一〇話⑩
日が明けて防衛官たちが首魁の処理や宝物殿の回収作業を終えて、簡単な報告書へと目を通していく。
四翼四臂の鷹人は浚える限りの情報を浚っても情報の緒を得られないことから、活性化の影響で発生した新種の魔物であると一時的な結論が出されることとなった。
魔獣が魔物化することで魔法が二つ生じる、首魁は三つの魔法を扱っていた事から、炎を自在に操る魔物が更なる魔物化で魔力の鎧と再生を得た、という仮説まで生まれてもいた。
とりあえず片栗街の荒原迷宮の脅威度は引き上げられ、防衛官の増強等がなされるようだ。
「これが迷宮遺物なんですかっ!」
宝物殿から回収された迷宮遺物を目に百々代は四方八方から観察をする。見た目は角灯、そうだたの角灯。ただし四方の側面には曇り硝子のような素材で覆われており、照明としては効果が薄いのではないかと百々代は首を傾げていた。
「これは永久灯、ここのツマミを回すだけで光が灯り、更に回すと色が変わるんだよ」
「おおー!」
赤、橙、黄色と変わる色を見て声を上げる。
「そんな珍しい品じゃないし、洞窟やなんかの暗い迷宮では重宝するから人気な迷宮遺物だよ。魔法とは別個だしさ。首魁を倒したのは僕たちだから購入の優先権があるけど二人はどうだい?」
「なら私が買います、篠ノ井家に請求をしてもらえますか?」
「畏まりました」
職員が書類を用意し、一帆が署名を行い売買は完了する。お値段は二五〇〇賈とのこと。金環食でカンカンと二回叩けば、金の指輪に吸い込まれるように消えていき収納された。
「金環食かー、値段もだけどよく買えたね」
「篠ノ井家なんで、ある程度の融通をしてもらいましたよ」
権力の力はすごいなぁ、と感心しながら一仕事の終わりを体を伸ばし感じる。
「次はどうするの?」
「二日三日休んだ後に、未草街に行こうと思う。周期的に未草街の城郭迷宮が首魁の現れる時期だ」
「りょーかーい」「了解ですっ!」「承知しました」
「それじゃあ二人に報奨金の話をしようか。今回の迷宮、九階層から三〇階層までの踏破と敵性生物並びに首魁の討伐の達成。以上のことを踏まえて規定の報奨金から頭割りで、二一〇〇〇賈と首魁討伐報酬で一五〇〇〇賈が支払われることとなるはずだ」
「さんまんろくせんかですか」
魔法莢の使用量でそれなりの金子を蓄えた百々代だが、軽々と告げられる大金に目を瞬かせている。市井であるのなら四季は食うに困らない金額だ。
「最初からならもう少し多かったのだけど、…まあ今回は大目に見てくれると助かる」
「逆ですよ、生まれは市井なんで大金に驚いてるんです、こいつは」
「そうなのか。ふむ、説明しておくと巡回官は防衛官と違って一定の給金を貰う仕事でないし、命を落とす可能性が他と比べて高い。故にそれなりの金額がされている。加えて戦うためには力が必要だ、迷宮遺物への優先購入権やら魔法莢の支給等の特典も多い」
「そうなんですね。…魔法莢の支給ってどんなのもらえるんですかっ!」
「そんな高額な品はないけれど、支給品目録はどこかにあると思うよ。確か…学舎外活動者も条件をみたしているなら受け取れたかな。二季間の同行、若しくは迷宮二つの踏破だったかな。変わってたりもするから確かではないけどね」
「つまり次の迷宮を終えれば迷宮管理局の支給魔法莢がもらえるってことですねっ!どんなのがあるか楽しみです!」
様々な魔法莢に思いを馳せる百々代は夢見心地な表情だ。
「あんまり大したものはないけどねー。大体は金子を乗せて調整してもらったり、触媒の変更して強化してるわけだし」
「蘭子さんの擲槍もですか?」
「そ、私のは丙〇六の強度と威力を増々にしたやつ。圧縮に耐えられて確実にぶち抜けるようにね!」
丙〇六は港防で使われている丙〇四の兄弟機たる魔法莢。百々代の使う七七型が古くなり始め、新しくする際に提示された魔法莢の一つで威力を代償に発射までの間隔が長くなってしまい、扱いにくいと落選したのだ。
短期間で乱射するような戦い方でなく、一撃一撃で確実に仕留める蘭子からすればこれ以上ない逸材であり愛用している。
「百々代ちゃんって自作している類いの魔法師でしょ、支給品なんて必要なの?」
「技術を知るには見たほうが確実なんで!複合触媒の割合とか、魔法陣そのものや配置法、分解してみれば得られる知識は多くあります!」
なるほど、技術者だ。と納得しながら話がそれてしまったな宗秋は思う。
「まあなんだ、金木犀港に戻った時に報酬の受け取り等の説明をするよ」
「はいっ!」
―――
「暫くはお二人が学舎外活動の同行をしてくれるのですよね?」
「ああ、在学期間中つまり二年間の活動では面倒をみようと思っている。嫌じゃなければね」
学舎外活動は長期休暇と前後を利用して進路先で直に学ぶ活動。期間は人によっては異なり、学舎で学べることのない生徒であれば三年四年生の殆どを費やし、実質的に就職のような扱いとなる。
優秀者から徐々に活動へ向かっていき、合わなければ戻ってきて次の場所へ向かう。三年生以降は必要な知識を取り入れて、場所を見定めるだけの場所となるわけだ。授業も行われており、領主などを継ぐ者たちは最後まで残って、領地経営などを学ぶ。
「それなら長い付き合いになると思いますので、百々代の事について説明しておきたいと思います。灰の人型に起こった怪現象と、首魁が最後錯乱していた状況についてです」
「「ふむ」」
前世云々は省いて百々代の両目に宿る異能を簡単に説明すれば、大嵐夫婦は「不思議な力もあるもんだ」とすんなりと納得する。
「こんな為人なんで悪用することもありませんし、使用後に私へ報告貰えれば問題ないことになってます」
「事後報告でいいんですか?」
「ああ、言ってなかったか?…あぁ、別行動中に父から言いつけられたんだった」
「了解しましたっ」
「というわけで大々的に使える力ではありませんが、もしもの備えとして念頭に置いていただければ、と」
「わかった。繊細な部分だろうに、話してくれてありがとう」
「ちゃんと秘密は守るよ!」
拒絶されたら、なんて思う気持ちがないわけではない、受け入れられた事に安堵し百々代は相好を崩した。
―――
「はい、完成ですっ」
一帆の部屋で魔法莢を組み立てていた百々代は満面の笑みで、葉錬鉱を中心に複合触媒の弾性の纏鎧を渡す。
「これで馬車旅が楽になるな。昔の試したアレもこういう目的だったんだろうか」
「どうなんでしょうね、結局のところいくつか作られたのちに廃版になったみたいですよ」
「纏鎧を起動して馬車になど乗らんか」
「衝撃に強いので便利なんですけど。…ただまあ刺撃斬撃に対して一般的な硬質な纏鎧方が有効ですし、衝撃もある程度防げますから…仕方ないのかもしれないです」
「そうなるな。百々代の弾性纏鎧にも再生効果はあるのか?」
「はい、赫角犀の肋骨を少量混ぜてますので。ただ、弾性が下がってしまったりと調整が大変でして、最終的に再生速度は外側のと比べて遅く弱くすることで両立しました」
「授業もあり、結衣への鍛錬もありでよくもまあ。尊敬するよ」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
一帆の隣に腰掛けては、足をぷらぷら揺らして嬉しそうに口端を持ち上げており、そんな姿を可愛らしく思っていた。
「そろそろさ、俺の呼び方を変えてもいいんじゃないか?特別に想われているのは悪くないが親しい間柄なんだ、砕けた呼び方をしてほしい」
「何れ結婚するんだもんね。それじゃあ、二人のときは一帆って呼ぼうかな」
「…っ」
ずいっと鼻の触れ合う程まで近寄った百々代に、一帆は驚き紅潮するも悪くない感覚に目を細めて額を小突く。
「いきなり距離を詰めすぎだ。…好きに呼んでくれ」
「うんっ!」
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