八話④
(郡小狼?成形獣ではなさそうだし、大陸人は魔獣を作り出す魔法でも持ってるの?ッ!速いッ!)
精々が郡小狼だと少し余裕を持って構えていた百々代は、想定以上の速さで駆ける姿へと驚き全力で駆け出し、擲槍を五本に形状変化させて撃ち出す。
『そんなのが通用するものですか』
大陸人が杖を手に楽団を指揮するが如く振り頻れば、郡小狼は擲槍を回避し百々代へ飛びかかる。
「ッ!」
「何処の誰かは知らんが、人の相棒に手を出すとはいい度胸だな」
飛びかからんとする無数の魔獣の前へと氷の障壁を展開した一帆、彼は苛立たしそうに男へと氷矢を撃つ。
『生っちょろい魔法ですね。ガキ程度じゃあこんなものでしょうか』
杖を振れば郡小狼の一匹が盾となるべく飛び出し、氷矢に貫かれては氷像へと変わっていった。地面に横たわる氷像を踏み砕き、厄介な魔法だったと舌打ちをする。
(よく見れば障壁へと触れた走狗も凍っています。仕方ありません、雑魚を使って楽をするのは諦めましょうか)
『来たれ、鬼人』
またしても容器を投げ捨てて、姿を現したのは醜悪な容姿をした一〇尺はあろう背丈の人。
「グラァアアア!!!」
理性はないようで一帆と百々代を見るなり身一つで駆け出し、狙いは先に視界へと入った一帆。当の本人は何かを待つよう、余裕を持った表情で月の涙杖を握り、視線を男へと移す。
赤茶色の髪が揺らめき、零距離擲槍の勢いで繰り出された蹴りが鬼人の腹部へとめり込み、くの字へと体躯を横に折り曲げて吹き飛ばされていく。
「わたしの瞳、見ないでください」
「ああ、許可を出そう。事後になるがな」
許可を取り付けた金の瞳を使い鬼人を壊すため力を込めれば、何もいない場所へと腕を振り回し何かと戦っているような動きを見せ、その大きな隙を狙った擲槍が首を貫き絶命した。
(こちらからの操作が途絶えた…アレも魔物使いか?走狗に使わなかったのは疑問ですが、悪戯に手駒を消費するのは悪手でしょうね。はぁ、面倒くさいが…魔物を扱える魔法師がいるのなら確保して、対策の為に解析をしなくては)
怯え壊す金を魔物魔獣を操る力だと錯覚させられた男は、外套を深く被り唐突に姿を消す。そう、元々なにもなかったかのように。
「…。」
(一帆様、あの大陸人はどういう理屈かはわかりませんが、透明になって移動しています。足跡と少しの砂埃が僅かに見えている杜撰な隠形なので動きを追えますが、こちらが気がついていないと思わせていたほうが隙を突けるので視線は向けないようにお願いします)
駆け寄った百々代が細視遠望の青を用い、視界の端に増える痕跡を捉えながら一帆へと場所を報告。彼も視線を直接向けないよう、周囲を探る真似をして反撃に備える。
(動きが止まりました。障壁と反撃の準備を……今ッ)
男から放たれた網のような魔法を三重障壁で防ぎ、迂回するよう弧を描いた無数の氷矢と擲槍が飛んでいく。
『はァ?』
透明化している以上、自身の場所は把握されていないと高を括っていたようで素っ頓狂な声を発するも、即座に障壁が張られ一帆たちの攻撃も防がれてしまう。が、そんなことは織り込み済み。百々代は零距離擲槍を用いて距離を詰めて零距離擲槍で障壁を粉微塵に砕く。
『拙いか…?』
踏み込まれて近接戦闘が繰り出される、と返しの魔法を構えていた男は、後退しつつ擲槍を撃ち出す百々代の姿と、一帆の手に浮かぶ三寸程の氷の針で作られた雲丹を見て顔を引き攣らせた。あの絶対有利とも取れる場面で踏み込まず、確実に仕留めるべく連携する姿勢に。
「試させてもらおうか、新作を」
港防の釘槍炸射を基に模倣し、氷の属性を付与した百々代謹製の魔法莢。密々と話をしている最中、彼女が身体を影にするよう手渡していたのだ。
放たれた無数の針は男の作り出した障壁へと突き刺さり、月の涙杖の凍結付与で脆弱化。時間差で着弾する針が凍結した障壁を打ち砕き、幾つかが本体へと突き刺さり透明化の上から氷が輪郭を浮かび上がらせた。
遅れて届いた擲槍が凍結した外套を砕き、透明化が消滅し男の姿が露わになっていく。
(……。酷いな、どういう理屈でこんな魔法を生み出せるんだ。涙杖を使うことが前提とはいえ、障壁や纏鎧のような魔力防御特化攻撃、いや魔法に耐性を持つ魔物対策か)
『ガキのくせに、面倒な。はぁ仕方ないですね』
衣嚢を漁り丸薬のような物を口にした男は、グルルと喉を鳴らせば全身にびっしりと体毛が生えだし、顔の形が前方へと伸びて長い尻尾が生えていく。
(変身したッ?!いや変態した!?―――ッ!)
人と狼の中間と思えるような姿となった男は、一目散に百々代へと飛びかかり眼にも留まらぬ速さで拳を繰り出し、百々代を吹き飛ばす。ミシャリと嫌な音を立てて地べたを転がり藻掻く。
「百々代ッ!!」
『他人の心配してる暇は有りませんよ』
「ッ!」
氷の障壁を地面に張りつつ迫りくる魔法射撃を受け止め、氷矢と氷雲丹で交戦距離を維持する。のだが、あくまで防戦一方、一帆は次第に顔を顰めていく。
『優秀そうですが、…それ以上の価値はありませんね』
攻性の障壁を飛び越えるべく、男が屈んだところ全身に違和感が走る。皮膚の裏側に無脊椎動物が這い回るような悍ましい感覚、瞳の内を蛆虫が跳ね回るような合わない視点。
「ぐゲッ」
全身を掻き毟り元凶を探し出すも吹き出るのは血液のみで、時を追うごとに感覚は強くなっていき。
(なんだこれは、…ッ!もしや魔物化したのが原因で)
連れ去ろうと放置していた百々代へ視線を向ければ、既に起き上がっており砕いた纏鎧を再構築している。
「一帆様は取らせないッ!わたしの大切な人なんだから!飛手甲!」
突き出した三本指が男の足を目掛けて飛来し、張られた障壁を粉微塵変える爆発を起こす。巻き上げられた砂埃が視界を遮るが、擲槍を用いた移動は音を伴う。再度障壁を張り反撃の準備をするも、側面から撃たれた氷矢が脹脛を貫き片足を凍結させた。
(クソ、干渉に気を取られ過ぎましたか。後ろから?!)
(気付かれたけど、そんなのは百も承知ッ!足が潰されているなら格闘はこっちが有利)
脹脛に払い蹴りを加えて凍った部位を砕き散らす。
(再生、やっぱり。こいつも再生する魔物。人に化けてたか、人が化けたかは知らないけど)
左手を引き握りこぶしを作れば零距離擲槍の構え。
『バレバレですよ、条件起動が!』
百々代の主力魔法の起動には左手が起点となる。故に左手の動きにだけ注視していれば、次の行動が分かるわけで。
確実に踏み込んでくると確信した男は反撃の為に拳を、空振った。
『??、――ごふっ?!』
再生を始めた脹脛、攻め込む好機はこの時のみ。何故に退くのか、と疑問を浮かべた瞬間、背部から腹部へと擲槍が貫通してくる。
一帆かと視線を向ければ手元には氷雲丹が準備されており彼ではない。ならば百々代なのだが一体いつ、と考える間もなく全身へ氷の針が突き刺さり氷漬けに変えていく。
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