一〇話⑥
体内時計に促されて起床すれば百々代の目の前には一帆の寝顔。
(…?…離してる最中に寝ちゃったのかっ!自分からお邪魔したのに、失礼なことしちゃったなぁ。後で謝っとかないと)
起こさないよう、そっと寝台から抜け出て風邪を引かないよう掛布をしっかりと掛け直して、部屋を出れば丁度部屋から出てきた宗秋と目が合う、…合っているのだろうか?
「…。」
一帆の婚約者である百々代が朝一番で彼の部屋から出てきた、その事実を認識して宗秋は全てを察する。
「おはようございますっ、宗秋さん」
「あ、ああ、おはよう。あー…、なんだいい朝だな」
「はいっ、また迷宮の探索を頑張れそうな清々しい朝です!」
(仲が良いとは思ってたけど、やることやってんだな。そういう関係まで進んでるようには見えなかったから、…すっごい意外だ)
顔を洗いに水場へと向かっていった百々代を見て、照れる様子も恥じらう様子もないことから、「最近の若者は進んでいるな」と考えさせられる二四歳の迷宮管理局員であった。
実際は何もなかったのだが。
―――
中継拠点の資材を抱えた防衛官らを連れて向かう一九階層。二〇階層に拠点を構築する予定なので、一緒に来てもらったほうが何かと楽だと同行する形になったのだ。
「それじゃあここで待機をお願いします。奥が面倒そうならば一度戻ってくるので」
「承知しました。ご武運を」
防衛官らは荷物をおろしては一九階も下ってきた疲労を癒す。
「僕たちは奥に向かうよ」
「はーい!」「はーいっ!」
元気な二つの女声と、頷く一人は奥層へ向かう穴凹へと足を踏み入れ、見慣れた荒原が再び広がることを確認する。階層の出発点で周囲を探るも目印らしきものはなく、一同は状況を理解するに至った。構造変化によって指標の無くなった階層である、と。
一旦引き返し一九階層に中継拠点を建てるよう指示を出して、方針計と角芯石を手に再び二〇階層へと進んでいく。
「あるとは思っていたけどね、構造変化がさ。…それじゃさっさと敵さんを片付けて、目を飛ばせるようにしないと」
「なら、いつも通りに」「始めましょうっ!」「来い、佩氷、霙弓。起動。戯へ」
零距離擲槍で吹き飛んだ百々代は勇者着地を決めつつ、口頭起動を行い鋸剣を作り出しては死骸の辺りに散らしていく。側方から飛びかかる鬣牙は凍抓で氷片へと変わり、後方に位置する宗秋が構えれば跳んで駆刃を躱す。
(今回は銅鷹が集まるのが早いねッ。ちょっと時間稼ぎをしようか)
騒音の源を宙に投げ捨て百万雷で対空牽制をしつつ地上の一掃へと駆け出す。
鬣牙程度なら彼女は纏鎧で覆われた拳や脚でも屠るに苦労しない。長い牙を突き立てて噛みつかれようとも、その程度で損傷する纏鎧なわけはなく、頭上から降り注ぐ火球を躱しながら地上の処理をしていれば音より先に銅鷹が肉片に変わって階層の支配権が傾いてく。
半時もかからずに掃討を終わるところを見るに、この四人の戦力は片栗街の荒原迷宮にとっては過剰戦力であることが窺える。十分すぎるに越したことはないわけだが。
敵の処理が終わり次は何をするかといえば、奥階へと進むための通穴を探すことである。
「起動。成形獣、雀偵」
雀の成形獣を三羽作り出した宗秋は三方へと飛ばし、視覚の共有で周囲を浚っていく。小型の鳥類だ、銅鷹が現れればひとたまりもないので事前に駆除しておく必要がある。
「三羽も同時に扱えるんですねっ」
「宗秋は器用なのよ。そもそも飛ぶ成形獣自体が難しいし」
「鳥型は授業でも全然でした…。四足ですら微妙なんで、試験では種類を問われなくて助かりました」
「模擬戦闘で犀を出してなかったか?」
「出しただけですよ、見た目で怯んでくれれば十分だったので」
(…。冷静に考えればもっと善い対策がとれたな)
「ふぅん、四本脚も鳥型も駄目となると、石像とか?」
「綱蛇ですっ、うねうね動かして満点をいただきました」
「あー、いたなぁそんなの。ちなみに私は追試験をもらったよ!末試じゃなくてよかったよー本当にさ」
それでいいのか、という感想だが…まあいいのだろう。
「蘭子さんは卒業時の成績はどこだったのですか?」
「へへっ、聞いちゃうかい?なんとぉ、一四位!いやぁ頑張ったよ、実技はまあ良かったんだけどさ、筆記がね。宗秋とか友達に泣きついて卒業試前に詰め込んだんだ」
「…あの時は大変だったなぁ。蘭子は本当に座学が苦手で、菓子で釣って机に縛り付けたんだ。あの時の顔ときたら、くっくくっ」
会話に交じるだけの余裕ができたのか、宗秋も成形獣を操作しながら笑っていた。
「宗秋は涼しい顔して第三座で卒業してて、…本当にムカついた」
「仕方ないだろう。上位座の五より上にならないと、お義父さんが結婚認めないって言うものだから」
彼、宗秋は片栗街の小さな爵士家の五子、旧姓は清水。婿養子として迎えるには些か物足りない相手である。
大嵐家もそんなに大きくないのだが、一人娘の婿養子に選ぶ相手は、より良い相手を、と考えるのは親の性。
「そろそろ見つかんないの?」
「少し待っててくれ」
何度か休憩を挟み、時一つが経過した頃、それらしい穴を見つけることに成功する。
「わたしが走り確認してきましょうか?身体を動かしたいので」
「百々代ちゃんなら大丈夫じゃない?信号弾は持ってってね」
「任せよう。こちらから敵がいないか監視は行うけど、接敵した場合は無理な戦闘はせず引き返すようにね」
「はいっ!」
纏鎧を作り出し擲槍移動で吹き飛ぶように駆け出し、後ろ姿はすぐに小さくなっていく。
「元気だねぇ」
百々代が走り始めて如何程か、奥階層への穴凹を見つけて信号弾の魔法を使い閃光と音で発見を報せた。
―――
「ご苦労さん。取り敢えず…調査は防衛官に任せて僕たちは次に向かうよ」
「はいっ!」
「進めば進むほど敵の数も多くなってますからね」
「脅威度の高い迷宮じゃなくて良かったよ、本当にさ」
「銅鷹が魔物化した事で脅威度はあがるんですか?」
「上がるねー。資源迷宮ってこともあるけど防衛官の増援は来てもらわないと翠鹵草の産出量は低下しちゃうかな」
「常時の防衛もだけど問題は首魁だよ。今までは銅鷹の大きい個体を中心に群れを形成するだけだったけど、大きな群れで火球の雨霰じゃあ」
「「あー…」」
王太鼠とその取り巻きみたいなものかと二人は納得する。
「ここ一年の潜行で首魁が別物に変わっている所もあったし、難しいところだよ、昨今も明日も」
「沢山ある迷宮の情報を書き換えていかないといけませんし、対策法も変化が必要になりますからねっ!」
「二人ともさ、大変な時に学舎外活動始めちゃったね」
「僥倖ですよ、きっと。人手の足りない迷宮管理局を手伝うのは、氾濫等で被害を負う人が減ることにも繋がりますっ!手の届く範囲でも誰かを助けたくて迷宮管理局を目指しているので」
「そういうのいいね、好きだよ。こんな良い子ちゃん泣かしたら許さないぞ、一帆クン」
「泣かせるものですか、大切な相棒なんですよ」
「生意気な〜!」
「じゃあ進もうか、誰かを助けるために」
「はいっ!」
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