二話③
「来たか一帆、件の回答が届いたよ」
「どうでしたか?」
手紙を開いた慧悟は一帆を書斎に迎え入れては口を開く。
「試験を取り持った教師が、彼女の実力を面白がり追加で試させていたとのこと。市井の出だからといって難題を課したわけではないようだ、内容を検めるかい?」
「はい。……間違いはありませんね。然し、これほどに認知されているとは…」
「坂北女史に聞いた話だが、彼女は四つの時から家庭教師を付けて学んでいるみたいで、大きく歴が違うという面も大きいだろう」
「既に八年も?なるほど…開始地点が違うと」
「親馬鹿か慧眼か。何にせよ、良い魔力質という土台に英才教育を積み重ねることが出来た結果の代物。生まれ持っての天才より努力を苦としない秀才に近い娘だ。胡座をかいていれば大きく突き放されてしまう、その事を忘れぬように。魔法師を目指すのならね」
「はい!」
「…本当に魔法師を目指すのか?お父さん的には一帆も十分に当主としての素質はあると思うんだけど」
厳かな雰囲気はどこへやら、ただの父親として息子と会話を始める。
「英二がやりたがってるんだし、優先してあげてよ。俺は魔法師として名を馳せて、篠ノ井家を更に盛り上げるんだから」
「そうかぁ。英二は対抗心から目指してるようにも見えるからさ、お父さん的には心配だなって」
「食事のときにでも話をすればいいんじゃない?俺は興味ないとだけ言っておくよ」
ひらひらと手を振って一帆は書斎を後にする。
(英二の競い合い手として一帆は一歩先に置いときたかったのだけど…。まあいいか、一帆は一帆でやる気を出してくれたみたいだし。…現段階で同年代の水準がやや低めということで踏ん反り返るなんてことはなくとも、いくらか見下し始めた節があった。…丁度いい刺激になったね)
魔法学舎より取り寄せた試験結果を引き出しから取り、改めて目を通す。
百港史は少しばかり失点があるものの、他は満点。実技は言うまでもなく合格水準を軽々超えている。
「坂北女史は厳しいと聞くが四つから耐えきれるものなのか…」
慧悟の呟きは誰に聞かれることもなく、書斎に吸われていく。
―――
「そんじゃ配達行ってくるねっ!」
「ちょっと待ってくれ」
「どうしたの父さん?」
「この魔法莢を持ってけ。注目を集めたみたいだから護身用にって今井様がな」
「わかった。…纏鎧の魔法莢?わぁ、結構高いやつだ、また会ったときお礼言わないとね」
「ああ、そうだね。それじゃ気を付けて配達に行くんだよ」
「うんっ」
荷馬車の御者台に飛び乗り、手綱を引いては馬を進ませる。
こちらもやはり小遣い稼ぎで、商会に持っていっては荷下ろしを手伝うお仕事だ。
ガラガラガラと車輪の音を聞いて進むのは安茂里工房のある金木犀領の金木犀港。百港国は名の通り多くの大港が街として発展し出来上がった洋上の島国だ。
長く太い天糸瓜島。円状の大蕪島。小中規模の島々が密集する平豆群島。この三地域によって国となっており、天糸瓜侯爵、大蕪侯爵、平豆侯爵の三大侯爵が治めている。そして大蕪島の内に王家直轄地が存在する。
金木犀港は何処に属しているかといえば、天糸瓜島の南東部。天糸瓜港に次ぐ第二都港、国内であれば四か五番目と規模の大きい場所なのだ。
(今日も人が多くていいね、活気があるってやつだ)
荷馬車の進みは良いとは言えないが、活気のある人々を見るのが嫌いじゃない百々代にこやかに進む。
「おーいそこの…、あー荷馬車の姐さんちょっといいかい?」
正面から手を振って進み来るのは、港防省警務局の警務官だ。
「はーい。何でしょ?」
「ちと荷物を検めさせて貰ってもいいかい?」
「いいよっ。商会に魔法莢を配達している最中なんだ」
「安茂里工房の、…よしっ積荷は問題ないな。ご協力感謝します」
「お仕事頑張ってくださいっ。荷物検査してるって事は何かあったの?」
「最近さ、大陸からの密航者がいてなぁ。なーんか悪いことしてそうなんだ、怪しい人がいたら警務局に連絡してな」
「うん、わかった。じゃあねっ」
「気ぃつけてなー。…おーいそこの」
(何か起きてるわけじゃないにしろ、気をつけないとね)
帯革に佩いた魔法莢をそっと触り、ゆっくりと商会を目指す。
―――
商会で荷下ろしを商会員と行い、一時的に馬車を置かせてもらっては通りに出て店を見ていく。
流行り物の衣服なんかも見てみるのだが、年相応のものは寸法が合わず、大人びたものへと流れては眉をひそめる。
(さっきも警務の人に姐さんって言われちゃったし、もっとこう…ひらひらはなくてもちょっと可愛い服が…)
「おや、姐さん。…ふむ、妹さん辺りへの贈り物探している最中と見た、最近はこのあたりの柄付きが人気でねえ。どうだい?」
「え、あー、ちょっと寸法がわからないからまた今度でっ」
「そうかい?まあまた来てくんなよ」
しゅんと口をへの字に変えながら百々代は装飾品やなんかを見つつ、本来の目当てである魔法関連の品を扱っている雑貨屋へ辿り着いた。
「…いらっしゃい。あー百々代か、好きに見てってくんな」
目元まで前髪を伸ばした若めの男が店番をしており、踏ん反り返りながら何かしらの本を読んでいる。
「はーい」
「あー…そうだ。星聖樹の樹皮が手に入ったが、どうだ?…たしかこの辺に、あったあった」
「見たい見たい!」
薄汚れた瓶に入れられているのは、少し傷んだ様子のある樹皮。星聖樹と呼ばれる迷宮から得られる資源なのだが、触媒としての性能が高く一般に卸される前に高価な魔法莢を取り扱う工房へと流れていくため、こうして取り扱われる事は稀。
「ちょっと腐ってるから、倉庫とかね眠ってたやつかな?」
「あー、多分な。丁級品ってところだし…全部買えるだけの金子はなさそうだから、半両で五〇〇賈でどうだ?」
「やっぱ高いね。半両って大きさにするとどのくらいになるの?」
「砕いて詰めりゃ市販の外莢一個分だ。これ以上小さくすると混ぜものになるから、もちっと勉強してからを勧めるぞ」
「だよね~。じゃあ一〇〇〇賈で一両分買うよ」
「結構持ってるのな。…あー、半両ずつにするか?」
「うん。お願い」
手際よく手鋸を引いて樹皮を切り分けて、紙に包んでは紐で巻き、大鋸屑は小瓶に詰めて百々代に手渡す。
「大鋸屑はおまけだ。上手く使えよ」
「ありがとー」
店を出た彼女は弾むような上機嫌で人混みを進み、馬車を回収して家へと帰っていった。
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