一〇話②
「ここの料理にも翠鹵草が使われているんですねっ、塩っ辛い独特の風味が癖になりそうです」
翠鹵草は香草の一種で特定の荒原迷宮のみ育つ植物だ。種と根は薬、葉は香辛料になる。
条件さえ満たせれば迷宮外でも栽培できる可能性はあるのだが、その条件が日に一〇の時の日照時間と土地に塩分が含まれている必要がある故に、適した土地が存在しない。日が翳ることのない迷宮ならではの植物と言えよう。
「さっき食事したばかりなのによくもまあ」
「歩きましたしいい匂いがしたら、お腹が減っちゃいまして」
「あはは、いいねー。それなりの日数を迷宮で過ごすことになるから、美味しいものを食べれるときに食べとかないと!」
「三日も潜っていたと聞こえましたが深い迷宮なんですか?」
「三〇層だから大規模というほどでもないんだけど、活性化とかいう迷宮の変化で魔獣が魔物化してて大変なんだ」
「魔法持ちが厄介なんだよねー」
「具体的にはどんな魔物が?」
「今んところ一番厄介なのが銅鷹っていう頭部の体毛が禿げた鷹の魔獣なんだけど、空を飛んでいる上に火球を撃ち下ろしてくるわ、簡易的な魔力の鎧を持っているわ、と手を焼いてる状況だ」
「ふむ、再生の魔法は使ってきますか?」
「再生はないな。今のところの見解だと魔獣から魔物になった存在は二つの魔法を主として使うようだよ。最初からの魔物とは違って」
初めて相対した王太鼠は硬化と再生、赫角犀は纏鎧と再生。「なるほど二つだ」と百々代は納得し頷く。
「知り物口と思ったけど、そうか既に迷宮には足を踏み入れたことがあったんだな」
「はい、上市場さんに同行しましたっ!」
「経験があるとはいえ、首魁じゃない魔獣が魔物化しているのは本っ当に厄介だから、気をつけていこうね!いざという時は私達で護るからさ」
「ありがとうございますっ!」
素直でよろしい!と蘭子は百々代の態度にご満悦な様子。
「ところで活性化には構造変化や再胎は付随しているのですか?」
「三〇階層もあると一〇日に一つは構造変化しているけれど、迷宮そのものみたいな大規模な変化の予兆はないな。再胎は…周期的に二〇日後くらいだと思う」
「同時に起こるようなら、流石に多方から人を呼ばないとねー」
「とりあえずは魔物の駆除と変化した階層の調査、手隙になれたら採取作業の経験もしてもらおうか。それで首魁が生まれたら討伐に加わってもらう」
「はいっ!」「承知しました」
―――
朝一番、山中という土地柄か肌寒さを感じる時間帯に百々代は宿場を一人出て大きく伸びをする。
「んーっ」
「お早い朝だね」
声を掛けたのは寝起き感のある糸目の宗秋。
「おはようございますっ宗秋さん!朝の鍛錬にと麓に下って来ようかと」
「身体が資本だから鍛えるのは重要だけども、…随分とがっつり走り込むんだな」
「朝餉には戻りますのでっ!」
「はいよ、いってらっしゃい」
往復を終えて部屋に戻ればまだまだ眠そうな一帆が部屋から出てきて挨拶を交わす。
「走り込みでもしてきたのか?」
「はいっ、まだ時間に余裕がありそうなので自室でもう少しやろうかと」
「ふぁ…そうか。頑張ってくれ」
顔でも洗いに水場に行くのだろう。追加の鍛錬を終えて汗を流す頃には丁度よい時間になっており、食堂では大嵐夫婦と一帆が食事を始めていた。
「おはよう、百々代ちゃん。朝から頑張ってるみたいだねー、でも迷宮に入る体力はのこってる?」
「おはようございますっ!問題ありませんよ、元気盛々です!」
「これは頼りになりそうだね」
「それじゃあ迷宮での話だけど僕たちが向かうのは九層。八までは三日で大方の駆除と簡単な調査をしたから、あとは防衛官に任せても大丈夫な状態だからね」
秋桜街の森林迷宮と違い、こちらの迷宮は敵性存在、魔物魔獣の脅威度が高い。常在の局員である防衛官では手に余る相手で、巡回官が道を切り拓くことが重要となる。大規模な構造変化が起これば防衛官も駆り出されるが今はその時ではない。
「なにか質問やわからないことはあるかい?」
「お二人の交戦距離や戦闘手法を。こちらは私が中距離から遠距離の魔法射撃を主に障壁での防衛が得意で、百々代が至近から中距離を格闘と射撃戦闘の攻撃手と思っていただければ」
「優等生だね、その場で適当にと考えていたのだけど。私が近距離から遠距離までの何でも屋で」
「私が中から遠の射撃魔法使いだよー。護りが得意なら一帆くんが私のお守りをして、百々代ちゃんは地上の魔獣の対処をお願いしようか。宗秋は自由に動いてさ」
「承知しました」「了解ですっ!」
「蘭子は上を担当することになるけど、一応のこと射線には入らないようにね。……学舎時代に痛い目にあったんだ」
「何時まで引っ張ってるのよー!こっちの射線に入ってきた宗秋が悪いんだからね!」
そんなこんなで食器を食堂職員に返却し、四人は装備を整えて迷宮へと向かう。
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