一一話①
山の麓を迂回するよう走る乗合馬車に四人、揺られ揺られて時二つ、到着するは未草街。
迷宮は多かれ少なかれ資源が含まれるが故に治める者が現れ人で賑わう、彼ら統治者は百港建国に伴い子爵の地位を与えられて今に至る。
とはいえ天糸瓜港や金木犀港といった主要港ほどの賑わいはないので、子爵家の多くは代官を立てて主要港で領政を担い過ごす事が多い。
未草街は山から流れ来る川とそれを留める池が多く見られる水辺豊かな農耕地でもあり、山田舎であった片栗街とはまた違った長閑さある。生まれてこの方、十数年、都会暮らしの一帆からすれば大自然だ。
「秋の終わりでなければ、夏であれば水辺が多く涼しそうな土地だな」
「秋ももう終わりですね、日も短くなって朝晩は冷え込みますし」
時刻は八半時、既に日は陰り始めて乗合馬車の御者は角灯を準備しようかと思う時間帯。四人の他に乗客もいないので、追加料金を支払って迷宮管理区画まで向かってもらっている最中だ。
「そういえば城郭迷宮ってどんな迷宮なんですか?」
「城郭迷宮は城とその周囲を覆う郭っていう城壁で構成された迷宮でね、面白いことに一階層のみで構築されているんだ。外郭を進んでいき内部へ入って、最上階にいる首魁を倒せば終わり」
「全一階層、つまり脅威度の低い迷宮ってことですか?」
「いいや、城郭迷宮に低脅威度は存在しない。場所によるけれど、未草街を始めとして何処も出現する魔物魔獣の組織立った動きは他のそれとは大きく異なるし、城内には罠や仕掛けまで用意されている」
「だから気をつけて進もうね」
「はいっ!」「はい」
そんな事を話していれば迷宮管理区画まで到着し、追加の金子を手渡して降車した。
「どうも迷宮管理局巡回官の大嵐と金木犀魔法学舎の活動者の計四名です。そろそろ再胎が始まる周期だと思い寄ったのですが、どんな状況でしょうか?」
「ああ、お久し振りです宗秋さんに蘭子さん。どうぞ、皆様お入りください」
顔見知りらしい職員が扉を開き中へ迎え入れる。
「実は本日の早朝に銀母が赤く光りまして、連絡を飛ばそうと話していたところなんです。詳しいお話は防衛官の方々から」
片栗街の荒原迷宮のように資源採取を目的とした迷宮ではない為、どこか小さくまとまった風な区画内を進んでいき管理署へ向かう。資源迷宮ではないため許可証などは不要である。
状況はといえば、活性化は確認されないものの、幾らか前に構造変化が起こり地図の埋まりが悪く、首魁のいる最上階までの道は切り拓かれていない。魔物魔獣は防衛官が対処していたが、多く残っているのとのこと。
「なるほど、活性化してないのなら問題ないだろう。内部の対処は任せてくれていいよ、ここは日毎戻ってくるから安全性が確保され次第拠点を置いてもらおうか」
「畏まりました。半端ですが地図は明日の出立までに用意していきますので」
「ありがとう、助かるよ」
四人は宿舎へと向かい休みを取る、迷宮探索へ向けて。
―――
カラン、カラン。骨の歩く音を耳に視線を向ければ、平べったい円錐状の笠を被り、薄い胴鎧を着た骸骨が槍を手に歩いている。
「見慣れない装備ですね」
「遠い外つ国のではないかと言われている。城の最上階には全身鎧に厳しい仮面を付けた骸骨の王が座していてね、それが首魁なんだ」
「なるほど。あれって金属製のように見えるんですが、回収して鋳溶かしてしまえば資源になったりは?」
「あまり詳しくないのだけど、昔はやってたんじゃないかな。史料館なんかをあたってみるといいよ」
「史料館があるんですねっ」
広い農耕地を持つ未草街ではその昔、城郭迷宮の骸骨兵の鎧を持ち帰って鋳溶かし農具にしていたとか。ただし危険性が高く迷宮に入れる者も限られる都合上、現在では資源として扱われることはない。
魔法莢の発展により採掘が効率化したことも一因ではあるが。
「さて、動き方だけど百々代さんが敵陣を掻き乱して、蘭子が主砲として蹴散らしていくことになる。僕と一帆くんは二人の援護だね」
「まっかせて」
「今回の敵、骸骨兵には槍装備以外にも弓矢や鉄砲を装備した相手もいる。周囲への警戒を怠らないように、特に一帆くんは自己の判断で障壁の展開を頼むよ」
「はい」
「それじゃあ暗いから同士討ちに気をつけて進もうか」
百々代三人頷き起動句を口にする。
―――
バン、と放たれた鉄砲の弾丸を腕部の纏鎧を滑らせるように受け流し、骸骨兵の頭部へと零距離擲槍をぶち当てれば、首より下は動かなくなり崩れ落ちていく。
骨だけになっても頭部は弱点のようで、的確に頭蓋を砕かれ残骸が辺りに散らばっている。
(…鉄砲をこの暗所でも見て防げるものなんだな)
相手が居るのも暗がりなのだが、眼球が収まる窪みにはそれらしい物が見られず視力があるのかすら不明。ともすれば適応した感知をしていると思うのが無難、対して百々代は暗所に適しているとは言い難い人のそれ。
視力が並外れているとはいえ、よくもまあ、と一帆は考えながら障壁の展開を行っていく。
(大昔に魔法と鎬を削り消えていったという鉄砲、…思った以上の威力があるな。金属を高速で飛ばしているのだから当然なのだが貫通力も十分、蘭子さんを守るための障壁は厚めにしたほうがいいか)
元から一任されているような状況だったが、いざ言葉にされて任されるのは中々に考えることも多くなる。必要のなさそうな百々代は兎も角、死角を突かれた宗秋に矢が迫る場面もあったので、全体を視界に収めつつ全体の防衛に当たる。
カツンッ、と百々代の擲槍が飛んでいき、瓦屋根の上から狙う骸骨兵が被る笠を飛ばす。
(そんな所にも)
霙弓を構え頭蓋に照準を合わせては引き金に指をかけ、凍抓で骸骨兵の頭を撃ち抜き頭蓋を砕く。
(ふぅ。自然と援護をしてくれているが、…無理のない範囲で索敵を頼むとしよう)
彼自身非常に優秀な類いなのだが、高水準な相手と近くにいるせいか力不足なのではないかと思い始めたりもする。
同い年とは思えない百々代に、火力の一点に於いては他の追求を許さない蘭子、二人と比べると地味だが守備範囲の広いなんでも屋の宗秋。三人とも並外れた実力者だ。
(あと一年と半分、学べることは学ばなくてはな)
「気負いすぎないほうがいい、少年よ!」
「もう青年だとおもうんですが」
「まだまだ新人君なんだし、難しく考えすぎず出来る事を着実に伸ばすといいよ青年!」
「蘭子さんがそういうと説得力ありますね」
「…。攻撃手以外できないわけじゃないんだからね!やらないだけで!!」
バカにして、と頬を膨らませては攻撃に意識を向けて、圧縮擲槍で敵を砕いていく。
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