一〇話⑧
一〇日が経過して二八層で待機していた四人は迷宮が震え上がるような振動に、首魁の出現を感じ取る。
「首魁討伐を終わらせてしまおうか」
「気を引き締めていこう、首魁は強敵だよ」
一帆と百々代は頷き二人の後を追う。
首魁階層手前の回廊を抜け足を踏み入れたのは変わらずの荒原。だが今までの階層と違うのは有象無象がいないことであろうか。まあ、その代わりに首魁がいるのだが。
「…拙いね…。想像以上だよ」
「…ああ。そして問題が一つ」
「なに?」
「…進んできた出入り口が消えた」
三人が振り返れば蔦のような植物が二九階層へと繋がる穴を塞いでいく場面を目にする。
「そういうね。…運が悪いね二人共、生きるか死ぬかの二択になっちゃったよ」
「罠ですか?」
「そう、偶にあるんだよ」
うんざりとした表情を見せていれば、先程から遠方に見えていた首魁がバサリバサリと一同へと向かい飛んでくる。
「アレって銅鷹の親戚かなんかですかね?」
「流石に違うんじゃない?」
人型に近い体系に四本腕と四枚の翼、全身を覆う羽毛は銅色で銅鷹の親戚と思えなくはないが、別物と考えるべきだろう。
「四翼四臂の鷹人、……未知の魔物だな」
「活性化ってのも困りものだね、それじゃいつも通りいこうかッ!!起動。擲槍――」
圧縮の開始と共に障壁が展開されて、百々代は青の瞳で鷹人の様子を伺う。
四枚の翼を操り自由自在に空を舞っては視線は確実に一同へと向いており、あちらもあちらで様子を伺っている状況なのだろう。旋回帆翔を始め、距離を測り狙いを定めれば、四本腕を動かして火球を作り出し撃ち下ろす。
同時に展開された二〇もの火球は障壁を避けるような軌道線が描かれており、一帆は悪態をつきながら対応していく。
「側面は僕に任せてくれていいよ」
「お願いします」
周囲をぐるりと覆う円状の障壁を宗秋が展開し、降り注ぐ火球を的確に無効化しながら時間を稼いでいれば、蘭子が頷き準備を終えたことを知らせる。障壁の一部を解除し。
「発射ァ!」
宙に浮かぶ一〇を超える圧縮擲槍は、鷹人目掛けて飛んでいき全身の至るところへと風穴を開けた。
「…着弾しましたが再生持ちですっ。それと効きも悪かったので、纏鎧の様な護りもあるかと」
「魔法三種、面倒な。翼は?」
「三枚抜いているので飛行の支障になっているかと、…いや真っ直ぐにこっちへ落下してきてますッ!一帆様、宗秋さん!」
「任せろ」「任せて」
地上へと落下していている鷹人は残っている三本腕に炎の剣を握りながら、怒りの形相で蘭子を見据えている。
(炎の剣、火球の魔法じゃなくて炎の魔法。炎と再生と纏鎧…強敵だねッ!)
宗秋の障壁が表面に展開されて、側面が空いた時に百々代は三人から離れては鋸剣を生成する。
ドゴォン、地上に落ちてきてわかるその体長は、凡そ一二尺、百々代の倍である。
「―――ッ!!!」
衝撃波を感じる咆哮で叫び散らしながら、癇癪を起こした子供のよう手に握られた炎剣を障壁へと振り下ろす。
「なんて馬鹿力、百々代といい勝負なんじゃないか?!」
「肉体強化、かな。拙いっ」
障壁の一部が砕かれ、顔を顰めると騒音と閃光の塊が頚筋目掛けて一閃、魔力の鎧を砕きながら突き進む。
「――ッ!」
邪魔だ、そう言わんばかりに再生した四本目の腕で百々代を振り払い、彼女へと標的を移す。
「わたしを見続けなよッ!」
(上手くいったけれど、どれだけ時間を稼げるかな)
距離を置くように駆け回り、擲槍を撃ちながら意識を自身に向け続け、蘭子圧縮を待つ。
(擲槍は効かない、魔物の魔力耐性と纏鎧の影響かな)
退路を塞ぐような的確な火球を斬り散らし、囮と悟られないよう適度に鋸剣で攻撃を試みる。刃を持ち雷を放つ無数の鎖が高速回転し接触面を削り斬る手法は、強固な魔力の鎧であろうとただでは済まない。到達した腕肉を挽き肉へ変えていき骨が混じっては、再び三本腕へと戻されたのだ。
(効くみたいだねッ!おっと、これにはお冠かな)
自身に風穴を開けて地上へと引き摺り下ろした相手も厄介だが、騒音と閃光の塊も、と双方を睨めつけ、地面に落ちている自身の腕を拾い上げて真っ赤な炎で灰へと変えた。
「…一体何を」
灰の山へ炎を一滴落してみれば、灰が舞い上がり高さ七尺程の人型が形成され、三人の許へと走り出す。
「…意味がわからん、魔法を使い放題かよ」
凍結を試みて佩氷の障壁を展開するも、灰と炎の人型が凍るはずもなく。一帆は舌打ちと共に霙弓で、宗秋は魔法射撃で迎撃を行い、蘭子がとの接触を防ぐ。
「わたしとは一対一で戦う気ぃ?強いよ、わたしはさッ!」
炎剣を三本構えた鷹人はゾクゾク背筋に嫌な感覚が這い上がるのを本能が感じ取っては、眼の前の小さな怪物を狩るべきだと走り出す。殻に収まってこそいるが、同類か自身以上の存在が潜む百々代を殺さなくては、と。
「クソッタレ、何だこいつ。宗秋さん、こういうのってどうしたらいいんですか?!」
「感覚的にはッ、幽鬼とか幽霊に近いけど、おわっ、想定の範囲外だから備えがなくてね!」
魔法の効き目が極端に悪く、非魔法攻撃は無効。加えて魔力の鎧と再生、火球の魔法を携えており、蘭子すら圧縮を諦めて攻撃に専念しているほど。
鷹人と一対一で戦っている百々代を羨ましく三人だ。
宗秋が前衛で成形武装を用い交戦し、一帆が障壁での防御、蘭子が擲槍を打ち込んでどれほどか、疲労だけが募っていく。
(凍結させられないのなら障壁に氷の属性は不要。とはいえ氷針乱炸は、…つかえないか。効果があるかもわからないし、宗秋さんは百々代ような機動力はない、巻き込んでは元も子もないだろう)
「凍抓撃ちます!」
「起動。擲槍。発射ッ!」
カチャリと引き金に指を掛けて、宗秋が引いた瞬間を狙って二人は魔法を命中させる。
「全然効かないんだけど、どうするのこれ!百々代ちゃんも一人じゃあ拙いでしょ」
あちらもあちらで苦戦しているようだが、腕は二本に減っている。とはいえ余裕の表情などではなく、両の眼を晒して真剣そのものだ。
(成形魔法のようなものだと仮定して本体を潰すべきか。…だが、操作をしているような風はないし、この状況じゃ蘭子も圧縮に集中できないだろう。半端な威力ではアレの纏鎧は抜けない。…?何だ今のは)
灰人の攻撃を防ごうとしたした瞬間、ぐにゃりと輪郭が震えて動きが止まり、頭と思われる部位をきょろきょろと動かしていく。
(百々代か。自分事に集中すればいいもの)
怯え壊す金の瞳で睨まれた対象は、生物非生物に関わらず恐怖で自壊する。ただ使用する本人に余裕のない状況らしく、鷹人への序でに見たに過ぎない。
(合わせてくれることを祈るか)
彼女へ見えるよう霙弓に装填されていた魔法莢を凍抓から氷針に入れ替えて、銃先に成形武装の刃を作り出し駆け出す。
「来い。月の涙杖。…凍結を狙います、追撃をお願いしますよ蘭子さん」
「いいよ、まっかせて!起動。擲槍――」
(ごちゃごちゃしてて、灰の人型にだけ狙いを定めるのが難しいんだけどッ!でもやらなくっちゃね!)
圧し潰そうと振り下ろされた炎剣二本を鋸剣で防ぎつつ、細心の注意を払いながら金の瞳で灰人を捉える。無機物、いや成形魔法の類いが何に恐怖するのかは知り得ないが、輪郭が崩れるように震えて全身が軟化した。
(最ッ高の相棒だよ、本当に!)
銃剣を突き刺した一帆は引き金を力一杯引き、零距離で氷針乱炸を起動。月の涙杖で自身への氷適正と氷の属性を持つ魔法への凍結付与、霙弓での装填された魔法の強化を以て灰人の内側に氷雲丹が展開され、炸裂する。炎すらも凍結させる魔法を。
火球を防いで走り寄った宗秋が一帆を肩に抱えるようにして離脱する。
「発射ァァァ!!!くたばんな!!」
活の捩杖で圧縮された擲槍は空を穿ち内側から凍結して動けずにいた灰人を粉微塵に砕き潰す。
「よっしゃああ!次は鳥野郎だ!」
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