八話⑥
寮の寝台で目を覚ました百々代は上体を起こし、一番新しい記憶を浚い服部を確かめるべく服を捲くり上げた。傷跡は残っているものの、しっかりと塞がっており触ったところで痛みもない。折れていた肋骨も完治しているようで、治癒魔法に感謝するばかり。
「んんー」
(ちょっと気だるいくらい…と、お腹も減った)
「う、わわっ!」
寝台から立ち上がり足を踏み込むと同時に、立ち眩みにより視界が暗転、気が付けば床に横たわっていた。
「お嬢様!大丈夫ですか!」
血相を変えて部屋に飛び込んできたのは朝陽。百々代に手を貸し起こしては寝台に座らせる。
「大量出血で意識を失って、下がらない熱に魘されて丸二日もお眠りになっていたのです、食事はお持ちしますので静臥してください」
「はーい」
配膳された机に着き、朝陽と向かい合っては食事を始める。入学してから休暇中以外はいつもこの風景だ。
「先日の事件、その公開されている詳細をしりたいんですが」
「“何者か”によって学舎の敷地内に“魔獣”が引き入れられ、お嬢様を含めた六名がお怪我をなさりました。各魔獣とそれを引き入れた者らは、一部の生徒と教師、警備によって対処され事態の収拾へ向かいました。残念ながら引き入れた何者かに“生存者は居らず”警務局は調査を進めているとのことです。後日、お嬢様にも聴取が行われるとのことです」
事実の一部隠蔽は世間に対する感情の操作。戦争への気運が高まり「プレギエラと開戦」となったところで得られるものは多くない。政治的な民の舵取りが必要なのだ。
「ありがとうございます、朝陽さん。口ぶり的に学舎内で同時多発的に騒動が起こったということでしょうか?」
「はい、知り得ている場所だけで八箇所だと」
「かなり組織立った事件だったんですね。一帆様にお怪我は?」
「お嬢様がお守りになられたので大丈夫ですよ。そういえば茶臼山様や下島様と仰る方々も、助けられたお礼がしたい、と昨日お見舞いに参られましたが…お眠りのままでしたので、一旦お帰りを願いました」
「一帆様も皆さんも助けることが出来てよかったです」
百々代の望む「手の届く範囲だけでも助けたい」という気持ちは確かに達成され、清々しい表情で朝餉を食んでいる。
「ご自身の身体も考慮されないと、助けられた皆様、そしてお嬢様を大切に想う方々が悲しむことになります。できる範囲の事をしっかりと見極めになって、踏み込んでくださいね。身を挺して誰かを救う姿を仕える者として誇らしく思いますが、悲しむ一人でもありますので」
「はい、死んでしまっては先がありませんからねっ」
その後、血相を変えてやってきた両親や結衣らに揉みくちゃにされ、午後には火凛らと大吉らが姿を見せた。
「…良かったわ、生きていて!心配しましたのよ、礼も言えずに今生の別れとなってしまうのでばな゙い゙がどぉ゙…っ!」
百々代を見るなり体裁などかなぐり捨てて、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きついてきた火凛に百々代は大いに驚かされた。ここまでされる程の間柄ではないという自覚が有ったからだ。
「助かった、安茂里百々代。あの場に於いて俺と…泣き頻りの貴族女では、こうして顔を合わせることは出来なかっただろう。感謝する」
声をつまらせて泣いている火凛を除いて、両派閥の者らは口々に感謝を伝えていく。
「えへへ、どういたしまして。皆さんが無事で本当に良かったですっ。えっと、大丈夫ですか、火凛様?ゆっくりと呼吸をしてください」
―――
夕刻の手前。学舎長の隆造と一帆が見舞いに現れた。
「少し、顔色が優れないか。…此度の魔獣襲撃事件に関して、先ずは礼を言わせてもらう。感謝する、安茂里百々代」
「どういたしまして」
「治癒魔法で傷は治っているとは聞いたが、加減はどうかね?」
「出血の影響で本調子でない程度です」
「そうか。ならば暫く、休舎期間中は静臥しなさい」
「はいっ」
「さて、本題である情報の摺合せといこう。小間使いとして働いている者から聞いているとは思うが――」
プレギエラの二人とはそもそも戦闘をしておらず、百々代は赫角犀と鬼人の戦闘で一帆を護るために身を挺し重症を負った、という筋書き。特にプレギエラ人がどの言語で話していたかなどは重要機密であり、公言した場合は…言うまでもなかろう。
不要な戦争を回避するためだと説明を受けて、百々代はしっかりと頷く。
後日の警務局員が行う聴取も、向こう側からの摺合せが行われるのみなのだとか。
「赫角犀の処理はこちらで行った、目立った外傷にない死骸は今回の事件に於ける重要な調査材料になるのでな。どうやってあの状態で対処したのか、それをこちらからの追求することの禁を命じられているため、どうこう言うつもりはない。学舎に助力してくれたこと、有り難く思う」
(彼女は一帆さんの護衛として慧悟様に雇われているのだろう。どんな魔法かは不明だが、いざという時の備えを借りれたこと感謝せねば)
学舎の再開時期など細々とした説明を行って、隆造は部屋を後にする。
無言で佇んでいた一帆二人きりになるなり、手を握りしめて百々代の体温を確かめた。
「わたしは大丈夫ですよ。一帆様と皆のお陰で」
「もっと手段があったんじゃないか、上手くやれたんじゃないか、と思ってばかりなのだがな」
「そもそも一帆様がいなければ、あの戦闘で生き残るもの厳しかった可能性がありますし、ありがとうございますっ!わたしのヒーローですよ」
「…まったく、お気楽なものだ。…腹に大きな傷跡が残ったのだ、恨み言を言ったとて誰も攻めはしないのだぞ?」
「えへへ、わたしが望んでしたことですよ?」
「はぁ…良い子ちゃんめ!」
「あははっ擽ったいですよっ!」
くしゃくしゃと髪を撫で回し、一帆は笑みを見せる。彼は様々に思い悩んでいたのだろう。
「ただ、責任は取らせてくれ。その傷跡は…消すことが出来ない、嫌でないのなら伴侶として共に歩みたい。今すぐに、というわけではないし、方方への了承は得てきた。どうだろう?」
慧悟と西条家、今井達吾朗、そして千璃と京子。全員に事情を説明し、理解を得てきたのだ。百々代頷けば時期を見て西条百々代と名乗ることとなり、一帆へと嫁ぎ篠ノ井百々代へと名を変える。
急な話に困惑頻りな彼女は、頭で言葉の一つ一つを組み立てて納得していく。
「相手がわたしでいいんですか?他にも良い方は世の中に沢山いますから、嫌嫌だとか仕方なくであれば責任とか気にしなくていいですよ」
「嫌なら傍らになど置かん。愛やら恋やらなんぞ微塵もわからんが、…共に歩むのは、お前が良い」
頬を上気させた一帆は瞳を外らし、百々代の返答を待つ。
「えへへ、よろしくお願いします。わたしも一帆様が良いですっ」
「そうか!良かった…、嬉しいよ」
安堵した一帆の髪を百々代はくしゃくしゃと撫で回し、日が暮れるまで雑談をしていたとか。
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