一一話②
(大きな髑髏だ。硬い)
物陰から現れたのは骨太で七尺弱ほどの背丈をした骸骨兵。手には刃渡り六尺はあろう大鉈を持ち、白骨犬を三匹連れ歩いている。
百々代は視界に入った瞬間、反射的に回し蹴りを繰り出すも受け止められて、一旦距離を置く。
カタカタ、カタカタカタ。顎骨を動かして話すような素振りを見せているが、声帯を持たない彼らからの言語は通らない。大鉈を構えれば白骨犬が左右に展開していき、三方から飛びかかる。
右手側から迫りくる白骨犬に向かい零距離擲槍で接近、頭蓋を鷲掴みにしてはぶん回して他二匹を巻き込む。この魔獣らは骨で体躯を構築されているのだが、骨々を魔力で接合、稼働させているようで頭蓋を鷲掴みに振り回すことも可能なようだ。そうでなくては歩く度に頭蓋が落ちて身体が崩れてしまう。
次いで大骸骨の振り下ろす大鉈を纏鎧で受け流し、一歩踏み込んで肘撃を胴鎧に打ち込めば、グラリと体躯が揺れて隙が生まれた。更に一歩、すれ違うように踏み込んで膝裏を蹴りつければ、耐えきれずと大骸骨は転倒し顔面に踵落しを食らって頭蓋を砕かれた。
「…。」
次に行こうかと考えた百々代だが、足元に転がる大鉈を見つめ僅かに考え込み、柄を含めれば八尺、重さは八貫はあろう金属の塊を片手で拾い上げ駆け出す。
機動力と勢いを擲槍移動で補い、自身より大きな武器を振り回しては骸骨兵を蹴散らしていく。
(巻き込んで一気に叩けるのは便利かもしれないけど、小回りが効かないね。左手が使えない、しッ)
両の脚を踏み込み身体を捻っては回転の力を糧に八尺八貫の大鉈を投げ飛ばし、多くの骸骨兵や白骨犬を両断する。
「さてと」
青い瞳を晒しては周囲を探り状況を確かめれば、圧縮擲槍の一〇本が扇状に射出されて魔物と城壁の一部を破壊し、一帆と宗秋の二人が被害を逃れた相手を片付けていく。
(こっちも片付いたし合流しようかな)
擲槍移動で跳び上がり、城壁の上で弓を構える骸骨兵を処理しながら百々代は合流へと足を向ける。
一帆らの所にも大骸骨が現れて面倒と考えている頃。聞き慣れた爆発音が響き瓦屋根が飛び散れば、糸目の少女が巨体の骸骨兵の頭蓋へと踵を振り下ろし、零距離擲槍踵落で背骨ごと頭蓋を圧し潰す。
「向こうは大体片付きましたので合流しますッ!」
「あーうん、今のでこっちもほぼ終わりかな」
(いやあ、本当に規格外)
縦横無尽に彼女が暴れまわってくれていたお陰で、他の面々も動きやすかったようで、窮状もなく一区画を制圧しきったのである。
「防衛官を呼んでから次に進もうか」
「ちょっと待って下さい、実は面白いものを見つけましてっ!」
「おっ、外れの宝物殿でもあったのかい?」
「いえ、そういうのじゃないです」
「そっか」
どうせなら、と三人は灯りを片手に百々代の後を付いていけば、なんの変哲もない木が生えている場所へと向かっていく。
「この辺に見えたのですが、…あったあった!見てください、偽覇王樹擬擬ですっ!」
「「「???」」」
木の枝からぶら下がる棘の生えた覇王樹のような植物、その名前に三人は首を傾げる。偽物の擬の擬、疑問符を浮かべるのも納得だ。
「これ迷宮不可解植物一〇〇選に載ってる植物なんですよ!」
名前が一番不可解だ、などという言葉は飲み込んで疑問を口にする。
「それは触媒になったりするのか?」
「いえ、薬効もありませんし美味しくもないので雑草の類いですね、迷宮産の」
「…?珍しい雑草と」
「はいっ!」
なんともまあ無駄ことに時間を割いてしまった感が否めない三人だった。
「たしか…偽覇王樹は甘い果実じゃなかったかな?」
「そうなんです、迷宮内の魔物魔獣も好むことで一部の美食家には知られているらしいですね。偽覇王樹に擬態して寄ってきた対象を襲う植物系の魔獣が偽覇王樹擬で、更に擬に良く似た目ためだけしている植物が偽覇王樹擬擬なんです!」
偽覇王樹と違って美味しくもなく鼻孔を擽る甘美な匂いもない。ただの雑草。
「これ面白いのは偽覇王樹と偽覇王樹擬とも同じ迷宮で見られることがないことと、偽覇王樹が生育迷宮植物類で偽覇王樹擬擬は生飾迷宮植物類なんです!つまり完全別種、面白くないですか?」
迷宮内で(一部は外でも)育ち繁殖する翠鹵草のような植物が生育迷宮植物類、構造変化の際に現れたきりで成長することも枯れることもないのが生飾迷宮植物類。
迷宮内は環境昼夜の変化がないため、「迷宮そのものが景観を維持するため変化の無い植物を作り出している」という説に基づいた分類だ。
地面から蔦が伸び、木に絡まるようにして丸々とした覇王樹のような見た目の植物の実には、目の様な突起物が存在し元の擬を知っていれば警戒するかもしれない。…同じ迷宮に存在しないのだが。
構造変化の時点で実をつけており花を見ることは出来ないが、花言葉は「徒労感」「ぬか喜び」「いらぬ警戒」とのこと。
「それじゃあ戻りましょうか!」
「採取はしないの?」
「生飾迷宮植物類なんで迷宮から離れると枯死しちゃうはずです。種があるわけでもありませんし、放っておいてもいいかなって」
「なるほどなぁ」
迷宮学で習うのだが、数年もすれば記憶から飛んでいてもしかたがないだろう。宗秋は頷いていたが。
「一応、防衛官に植生研究をしたい者がいるかもしれないから報告はするけどいかい?」
「いいですよ!謎が紐解かれるのはいいことなんで!」
一同は一旦迷宮の外へと向かう。
―――
「宗秋さん、ちょっといいですか?」
「どうしたんだい?」
一帆は宗秋を呼び止めては口を開く。
「区画を制圧している時に思ったのですが、宗秋さんの視野の広さはどう培ったのか気になりまして」
「うーん…経験かなぁ。なんだかんだ未草街の城郭迷宮にくるのも三度目だし、連携を主に纏まって動く相手は似たような動きになりやすいんだ。僕たちも既に定石ができているだろう?」
「ふむ、高所から狙うのであれば適した場所を陣取ったり、視界を裏を突くような不意打ちをする、と」
「そ。複数の群れで連携したりはないから、ある程度は予想立って視線を動かしていけば対処もしやすくなるよ。今回は常夜の迷宮だから難しいかもしれないけれど、今後を見据えたらいい経験になるんじゃないかな」
「そうですね、尽力したいと思います」
「僕も調整手として周囲に目を向けてるから気負いすぎないようにね。百々代さんも周りを見てくれてるし」
「はい、借りれる時に胸をお借りします」
「然し熱心だね」
「置いてかれては困りますので必死なだけですよ。おまけとして扱われるのも癪ってのもありますが、アレより目立つのは同年代じゃ難しいというか無理といいますか」
「あー…、うん、よく分かるよ、僕も蘭子の添え物だし。まあ頑張ろうか、誰かの補助を主にするのは得意中の得意だから何時でも聞いて」
「ありがとうございます」
男二人、のんびりと会話をしつつ交友を深めていく。
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