪我でもしちゃった?」

「…ううん」

「なんで泣いてるのか教えてくれるかな?」

「おうち、…わかんなくなちゃった」

「そっか、迷子かぁ、じゃあお姉ちゃんと一緒に探そ?」

「…すん、うん」

 涙でべちゃべちゃになってしまった顔を綺麗に拭いてあげ、落ち着くまで待ってから百々代は少女を負ぶる。

「お名前はなんていうの?お姉さんは百々代っていうんだけど」

「いよ。」

「いよちゃん、可愛いお名前だねっ!どっちから来たかとか分かる?」

 首を横に振る様子から、あちこちを彷徨って迷子になったのだろう。


(迷宮管理区画に近い郊外だし結構歩いてきちゃったんだなぁ。近くに警務官がいればいいんだけど、金木犀港とちがってそんな点々と派出所がないんだよね)

 時刻は昼前、朝から歩いててもそんな遠くまで歩いてこれない踏んで、未草街の端から聞いて回ることにした。

 半時(1じかん)ほど家々を訪ねて回り、ようやくいよを知る者が現れ家の場所を聞けば、現在地からはそこそこ遠い場所。向かう方角を見事に間違えていたらしい。


「えへへ、もうちょっとで帰れるよっ」

「うん、ありがとう百々代お姉ちゃん!」

 緊張の糸が解けたからだろうか、ぐぅといよの腹の虫が演奏を始めた。それなりの時間を彷徨い歩いていた事を考えれば当然か。

「どっかで昼餉にしてからお家に帰ろっか。なにか食べたいものとかある?」

「甘いお芋のお菓子!」

「いいね、お姉さんもそれ好きだよっ」

 甘藷かんしょの揚げ菓子を注文した所、彼女の想像していた物とは違ったらしいが、美味しく平らげ満足気な表情である。

 ある程度の方向と場所は教えてもらったのでおおよその位置まで歩いた頃。いよは百々代の背で寝息を立てっており、起こさないよう場所を訪ねながら進めば母親らしき女性が走り寄ってきた。


「いよっ!よかったぁ、」

「いよちゃんのお母さんですか?」

「はい、昼餉にも帰ってこないから心配で近くを探していたんです。うちの娘を連れてきてくれてありがとうございます」

「当然のことをしたまでですよっ。寝ちゃってるんでお家まで運びますね」

「お願いします」

 寝台に横たわらせ、可愛らしい寝顔に相好を崩しながら、迷子ちゃんをしっかりと家に届けられたことに安堵する。


「わたしはこれで失礼しますねっ」

「本当にありがとうございました。お礼に伺いたいのでお名前等をお聞きしても?」

「西条百々代です。所在地が迷宮管理区画とちょっと遠いんでお礼とかはお気になさず、それでは」

 口ぶり的に魔法師、つまりはそれなりの血筋。どうお礼をしたものかと考えていれば、ひょっこりと本人が帰ってきて。

「未草街の史料館ってどっちですかね?」


―――


 それほど遠くない距離、およそ四半時(30ふん)弱の移動で到着した百々代は史料館職員に説明を受けてから、展示品や史料などを見て回る。

 迷宮内で入手したと思われる骸骨兵の武具なども手入れされて飾られ、昔はどう対処したかという勇姿が語られ、郷土史の一介を垣間見ることが出来た。

(わぁ、大きな大鉈だ。この前にぶん投げたのより全然大きい)

 壁に掛けられ鈍い光を反射している大鉈は持ち手まで含めて一八尺(540センチ)ほどもあり、使い手たる大骸骨がどれだけ大きかったのかを夢想させられる。


「この大鉈は見応えがありましょう。全長を四間弱(7メートル)の大骸骨へ当時の未草子爵が手勢と共に討ち取った、有名な戦利品の一つなのですよ」

「そうなんですか、持ち帰るのも苦労しそうですね」

「持ち帰る際には力自慢の者が二人がかりで担ぎ運んだと言われております。こちらで手入れをする時は五人がかりですがな、はっはっは」

 パチンと自身の頭を叩いて哄笑する年配へと視線をむければ、胸元には史料館館長と書かれた札が下げられている。


「史料館の館長さんでしたか。どうもはじめまして、白秋桜しろこすもす子爵家の西条百々代です。迷宮に潜る者として少しばかり未草街の歴史を学ぼうとお邪魔しております」

「これはこれはご丁寧に。館長を務めております、松藻池まつもいけ男爵、国府町こきふちょう義彬良よしあきらと申します。お若いお客さんが珍しくついつい差し出口をしてしまいましてな、はっはっは、大目に見てくださればと」

「差し出口なんてそんな、是非是非に未草街と迷宮の歴史をご教授願えればと。物を学ぶには筋立った方が飲み込みやすいので」


 百々代の態度を甚く気に入った義彬良はパッと笑顔を見せて、迷宮の発生から街の成り立ちを嬉嬉として説明していく。職員は「ああ、可哀想に」などと小声で話しているが、勉学座学が嫌いではない彼女自身楽しく耳を傾ける。

 語りの始まりは百港国がまだ数多の国で溢れかえっていた頃。優秀な魔力質を持つ者たちが現れた城郭迷宮に潜行し金属鎧や鉄砲、火薬などの武具を持ち帰ってきては、周辺諸国へと武力と金属資源を示し優位に立ち振る舞っていた。とはいえ迷宮が発生したのは城郭迷宮だけにあらず、他の国々でも迷宮資源からなる魔法や迷宮遺物などで力を増していくにつれ徐々に徐々に優位性が崩れていくことになったのだという。

 魔法に於いてはやや遅れている自覚があり、迷宮資源だよりの心もとない物量ではこの先に生き残れまいと当時の国長は金属資源の産出国として動き、周囲への関係を築いては国を発展させ百港国となるときには率先して参加。魔法莢による鉱床迷宮や鉱山での採掘の効率化が進み資源産出街として弱くなってからは豊かな土壌と金属器を用いた農業に転化。その時時に優秀な舵取りがいたことを窺える。


「これが昔に使われていた鉄砲ですか。今も尚保存されているなんて、管理をしっかりとなさっているんですねっ」

「それはもう。代々国府町家がお仕えし守っておりましたので」

 義彬良の家系は古くから未草子爵家に仕えて、街の歴史を守ってきた由緒正しい家なのだと篤く語る。現在の未草子爵は金木犀港で島政省の役人として務めているが、顔を合わせるたびに忠臣である彼らをよく労ってくれるのだとも。

「いやぁ、長く話しすぎてしまいましたね、お次が最後の〆。城郭迷宮の首魁の武具です」

「おおー」

 大部屋に並ぶのは一〇もの大具足おおぐそく。大きさに差はあるが七尺弱(2メートル)から一二尺弱(350センチ)まで様々な意匠の鎧と得物が並んでいる。

 骸ノ武王(むくろのもののふきみ)、魔法が発達していない初めての潜行では数十名に届かんほどの死者を出したとも言われる首魁だ。これらの武具には触媒としての効果があるうえ、見た目の良さから一部では部屋装飾として人気なので、一〇領も並んでいる光景はそうそう見れるものではない。

 ちなみに昔には大具足を着用して戦っていた大男もいたと書かれている。

 義彬良の説明が終わると百々代は拍手をしていた。


「本日は非常に多くの学びを得られ感謝頻りです。本当にありがとうございましたっ!」

「こちらこそ、ご清聴ありがとうございました。はあ…こうして歴史をお伝えすることが出来、満ち足りたのは何時ぶりでしょうか」

「飽きさせずに楽しませようという感情と郷土愛を感じられて、非常に有意義な時間でした。明日からの迷宮潜行で守るために頑張れそうです!」

「迷宮管理局には迷宮管理局にしか出来ない仕事がありますからね、応援していますよ。ところで西条さんは新しい防衛官でしょうか?」

「いえ、巡回官を目指す学舎外活動者です。確実に首魁は討ち取りますねっ!」

「そうでしたか、険しい道程ですし厳しい状況に陥ることもありましょう、私は心より貴女の発展を願っています」

 防衛官であればまた話が出来るかと考えていたが、巡回官では難しい。少しばかり寂しく思いながらも若者の未来に幸あらん事を祈るのであった。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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