八話③
試作品の魔法莢を持って百々代が一人向かうのは演習場。工房から持ち込んだ道具で以て制作した新作で、学校側からの許可も取り付けて準備は万全だ。
一帆派閥の皆はそれぞれ茶会に呼ばれたり用事があったりと、同行者がいない事を百々代は僅かに寂しがる。
「?」
演習場方面から悲鳴が聞こえ、百々代は気を引き締めて駆け出す。
「魔獣よ?!」
近づけば鮮明に聞こえる悲鳴の内容。どうして学舎の内側に魔獣が出るのか、意味がわからないものの彼女は零距離擲槍にて勢いよく吹き飛び演習場へと向かう。
―――
時はほんのりと遡り演習場。
偶然に魔法の練習へと足を運んでいた火凛派閥と市井出身派閥は、三対三で模擬戦闘を行っていた。敗北から多くを学び、高すぎる壁を前にした二人は打倒百々代を掲げで日々邁進している最中。
優勢たる火凛らへ食い付くべく大吉らは必死に魔法を操り肉薄するが、惜しくも敗北となった。
「庶民にしては中々にやるじゃない。苛立たしいけど、ある程度は認めてあげる。というか貴女たち二人はしっかりと私を援護なさい!少し危なかったわよ?!」
「す、すみません!」
「障壁ありがとうございました…」
肩で息をする取り巻きたちに活を入れつつ、反省点や今後の対策などを話し合い、あれやこれや賑やかしくなっていく。
「惜しかったな。こっちの連携は中々に仕上がってきたと思う」
「頑張った甲斐があるよ」「でも強いですねー」
大吉らも話し合いを始めて、一頻り意見を言い合えば再び向き合う。
「然し…」
「ああ…」
考える事は一つ。三対三の集団戦、百々代を相手取るとなるとおまけとして一帆派閥から二人が加わる事実に遠い目をした。
上位座でない二人を付けた状態でも勝てる気のしない状況に打ち拉がれているのだ。
とはいえ走り出した足を止めることはなく、研鑽を積むべく一同は鎬を削り合う。
そんな中、演習場の外側より木を拉げるような大きな物音を耳に、一同は音源を探す。
ドサン、ドサン、重い足音と共に現れたのは赤い角を持つ大きな犀。赫角犀だ。
「魔獣よ?!」
一人が悲鳴を上げたことにより、状況を飲み込めず凍っていた演習場の生徒たちは錯乱状態に陥り、外へと逃げ出そうと足を動かす。
「貴女たち」「お前達は」
「早く逃げなさい!!」「さっさと逃げろ!!」
派閥の仲間を守るため、二人は震える手で魔法莢を手に取り、赫角犀へと向き直る。
「わっ、わかりました!お二人も早くにお逃げください!」
「任せるぞ大吉!」
二つの派閥は逃げ遅れそうな生徒へ手を貸し、急ぎ演習場を後にするべく足を動かす。
「相手は違うが再戦だ、貴族女」
「不本意ですが仕方ありません、力を貸しなさい庶民」
体高八尺はありそうな大犀の突進を、火凛の障壁と大吉の飛岩で進路を外らし追撃を加えるが、硬い表皮に傷が付くことはなく二人は切歯する。
「もう一度同じのやるわよ!」
「ああ」
魔法莢を手に突進を身構えていれば、赫角犀は咆哮を高らかに前脚を踏み込む。すると前半身に魔力の鎧が構築され、走り出した。
「「…ッ!」」
障壁は砕かれ飛岩も通じない、危機的状況に間に合わせるのは一人で。
横っ面へ蹴りを加えるとともに零距離擲槍を繰り出し、突進の勢いごと転倒をさせる。
「「安茂里百々代?!」」
安心させるためニコリと微笑み向けては、両の瞳を露わに零距離擲槍で高らかに飛び上がり、落下の勢いを加えた零距離擲槍踵落で魔力鎧を粉微塵に砕く。
(纏鎧?赤角の犀、赫角犀は魔物じゃなくて魔獣の筈。王太鼠と同じ魔法を使う魔獣かな)
強固な表皮、加えて魔物化している影響で魔法の効きが悪かったからか、軽症程度で済んでいる赫角犀は起き上がろうと四肢に力を込め始める。
そんなことを許すはずもなく、前脚の関節へと全力を以て零距離擲槍を打ち込み圧し折った。
「よし、後は誰かが呼んでると思う先生にお任せしましょう!逃げますよっ!」
身一つ、近接戦闘で魔物を無力化した百々代に驚きながらも、火凛と大吉は走り出す。が、血走った瞳の魔物は咆哮を上げ、関節を再生させた。
「また再生持ち。お二人はお先に、殿はわたしが努めますッ!」
「チッ…、任せるぞ安茂里百々代!遅い貴族女、俺に掴まれ!」
「わ、わかったわよ!」
もはや半泣きになりつつある火凛は、大吉の手を取り必死に走っていく。
「学舎をめちゃくちゃにされちゃ困るんだ。悪いけど、力を使わせてもらうよ」
金の瞳で赫角犀を捉えて力を込める。
(これの使用が禁止されているのは、あくまで私利私欲の為。緊急事態で、他に被害が出ること無い状況なら問題ないはずッ!)
「誰かの為に悪を使おう、わたし!」
赫角犀が関節の再生を終えて、いざ目の前の敵を轢き殺そうとしたその時。対象は何処かへと消え去っており、周囲をぐるりと壁のようなもので覆われていることに気が付く。目を凝らしてみれば壁には夥しい数の鱗が生えており、視線を下げれば無数の脚々。
グルル、そう聞こえ視線を上げてみれば―――。
「……………。」
てっきり暴れるものだと身構えていた百々代は、動きもしない赫角犀に疑問を浮かべてしばらく待っていると、藻掻くようにして痙攣を起こし、バタンと横転した。
(こんな風になることもあるんだ…。まあ片付いたと安堵するべきなのかな)
息絶えていることを確認して、纏鎧を解除しようとすれば足音が死骸の向こう側から聞こえ、百々代は構える。
『結構苦労して捕まえたのに、いきなりおっ死ぬとはどういう了見なんでしょうかね?』
「…?大陸語?」
聞き覚えのない言語を耳にし、姿を表した男への警戒度を最大まで上げ、両の瞳で凝視しつつ後ずさった。
『はぁ…おい、縁起の悪い眼をしたガキ、この魔物に何をしたのですか?』
「……?」
『これだから外つ国は嫌なんですよ。プレギエラ語を理解できないなんて、どれだけ知恵が遅れているんでしょうか。捕まえて帰れば誰か言葉くらい翻訳してくれますよね。『捕えなさい、我が走狗』』
衣嚢から取り出した容器を男は投げつけると、郡小狼が一〇頭現れて百々代へと襲いかかる。
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